第二話 日本最強の二人組
胸が高鳴る出会いというのはこういう物を言うのだろう。そう、ララは考えていた。
でも、そんな出会い、てっきり異性だけだと自分は思っていた。まさか女性を相手にしてこんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。
でも、それも仕方のない事なのかもしれない。
「あ、あの……」
「不破誇よ。よろしく、転校生さん」
「あっ、は、はい!」
こんな、格好良い姿を、度数の低いレンズの向こうに見せられてしまえば、誰だってそうなる。
彼女の名前は≪不破誇≫。これからララの通うこととなる学校の風紀委員長である。
しかし、駆けつけたのは彼女だけではなかった。バイクを操縦していた女性もまた、ゆっくりと降りてヘルメットを取り、きらめくばかりの桃色の髪をララに見せながら言った。
「コラほこりん! せめて停車してから降りてよ! バランス崩しかけたでしょ!」
「ほこりんって呼ばないでライク。一応、貴方の先輩よ。それに、この場合は……」
「分かってる。この方が手っ取り早かったかんでしょ? 私だってそうするし。あ、私は福宿来求、よろしく転校生さん」
「フスキ? あ、はい!」
長髪の桃色の髪をもつ少女。≪福宿来求≫。彼女もまたララの通うこととなる高校の生徒。高校二年生、つまりララと同じ学年の少女である。
しかし、どうして二人とも自分が転校生だと知っているのだろう。いや、それ以前になんでこの二人は自分が、この場所で危機に陥っていた事を知っていたのも不思議だ。ララは疑問が尽きなかった。
「テメェら、こんなことしてタダで済むと思っているのか!?」
そんな三人の世界に濁った心の持ち主が叫びを上げる。
残った男たちのうちの一人が激怒していた。目の前で仲間が襲撃されたのだから、無理もないだろう。
「それ、この子を襲おうとしていたアンタたちが言っていい台詞?」
「そうね。風紀委員として、貴方たちがしようとしていたことは決して許せないわ」
「言わせておけば! 不意打ちで一人倒したくらいで、いい気になりやがって!!」
「後でたっぷりと鳴かせてやるぜ風紀委員様よ!」
激昂している男たちは、一対一で戦おうとしているようだ。が、この勝負はすでに決着していたといっても良い。
さきほどのホコリの攻撃する姿。とても美しく、そのまま彫刻にして展示しても人気を博すであろうと思われる程の綺麗な型だった。それは、格闘技をかじった人間特有の物。まともにやっても勝ち目はないはずだ。ララはソレをまともに見ることはできなかったが。
後から来たライクもそうだ。猛スピードで走るバイクを踏み台にされたというのにバランスを崩して転倒することなく運転してみせた技術は、目を見張るものがある。
双方ともに只者ではないのは明らか。それを見極めることもできずに、相手が女の子だからといって勝てると思い込めるのは、ただの大バカ者。そして、そんな二人に対して一対一で挑もうとするのはどのみち大バカ者だと言える。
ホコリとライクの脳裏には、自分達が負ける姿なんて、一切過らなかった。
ただただ迫り来る男たちに向けて余裕の表情を見せるライクは言う。
「ねぇほこりんって鳴くの?」
「鳥じゃないんだから、鳴くわけないでしょ?」
「ごもっとも」
この状況においてなんたるふてぶてしさか。態度を崩すこともなくふたりはそれぞれに構える。そして、男たちからの最初の一撃を。
「「おらぉ!!」」
「「……」」
かわした。受け流すよう、ダンスを踊っているかのように回転しながらその一撃をいなして、男たちの背後に回った二人はさらに挑発する。
「その程度なの?」
「な、なに!?」
「悪いけど、アンタ達じゃあたしたちには指一本触れられないよ」
「この、図に乗りやがって!」
この状況に置いてもまだ身の程をわきまえない愚者は強気の姿勢を崩さない。
状況判断能力がなってなさすぎる。その身のこなしを見てどれだけの実力差があるのか、ララですらわかってしまった。
これが、暴力によってのしあがってきた男という人種の欠点か。ライクは指パッチンをしながら言う。
「アンタ達、傷ついた人間がどうなるのか知ってる?」
「何?」
目をゆっくりと瞑ったライク。
まさしく怒りを含んだ物で、恐ろしくもある。でも、安心感もある。守ってもらっている自分にとって、その顔はとても凛々しくかつ煌めきを纏っているようだ。
そして―――。
「教えてあげる。後のなくなった人間の末路を」
ゆっくりと瞼を開いた瞳の奥には、決意に満ちた眼球が冷たく男たちを見つめていた。
これから、二人のタイマンが始まる。でも、どっちが勝つのかは目に見えていた。もうこの時点で、すでに勝敗は決していたのだ。
彼女たちの背後に、オーラすらも見える。
とても、背筋が凍る、とてつもない大きさのオーラが。
