第二話 その女、死んでも御用心
初見の感想。地球は青く、白く、緑で、そして茶色だった。
なんて言ってる場合か。
彼女、クライムが飛び出していたのは、雲を超え、そして空をも超えた先にある宇宙であった。空気とか宇宙線とかはどうしたのかと思わないでもないが、しかし少なくとも彼女には何の害も及ぼさなかった。そもそも死んでいるのだから当たり前の事である。
宇宙空間という無重力の世界。本来であれば体制を変えたとしてもその進む方向まで帰ることができないはずだった。
しかし彼女はエンジェル。天使となった彼女に不可能なことなんてなかった。彼女は、宇宙に光の足場を作るとそこで両足を踏ん張り、地上へと戻っていった。
大気圏を突破するときの摩擦熱。しかしそれもまたエンジェルの彼女には関係なくいつもそうやってますよと言わんばかりに冷静に光のバリアを貼って対処する。
さらに超高速で落ちて行く中。彼女は冷静にトガニンの場所と状態を確認。そのまま片翼の翼で位置を調節するという人間業を、というか常人の精神力をも超えた何かを発揮しながら地球へと帰ってきた。
そして――。
【D・ストレート!!!】
右腕に力を込めた一撃が、トガニンの腹を襲った。その衝撃たるや、トガニンの一体のみで抑えきれるものじゃない。
「ッ!」
「きゃぁ!!」
彼女の放った攻撃の衝撃は、トガニンの内部を抜け、地面に到達した。その瞬間、地震かと勘違いするうような激しい揺れとともに、グラウンドが波打ち、その地面に巨大なクレーターを出現させた。
パニッシュとアメンドの二人は、本能からなのか、直前に飛び上がっていたために衝撃をじかに喰らうことはなかった。が、先ほども言った通りグラウンドは甚大なる被害を被ってしまったため。
「な、なんだぁ!?」
「いったい、何をしたの……」
と、校舎のすぐ近くで巨大な敵と三人の女の子たちの戦いを見学していた警察官たちは、それぞれが吹き飛ばされないように必死で地面を掴んだり、パトカーにしがみついたりしての対処を強いられていた。
一体今の攻撃にどれだけの力が込められているというのだろうか。いや、今の攻撃ばかりじゃない。
寺尾を含め、今その場にいる警官たちは皆一様にこのわずか数分間ばかりの出来事に驚くことしかできなかった。
突然現れた三人の少女。飛びあがり、雲の向こうまで消えて行った一人の少女。
武器を出して、怪物と戦う少女たち。そして、天に還ったともいわんばかりに飛び上がった少女による一撃。
わずか数分。されど、その数分間のうちに、彼らの中で何十年という月日をかけて築き上げられてきた常識という物が粉々に粉砕されているような感覚だ。
今、自分たちが見ているものはとんでもないものだ。それは分かる。でも、それがどれだけ恐ろしいものであるのかをちゃんと理解できるものはそれほどいないのであった。
「ちょっとクライム。もう少し手加減しなさいよ。私たちはともかく、向こうにいる人たちにとって災害でしかないんだから」
確かにパニッシュのいう通り。力は凄いのだが、その力で本来守るべきはずだった人たちを傷つけてしまえば本末転倒というわけだ。彼女も、当然それは分かっている。
「アハハごめんごめん。アタシだって、ここまで凄いなんて思ってもみなかった……」
やはり、まだ力の制御がうまくできていない様子。今後も戦い続けるとしたら、その力の調節を今のうちに学んでおかなければならないだろう。そう、アメンドは考えていた。
あと、この状況下において笑っていられるクライムと、トガニンを無視して怒鳴っているパニッシュの度胸も学んでおいた方がいいかもしれない。
「よっし! そんじゃ、もう一発!」
と、トガニンの身体の上から飛び降り、二人の前に立ったクライムが、何ともすがすがしいほどの笑顔で言った。
「って待ってください! また今みたいな攻撃をしたら……」
