第二十話 敵討ち、そして……
≪う゛お〝ぉ〝ぉぉぉぉ≫
大男となったトガニンは、巨大な棍棒をエンジェルたちに雲を切り裂かん勢いで振り下ろした。
「「「ッ!」」」
エンジェル達は、それを上、左右の三方向にそれぞれ分かれて退避する。
「はぁぁぁぁ!!!」
クライムは、そのままトガニンの右側に回ると、渾身の力を込めて地面を蹴った。
そして、右手に力を込める。
ダーツェが言うには、ソレは周辺で漂っている自然界の霊気を集めているそうだ。
天使でもない、普通の人間の霊体では、一朝一夕の苦労では身につかない物であるらしい。
しかし、エンジェルである彼女たちであれば、それを集めるのはたやすいこと。そして、その威力もまた苦労に比例して。
【D・ストレート!!!】
≪ぐおぉぉぉぉぉ!!!≫
凄まじい物があった。一瞬、地球そのものが揺れたのではないかと錯覚するほどの地響きが唸り、トガニンは、右の横腹に受けたその攻撃で、黒々とした皮膚が陥没。
まるでゴムパチンコで飛ばされた玉のように吹き飛んでいった。
「ッ!」
そして、そこに待っていたのはパニッシュである。
こちらも、ダーツェが言うには霊気の使い方が上手であるらしい。
だから、本来であれば彼女もまたクライムと同じく、拳に霊力を込める技を使用できる。
はず、だが。
「ハァッ!」
パニッシュは、上空に飛び上がった。
そして、胸部から二丁の拳銃を取り出すと、その下を吹き飛んでいくトガニンに対し連射する。
足を上空からつられているかのように逆さになりながらのその攻撃は、まるでサーカスの大道芸のようにも見えた。
「ぐおぉぉぉおおぉぉ!!!」
素早い連射、果たして何発がトガニンに当たったのかも分からない。おそらく、トガニン自身も分かっていないだろう。
怪物は、そのまま河川敷にある鉄橋の土台まで吹き飛ばされ、大きな土煙が上がった。
だが、それもつかの間。トガニンは、立ち上がり、すぐさまソコにぶつかったのと同じスピードで、横並びになったクライム、そしてパニッシュの二人の下に飛び掛かった。
「「ッ!」」
二人は、その攻撃に備えるために構えた。
だが、その前に一人の人物が立ちふさがる。
「アメンド!?」
そう、アメンドである。
「ハァッ!」
アメンドは、二人の前に立つと、持っていた鎌を扇風機の羽のように一回転させる。
すると、鎌はその形を失って銀色の円形状の盾がその場に浮かび上がった。
≪う゛お〝ぉぉぉぉ!!!≫
「クッ!」
その盾に、トガニンのこん棒が激突する。
一瞬、顔をしかめたアメンド。盾もまた、その一撃でひびが入ってしまった。
だが、それでもなんとか耐えている状態。
もちろん、このままその攻撃を押さえつけられるわけがないことは、彼女自身よく知っている。
「二人とも! 今のうちに!」
「ッ!」
「えぇ!」
だから、託すのだ。自分の、頼れる、いや頼るしかない仲間たちに。
「フッ、あぁ!」
クライムは≪右足≫に霊力を込めながら、≪左足≫で地面を蹴り、アメンドの盾の真下を通る。
そして、≪左足≫で着地した彼女は、その腕に向けて≪右足≫を振り上げた。
「でいやッ!!!」
【D・ブロント!!!】
その蹴りは、見事にトガニンの腕に当たり、こん棒をまるで天に掲げているかのような姿になるトガニン。
因みに、クライム曰く、本来なら【D・フロントキック】という名称を用いることが正解なのだが、それだと少し語呂が悪いから変えた、とのことである。どうでもいい。
もちろんこれでは終わらない。
「パニッシュ!」
「任せて……」
というと、パニッシュは、再び胸元から、とても巨大な銃を取り出す。
その銃身は彼女の身長ほど長く、重厚な見た目をしていた。彼女は軽々とソレを持ち上げる。
そして、伸びたのは一筋の赤い線。
「吹き飛べ!」
瞬間。それまでの銃声とは比べ物にならない程に巨大な音が鳴り響く。
まるで、花火でも弾けたようにすさまじい音は、数舜の静寂を作り出すほどだった。