「こっの!」
「ホント、ワンパターン、ね!」
まず、男の一人がホコリに向かって飛び出した。それはまさしく、彼女が言った通りだ。
先程の男の攻撃と同じ物で、変化が全く見られない。あれほど簡単にいなされたことなんて忘れてしまっているかの様だ。
「フッ!」
「な!?」
だが、ホコリの動きは違う。背中に回るなんて悠長なことはしない。
彼女はその懐に飛び込むと、まず懐に一発、拳がめり込むかの様な一撃。
「グッ!?」
そして、上から落ちてきた頭を脇でロックすると、さらにもう一発膝蹴りを繰り出した。この時点でもはやりすぎにも見えなくはないが、それでも彼女は一切手を緩めることはない。
「ハァァ!」
ホコリは、男のガラ空きとなっている足を払う。すると、重心が前方方向になっているその身体は、ホコリの投げに一切の抵抗もできずに、背中から地面に強打する。
これは、フィッシャーマンズ・スープレックスと呼ばれるプロレス技を彼女なりに改良した物である。
正直、あのプロレスのリングの上でやられても痛そうな技を、こんな石畳の上でやられる男に同乗してしまうほどだ。
「ッ!」
苦悶の表情を浮かべた少女。だがそれも一瞬。男が一連の攻撃で気絶したと言うことを確認して、ゆっくりと背中に付いた土埃を払いながら立ち上がったホコリは言った。
「運が良かったわね、気絶できて」
それは、もし気絶しなかったらこれ以上の何かが待っていたと言うことなのか、ララはその先のことを想像するにも恐ろしかった。
とにかく、これであと一人を倒せばもう。
「ギャァァァァァ!!!」
「え!?」
「ハァ……」
その時、耳に残るような男の叫び声が聞こえてきた。ホコリの美しい動きに見とれてライクの方は気にしていなかった。
その声に驚いた自分が見た物、それは地面に倒れ込んでほとんど動きもなく悶絶する男と、何かを手に持ったライク。そして、そんなライクを見て困った様に頭を掻くホコリが隣にはいた。
「え、あの、え?」
「全くライク? それ、どこに隠してたの?」
「え? ここだけど」
と、ライクはスカートをたくしあげて太ももを見せる。そこには、まるで女スパイが使っているかの様なホロスター付きのガーターベルトがあった。
「ま、まさか銃で撃ったんですか!?」
それを見たララは、ついそう口走った。
ライクは、まるで彼女を安心させるかのようにニッコリと笑い白い歯を見せながら物を掴んでいる手ではない方の手をヒラヒラと降っていった。
「違う違う」
「で、ですよねぇ……」
まぁ、流石に銃を持ち出すなんて学生がするなんて思わなかった。ただ、勝手に持っているイメージだけであんなことを言ってしまって、失礼な事をしてしまったのかもしれない。第一、銃声なんて聞こえてこなかったし。
「スタンガンだから」
「はぁ、スタン……ガン!?」
あっさりと言ってしまったために思わず聞き逃しそうになってしまった。スタンガンとは、あのよく刑事ドラマで犯人が人攫いをする時に使ってアレの事か。
確かに、彼女が言葉と一緒に見せたソレは自分の中の勝手なイメージのスタンガンと寸分違わない見た目をしている。それに、先端からは電気がバチバチと線香花火のような音を立てて光っているし、まず彼女がスタンガンを使ったと言うのは間違いないだろうが。何故その様なものを持っているのだ。
「もう、ライクいい加減にしなさい」
と、ホコリが叱った。
まぁ、当たり前だろう。いくらなんでもスタンガンを使うなんてこと。
「相手がペースメーカー使ってたらどうするの? 誤作動を起こしてちゃうかもしれないじゃない」
「そっちですか!?」
斜め上の理由で叱っていた。いや、スタンガンの使用に関してはお咎めなしですか。たしかに、相手が心臓に疾患を持っていてペースメーカーを使用しているのであれば、それを故障させる恐れのあるスタンガンの使用は厳禁であろうが、しかしこの状況で怒るのはそっちか。というか、そっちでいいのか。
「大丈夫だって。さっきすれ違った時に埋め込んでないって確認したから」
なるほど、ペースメーカーで一番多く使われているのは、左胸に埋め込んで使う方法である。それを、先程すれ違った一瞬で確かめたと言うのだ。
だが、ララにはその姿は見えなかった。全く気が付かなかった。ほんの一秒にも満たない、瞬きみたいなタイミングでそのような小技を使用していたなんて。驚きである。
「ペースメーカーの種類によっては分かんないでしょ全く。護身のためだけだったら、催涙スプレーで十分じゃないの?」
「あれ、自分にかかったら痛いし……」
「言い訳しないの!」
と、二人の口喧嘩は続くのだった。
あまりの衝撃に頭の片隅に追いやられてしまった。けど、これだけは分かる。自分は、彼女たちに救われたのだ。
このだが、一見相反している様な二人。
でも、とても息の合ったペアによって。