今度は学校が崩壊するかもしれない。そう心配するアメンドに対して、クライムは言った。
「大丈夫。地上には影響がないようにするから……」
「え?」
そう言うと、クライムは、握りこぶしを作ると、そこに力を入れる。すると、黒色のオーラのようなものが拳に集中し始める。そう言えば、先ほどの彼女の攻撃の時にも、そのオーラが手に集まっているのが見えたが、いったいこれは何なのか。
「いくよ……」
「え?」
なんてアメンドが考えている間にもクライムは拳を引いた。まるで、熟練の剣士が見せる居合の型のようなポーズだ。
武器たる拳が背後に隠れているというのも、鞘の中に入った刀を思わせるような。ともかく、その姿は侍のソレのように見えたのは確かだ。
そして―――。
「ハァァァァ!!!」
クライムは、放つ。思い切りの力を込めた一撃を。トガニンの下に拳を潜り込ませ、上空に、打ち上げるように。
さながら、ボクシングのアッパーのように。
【D・アッパー!!!】
瞬間、トガニンの身体はヘリウムでパンパンに膨れ上がった風船のように軽々しく空に打ち上げられた。十メートル、二十メートル、三十、四十、いやもっともっと高くに、花火のような軌跡を残して飛んでいった。
「す、すごい……」
なるほど、上空に向けて打ち上げるのか。これなら、地上に向かった攻撃を繰り出すよりも地面に伝わる衝撃はマシになる。校舎へのダメージも少なくなるだろう。
「でも、あれだけの質量が落ちてきたらまずいんじゃないかしら」
「あっ!」
「あぁ……そういえば」
と思ったのもつかの間。パニッシュが大きな問題点を指摘する。そう。トガニンの重さに関しては、先ほどアメンドの攻撃で倒れた時に確認済み。上った砂埃やできたくぼみからして、その巨体に似合った重量はあるはずだ。もっとも、そのくぼみはクライムが作ったクレーターによってその存在自体消滅しているのであるが。
いや、そんなことよりもだ。もしあの巨体がこの場所に落ちてきたら、いや少しだけ軌道がそれてこの場所以外の場所に落ちてしまったら。
よく、宇宙からやってきた隕石が地球にぶつかることによってどれだけの被害が出るか、という話をネットで見たりするが、さすがに地球滅亡とまではいかないだろうが、それ相応の被害が出てしまうのは間違いないだろう。
彼女たちが危惧するのは無理もない。
クライムも、そのことには気が付いていなかったらしく苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ど、どうするんですか!?」
「どうするって……」
アメンドの焦りのこもった言葉に、二人のエンジェルは腕を組んで考える。何だか二人とも結構余裕そうに構えているのだが、今のこの状況を分かっているのだろうか。
しかし、この戦いが初陣の彼女たちは、自分たちの力のすべてを知っているわけじゃない。もしかしたら、この状況を打破できる力があるのかもしれないが、ダーツェからはまだ教えられていないことがたくさんある。
さて、どうしようか。と、考えている時だった。
『こうなったら、トガニンを地獄に送り返すしかないでしゅ』
「え?」
といったのは、天使見習いのダーツェだった。彼女は、この一連の戦いを空高くから、なるべく被害を受けないように見守っていたのだ。少しズルイ気がする。
が、エンジェルの一人がいきなり自分の方に向かって飛んでくるわ、そのエンジェルの攻撃の巻き沿いになりそうになるわ、トガニンが突然打ちあがってくるわで、地上にいても空中にいてもどっちみち被害にあうのは同じと察して、今降りてきたところだったのだ。
「地獄に送り返すって、どうやって?」
『もう一度、殺すんでしゅ』
「ッ!!」
いっそのこと軽々しく、そう思えるほどに簡単に言い放ったダーツェの言葉に、アメンドは、唖然とするしかなかった。