≪う゛おぉぉぉぉ〝ぉ〝ぉ〝ぉ〝!!!≫
そして、それを切り裂いたのはトガニンの咆哮。
彼女の放った銃弾は、見事にトガニンの腕を打ち抜いた。
それだけにとどまらず、その威力で手首より先が吹き飛んでしまうほど、威力のこもった弾丸を放ったパニッシュは叫ぶ。
「アメンド! 決めて!」
「ッ、はい……!」
こん棒が手ごと離れて、無防備になった今こそ好機。
「いやぁぁぁぁ!!!!」
アメンドは思い切りの力を入れて目の前の盾を殴った。瞬間、砕け散った盾。
そして、盾の破片は、目の前にいたトガニンに向かって鋭くとがった無数の刃として放たれ、体中に突き刺さるのだ。
≪ぐお〝お〝お〝ぉ〝ぉ〝ぉ〝!!!≫
痛みに悶絶したトガニンは、そのまま後方に倒れこむと、その動きを止めた。
トガニンを地獄に送り返す絶好のチャンスがやってきた。
三人は、集まると互いに頷いて、それぞれのエンバーミング・グロスを取り出した。
「「「≪エンバーミング・グロス≫!!」」」
彼女たちは、その二つの≪グロス≫を≪クロス≫させるように突き合せた。その瞬間、グロスの先端が光はじめ、一本の巨大な光の線が、トガニンに当たった。
その瞬間、≪裁判≫の始まりである。
瞬間、闇の空間に木づちの耳障りノいい音が聞こえて来た。
「静粛に! これより、トガニン№第壱零参番の裁判を始める」
一人の桃色髪の少女。クライムが暗闇の向こう側から現れ、トガニンに向けて一枚の紙を見せた。
「トガニン№第壱零参番。あなたは本世界において二人の人間を殺害し、さらに犯行を重ねようとしました。よって……刑法第2編26章に定める、刑法199条。殺人罪の適応が適切かと」
クライムの言葉に、頷いたパニッシュは言う。
「弁護人、異義はありませんか?」
純白の服を着た少女。アメンドはすぅと立ち上がるとただ一言いう。
「異議なし」
と。
二人の意見に耳を傾けた少女、パニッシュは立ちあがると叫ぶ。
「ここに、判決を申し上げます」
その瞬間、彼女の背後に落ちてきたのは巨大な天秤。
金色に輝くその天秤の片一方に、巨大な黒い塊、トガニンの罪が乗っかった瞬間、まるでシーソーのように秤の一方が地面に落ちた。パニッシュは言う。
「被告人は……死刑!」
エンジェル達の攻撃によって、恐怖におびえるトガニンの首に、荒縄がかけられた。
瞬間だった。
「「「審判の時が来た」」」
三人は、三つのボタンの前に立つ。
「一つ目のボタン」
と、クライムが目の前にあるボタンに手を触れた。
「二つ目のボタン」
と、パニッシュが目の前にあるボタンに手を触れた。
「そして、三つ目のボタン」
と、アメンドは目の前にあるボタンに手を置いた。
死刑執行。
三人は、言葉を重ねた。
≪ジャッジカル・ハンキング≫
そして、三つのボタンが同時に押された。
蛇がのたうち回っているような音が聞こえたと思ったら、聞いたことのないような何かが壊れる音が聞こえた。それが、トガニンが現世で聞いた最後の音。
トガニンは再びその命を絶たれたのだ。
エンジェルたちの目の前には、空中から伸びた光の紐が首に巻き付いて、右に、左にと揺れるトガニンの姿が見える。
そんなトガニンの姿を見上げる三人のエンジェルは、それぞれに祈るように手を合わせると言った。
「「「罪人に、永遠の苦しみがあらんことを……」」」
その時、どこからともなく鐘の音が聞こえて来た。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーンと。
「仇は取ったよ、カナちゃん……」
アメンドは、その中で一人微笑んでいた。
自分が助けられなかった命に対して、最低限の償いができた。その事に喜んでいた。
もう、彼女はそれだけで十分だった。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン。
「……」
その時、上空の雲の切れ間から、一筋の光の柱が地面に伸びた。




