第十八話 絶対に、助けるから!
『これは!』
“どうしたの?”
アメンドが転生した場所に向かっていたダーツェ、ライク、そしてホコリ。おそらく、普通乗用車と同じくらいのスピードで飛んでいるはずだが、行けども行けどもたどりつかない。
それもそうだろう。この川は、横幅もそうであるが長さも超一級。聞いたところによると、日本でも十本の指に入るくらいに大きな川であるのだから。一括りに河川敷といっても、地点で言うのならば、かなりの距離をさかのぼらざるを得ないのだ。
早く彼女に合流しなければ。ライクは嫌な予感を感じていた。ダーツェが声を上げのたのは、その時である。
“ララしゃんが転生した付近で、トガニンの犠牲者が……”
“何ですって?”
二人は、ダーツェの言葉に表情を変えずに驚き、顔を見合わせた。
この嫌な予感。胸騒ぎ、虫の知らせとも言うのだろう。その正体は、もしかするとソレだったのかもしれない。
犠牲者が、彼女のすぐそばで、それも転生した後に出てしまった。それは、彼女たちが一番危惧していた最悪の状況。もしもこんなことが起こったら彼女は確実に―――。そう、考えていた状況になってしまった。とにかく、早く彼女と合流しなければ。三人のスピードがさらに上がった瞬間だった。
そして、それから数分前に話が戻る。
一瞬の攻防だった。
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
アメンドが握りこめた拳。光を纏い、どんな困難をも貫かんと言わんばかりのまばゆい光と願いを込めた一撃は、無防備なトガニンの顔面をとらえたのだ。
≪ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!≫
トガニンは、その手に男の子、確かまもる君と女の子が叫んでいたが、その子を掴んだまま吹き飛ばされそうになる。
「ッ!」
それを見た彼女の行動は、あまりにも迅速で、そしてあまりにも残酷な物であった。
彼女は、すぐさま手に鎌を出現させると、トガニンの肩めがけて振り下ろした。
しかし、冷静になって考えるとかなり危険な賭けでもある。なぜなら、少しでも力を間違えると、そのまま拘束されている男の子までバッサリと切り裂いてしまうから。
にもかかわらず、彼女は思い切ってその鎌を振り下ろした。彼女のような優しい女の子が、男の子のことを何も考えていないはずがない。それは無意識な行動。故に、とても危険な行動を取ることができたのだ。
あたかも、虫の標本を握りつぶす感情なき悪魔のように。
≪グオォォォォォォ!!!!≫
果たして、鎌はトガニンの腕だけを切断することに成功し、まもるは、悪魔の手から解放されるのであった。
「まもるくん! まもるくんしっかり!」
アメンドは、空中でまもるの身体をキャッチすると、その首にいまだについている手をはぎとった。
力を無くした手を取り除くこと自体は簡単だった。
しかし、まもるの身体を見て、違和感を感じたアメンドは事の重大さに気が付くとその顔色を変えながら彼の口元に耳を近づけた。
「息をしていない……」
呼吸が、止まっている。アメンドは、すぐさま、先ほどまで自分たちが戦っていた地上に戻る。
そして、地面と平行に男の子を寝かせると、肺に空気を送るために人工呼吸を始めた。
一度に二回。それを、何度かに分けて行う。そんな付け焼刃の知識で行う人工呼吸をしながら、彼女は考える。
早く、彼の体内に入った水を吐かさなければ。呼吸を再開させなければ。
呼吸は、酸素と二酸化炭素を交換させるためにあるが、それと同時に、新鮮な酸素を体中に送るためにするもの。
故、呼吸が止まった人間は新鮮な酸素を体中に巡らせることができず、低酸素となり、心停止に陥ってしまう。
早く肺から水を出さなければ、手遅れになってしまう。
「お願い、戻ってきてまもるくん! まだ死んじゃダメ!」
アメンドは、必死に彼の体の中に息を送り続ける。しかし、水を吐く様子も、その兆候も見られない。
