第三話 最良の戦い
喧嘩が悪いものであると、どうして決まったのだろう。二人を見ていると、そんな疑問がわいてきてしまう。一時のピンチから逃れることができたララは、しかしその目の前で口論を続ける恩人たちを見てそんな感情がわいてきた。
これも、余裕が出てきた表れという物なのだろう。そのことに感謝をしながら、同じくソレができたいま言える言葉を彼女たちに送らねばならぬ。
「あ、あの!」
「「ん?」」
「助けてくれて、ありがとうございました!」
言い争いをする二人に、ララはしっかりと90度の角度で頭を下げた。二人がいなかったら、自分がどうなっていたかなんて想像もしたくない。そんな窮地から救ってくれた二人には、これだけの感謝でもしきれないほどだ。
「あぁ、いいのいいの!」
「別に、大したことはしていないわ」
「でも、もし二人が来てくれなかったらきっと……」
自分は、あの男達に無理やり連れていかれていた。そう、顔を曇らせながら言った。だが、ライクはフッと笑うと言う。
「何言ってるの! アタシたちが間に合ったのは、アナタも戦ってくれたからよ!」
「え、私も? でも私、ただただ怯えて、泣きそうになって、逃げ出したってだけで」
「それって、戦った事にならないかしら?」
「え?」
そういうと、ホコリは彼女の頭に優しく手を乗せて言った。
「貴方が、彼らに屈しなかった。抵抗したからこそ私たちがたどり着いたの。あなたを助けることができたのは、貴方が戦ったことの何よりの証拠よ」
「そっ、アンタは自分ができる最良の戦い方をしたんだよ」
「私が、できる最良の……」
抵抗しないと言うこと。何もせずにただただ流されると言うこと。自分の人生に見切りをつけると言うこと。それらは全てが同じ意味。
抵抗することなく諦める。自分の意思に反していると言うのに流される。自分の人生を生きない。それらはすべて同じ道に続いている。
人は生きている限り自分の人生を諦めてはならない。死んでしまったもののため、違う。それが生きている物の定めだから、違う。それが、人だから。もっと違う。
生きているから、最良の選択をしたいと願う。
生きているから、諦めたくないと願う。
人生を殺したくないから、今を走る。
今を生きれない人間に未来なんて当然訪れない。ソレで十分だ。
そんな彼女の未来をまた歩きたいという願いが、二人を呼び寄せた。二人の正義の味方を呼び寄せた。
ふたりは正義の味方。否、ソレもまさしく否。
ふたりは諦めないものの味方であった。
最も、二人はそんな照れ臭いこと自分たちで言う事はないのだが。
「ライク、ふわりん、それとララちゃん」
「え? わッ」
ララは、背後からの声に振り返ると、そこにヘルメットが飛んできた。ちょうど、自分の腕の中に収まる絶好の位置だ。
投げ渡したのは、バイクに乗った女性。いつの間に来たのか分からなかったが、彼女もまた、自分がこれから通うことになる高校の校章その袖につけている。
「吏理、来てくれたんだ」
「三人じゃバイクに乗れないでしょ?」
どうやら、自分達を迎えにきてくれたらしい。と言うより、バイクの搭乗制限のことを考えてきてくれた様だ。なら、彼女もまた自分がここでピンチに陥っていると知っていたのだろうか。
冷静になって考えると、どうして彼女たちは自分の危機を知ってくれたのだろうか。謎が深まるばかりである。
「三人って、私も含まれている感じですか?」
「当たり前でしょ。ホラ、ヘルメット被って、早く後ろに乗って。転校初日に遅刻するのも嫌でしょ?」
「あ、はい。っと、その前にスマホスマホ……」
気絶している男の一人からスマホを取り返してすぐ、ララは時計を見た。すると、登校時間ギリギリと言ったところ。
確かに、今から自分の足で学校に向かったところで遅刻するのは目に見えている。ここは、彼女の言うようにバイクに乗せてもらう方が得策だろう。
ララは、人生で初めてかぶるヘルメットを、ライクに手伝ってもらって被ると、後から来た女性、リリという名前の女性の背後に乗り、腕を回してがっちりと掴む。
「バイク、乗るの初めて?」
「は、はい……」
「それじゃ、最初はゆっくり行くからね!」
「キャァ!」
女性はエンジンを吹かして急発進する。
これの一体どこがゆっくりなのだろうかと、ララの頭の辞書に新しいゆっくりの間違った定義が埋め込まれる。
一瞬だけ前輪が浮かんだことに驚いたが、しかしその後は何も心配することなく学校へと向かった。というより、半ば気絶しそうになっていたから何も感じなかった。といってもいいのかもしれない。
それはともかく、だ。救助対象だったララを見送った後の二人。ふと、ライクがホコリに向けて言った。
「怪我大丈夫なの?」
「え? あぁ、こんなのどうってことないわよ」
見ると、ホコリの手には小さな傷があった。彼女は、男にプロレス技をしかけたときに自らの腕を硬いコンクリートの上に強打していた。
結果、ホコリの制服の右袖が少し破け、上腕には擦過傷、つまり擦り傷ができてしまっていた。
あの技は、本来はマットの上で使うような技で、このような道のど真ん中で使うなどと言うこと想定されていなかった。だから男の頭をガッチリとロックしていた彼女の腕が傷ついたのは当然の結果であると言えよう。
「たくっ……」
ライクはハンカチを取り出すと、引き裂いて彼女の傷を包み込むように結んだ。こんなこともあろうかと思って、包帯代わりとなる清潔なハンカチを用意しておけば、いざという時に役に立つのだ。
結び終えると、ライクはハンカチを結ぶために一度地面に置いたスタンガンを持ち上げて言う。
「だから、道だとこう言った物使った方がいいのに……自分も相手も必要以上に傷つけたら、自分の心も痛むでしょ?」
ライクは右太もものホルスターにスタンガンを納める。ララがそう感じたように、この位置、女スパイが武器を隠し持っているかのようで彼女もまた気に入っているのだ。
彼女がスタンガンを使用したのは、なにもホコリのように生身では戦えないからと言うわけではない。ただ、必要以上に傷つきたくないだけ。
こんな場所で彼女のようにプロレス技を使えば、自分だけではなく、技をかけた相手にも命の危険が及ぶ恐れがある。だからこそ、ライクは一瞬で勝負を決め、さらに自分の身も相手の身も必要以上に傷つける必要のないスタンガンを使用したのだ。
「悪いわね、力だけの能無しで」
「別にそこまでは言ってないって」
ホコリもまた、ライクの言いたいことが分かっているつもり。事実、彼女はその懐に痴漢撃退用のスプレーを用意していたから、ソレを使えば簡単に事を終わらせることができた
でも、使わない。きっと、自分がまだ割り切れていないから。犯罪を犯そうとしている人間のことを、決して許せないから。
彼女は、自分の中の闇を抑えるために必死で戦っていた。でも、やっぱりいつでもその闇が顔を出してしまう。自分の悪い癖だとホコリは考えていた。
「ソレで?」
「?」
ホコリは、まるでそれ以上考えたくないように気絶している二人、そしていまだに地面で悶絶している一人にとても冷たい視線を移した。
「どうするのこいつら?」
「痛ってぇ……」
やったことから言って脅迫罪かなんかで警察にしょっ引いてもらってもいい。でも、それだけじゃこの男たちが十分に反省するとは思えない。と、いう事はいつものあれしかない。
「フツ……アンタ達、仕返ししようなんて考えないことね。もし、今度ララや、私たちの高校の生徒に手を出そうってんなら……」
ライクが指を鳴らす。
その瞬間、唯一気絶しなかった男は感じた。体の中に入ってくるなんらかの物を。
自分の身体が重くなる。まるで、巨大な岩石を腹の中に埋め込まれたかのようだ。なんだ、これは。一体。
怖い。寒い。吐き気がする。言いようのない不安が身体中を襲い、かと思えば波のようにひいて行く。一体、これは。なんだ。
そんな男の不安を知ってか知らずか、ライクはバイクに向かう振り向きざまに笑顔で言った。
「やっちゃって」
ただ、そう一言だけ。残して。少女達は消えていった。
その場に意識のない二人の男と、別の恐怖を植え付けられた男。
そして、怨念だけを残して少女達は日常の中に戻っていくのだ。
けど、彼女達も思っても見ていなかっただろう。
これが、彼女達の生前最後の人助けになるなんて。
事件は、彼女たちのしれる場所ばかりで起こる物ではない。時には、全く考えもしなかった方向で大きな事件が発生する。しかし、そのほとんどが彼女たちではどうにもならない、恐るべき事件であったこと。それが、彼女たちにとって幸運でもあり、そしてまた不幸でもあった。