まさか、もう。
“……”
「絶対に、助けるから!」
しかし、それでもなお彼女は人工呼吸を続ける。何度も、何度も何度も。
しかし、無情にも彼の身体がやんわりと光り出すと、心臓付近から、うっすらと透けた少年の顔が現れた。
ちょっと前だったら、怪奇現象の一つとして、怖がっていたはずの自分。でも、同じ存在となった今、その現象が何を指しているのかを、彼女は瞬時に理解した。
「霊体……まさか!」
アメンドは耳を彼の胸に引っ付ける。
心音が、聞こえない。
「ッ! いやぁ!」
心停止だ。アメンドは、すぐさま胸骨圧迫を開始した。呼吸停止から、心肺停止にまで陥ろうとしているのだ。
もう一刻の猶予もない。胸骨圧迫をすることによって、血液を体中に送り続けてはいる。でも、彼の呼吸が再開されなければこんな行動無意味である。
胸骨圧迫を続けながら、その合間に人工呼吸をする。心肺蘇生法は前の学校の時に確かに習ってはいた。しかし、実際に行うのは初めてだ。
「戻って、まもるくん! 戻ってよ!!」
しかし、そんな彼女の願いとは裏腹に、徐々に徐々に彼の霊体は上に上にと上がっていく。
よく見ると、その霊体の足、いや尻尾のようになっている部分が彼の身体とつながっているようだ。
想像でしかものを言えないのだが、おそらく今彼の魂は、幽体離脱と呼ばれる状態になっているのだろう。
ならば、まだ望みはあるはずだ。
「まもるくん! 離れちゃダメ! 戻ってきて! まもるくん!」
何度も、何度も、何度も。アメンドは彼に声をかける。逝くな、逝くな、逝くなと、何度も、何度も、何度だって。
“お願い、天使さん……まもるくんを天国に連れて行かないで”
“ッ!”
「分かってる。連れて行かせない……逝かせるもんですか……」
“……ララちゃん”
ミズキは、残酷な事実を伝えるべきか悩んだ。いや、きっとその話を彼女は聞こうとはしないのだろう。
「もう、これ以上……私は、誰かが死ぬのを見たくないんです!!!」
だって、彼女は今必死なのだから。目の前にある命を救うために必死の努力を続けているのだから。そんな人間に、現実を突きつけるのはまだ早い。
だから彼女も祈る。それしかできない自分を呪いながらも、祈るのだ。
「だから、お願い……」
今を生き、そして未来を生きるはずの一つの命を救う戦い。
「戻ってきてぇぇぇぇ!!!!」
この手に、奪い返す戦いを。
「ケホッ!」
刹那、彼の霊体が体の中に戻っていった。
水を吐き出した少年は、その後も何度も浅くて、早い呼吸を苦しそうにする。
「まもるくん!」
「ケホ、ゲホ、ゲホ、オエェ……」
アメンドは、少年を横にすると、その背中を優しくさすりながら彼が水を全て排出するのを待つ。
仰向けのままだと、嘔吐した物を再び誤嚥してしまうことになりかねないから、これがベストな選択なのだろう。
「まもるくん! まもるくん!!」
「ハツ! ハッ! ハッ! ハッ……はぁぁ……」
次第に落ち着いていく呼吸を見ながら、アメンドは安堵の表情を浮かべる。とりあえず、今すぐの命の危機は脱したようだ。
自分が、一つの命を救った。その事に喜んでいる彼女。でも―――。
「かな、ちゃ……」
「……ッ!」
彼女は意識を失う直前の少年のその言葉でようやく思い出した。もう一人、助けなければならなかった人間がいたのを。
そう、先ほどトガニンに殴り倒された女の子だ。確か、頭を殴られた後に転がり落ちて行った。無防備に、おもちゃの人形化のように。
「あの子も助けないと!」
“ララちゃん!”
「え?」
しかし、はやる彼女を呼び止めたミズキは、顔をどこかに背けながら、いや、ある“霊体”を見つめながら言った。
“もう、手遅れよ……”
「ッ!?」
彼女の目線の先にいた霊体。それは、間違いなく、先ほど転がり落ちて行った少女だった。少女の、霊体だった。その尾が完全に途切れて、幽霊となっている、身体だった。
「そんな……そんな……」
頭が真っ白になった。
「いやぁああああああああああ!!!!」




