第二十三話 我儘だ、でも見捨てたくない
この手を取れば、確かに自分たちはトガニンを、目の前にいる怪物を殺すことができるだろう。というかライク一人でもいいのかもしれない。そう、ぶっちゃけた話このエンジェルという戦うために産まれた存在の中で一番の戦闘能力があるのはライクなのだ。きっと。
自分の脳裏に確かに焼き付いている。転校初日、自分が彼女やホコリに助けられた記憶。あの時は、まだ周りの事が見えていなくて、自分の目の前に降り立ったホコリにだけ目を向けていて、しかもその動きがライクに比べてド派手な物だったから、あまり印象がなかった。
そのころのライクは、手に持ったスタンガンを使って相手を気絶させるという、自分の身体を一番酷使しない方法を取っていたから。
でも、逆に言えばそれほどに静かに、そして一番穏やかな方法で不良たちを一蹴していたともいえるだろう。
そして、エンジェルとなって戦い始めてから、冷静になって思い返してみれば、ほとんどの戦いで彼女の、ライクの大地の脈動のようなパワーと、そして想像力と創造力の高い攻撃によってトガニン達を圧倒してきた。
そう、ライクだけでいい。エンジェルは、自分だって必要のない存在だ。戦いに置いて。
でも本当にそれでいいのか。そんな葛藤が、彼女の中で産まれた。だからなのだろう。再生を始めたトガニンを前に、鎌を再び出現させてライクの前に立ったのは。
「アメンド?」
「私の、我儘です……」
そう、我儘だ。自分勝手で意味の分からない行動だ。そう思われるかもしれない。チャンスを不意にして、トガニンを地獄に送り返すタイミングを逃すと分かっている。ここで倒さなかったことが、後々に響いてくるかもしれない。
でも、それでも彼女はライクの手を取ることはしない。なぜならば。自分たちは『三人でエンジェル』なのだから。
「誰かを置き去りにして、そのまま戦っても絶対に後悔する。戦う理由を見失ったら、二度とその人は立ち上がれなくなる! だから!」
そう叫ぶと、今度は、ホコリの方を向いた。
“……”
「私達には、パニッシュが、ほこりん先輩が必要なんです!!」
「ララちゃん……」
例え、本人が戦いたくないと言っても、戦うのを止めても、それでも自分には、自分たちには彼女の存在が必要なのだ。この中で、一番弱い人間である自分が言うのもおかしい事なのかもしれない。でも、もうこれ以上、誰かを見捨てたくない。そんな彼女の中の我儘が、爆発する。
「戦うとか、戦えないとか、戦いたく無いとか必要じゃ無いとかそんな理由じゃ無い! 私は、ほこりん先輩と一緒に、戦いたい!」
“ララちゃん……”
≪グオォォォ……!!≫
と、その時だった。完全に体を上下に分断されていたトガニンの身体が、再構築され、その姿を現したのは。両断され、地面に落ちたはずの上半身は、いつの間にか綺麗に消え去っていて、まるで最初からそこになかったかのようになっていた。
勿論、トガニンは逃げる気配もなく臨戦態勢で、ライクの持っている煌びやかなそれとは真逆の、あまり手入れのなされていないボロボロの刀を持っていた。ソレを見たアメンドは、再び鎌を構えると言う。
「ほこりん先輩と、一緒に生き返りたい。だから……先輩と一緒に戦う! それが、私の願い、私の我儘、私の……正義です!!」
「ララちゃん……」
我儘とは、正義である。他人の正義を奪う事も、他人の正義を否定することも、自分の正義を押し付けることも、全部が全部、それを正しいと認識しているが故の行動。自分勝手な我儘。
ソレに付き合う人間も、付き合わされる人間も、それなりの覚悟を持っていなければならないし、そしてなおかつその正義を共有できる人間でなければならない。
強さを持っていなければならない。他人の正義と自分の正義。その二つを混ぜてあわせてぐちゃぐちゃ混ぜ合わせたスクランブルエッグのようにして、一つの≪道≫を見つけなければならない。
正しき道、ではない。正しいであろう道、でもない。
真実に至る、ただ一本の道を。
そのためには、自分達エンジェルは一人もかけてはならないのだ。例え、それぞれにいろんな正義があろうとも。例え、それが自分勝手であると言われたとしても。それが、自分の正義から。
臆面もなく言ったその姿に、ライクはどこか羨ましさを感じた。まったくもって、純粋なるその姿に感銘を受けたのかもしれない。
なんにせよ、彼女は、ライクは自分がしなければならないことが何なのか、ハッキリと分かった。自分は―――。
≪オォォォォ!!!≫
と、その時だ。目の前のトガニンが刀を振り上げて向かって来た。アメンドは、それを鎌の持ち手で防ぐと、ライクに向けて叫ぶ。
「ここは、私が押さえ込みます! だから、その間にライクさんはほこりん先輩と仲直りして、くだッさい!!」
≪グォォ!!≫
「何が二人の間にあったか私には分かりません! けど……ッ!」
と言って、アメンドは、振り下ろされた刀をはじき返すかのように力を込めた。その瞬間、トガニンの腹がへこむような力が加えられる。これは、もしかして。
『私も協力する』
やはり、彼女だったか。アメンドは、その彼女に笑顔を向けて言う。
「ありがとう! ミナトちゃん! はぁぁ!!!」
こうして、エンジェルのアメンド、そして幽霊超能力者であるミナトによる戦いが開始されたのであった。
「……全く、本当に我儘で、自己中なんだから……」
と、困ったように笑ったライクは、でもそれもあの子らしいと思いながら彼女たちの元に向かう。
刀は、その途中で霧の中に消えたかのように見えなくなった。アレは元々現世の世界の物だったはず。一体どういう原理で消えたのか、いや今はそんなことどうでもいい。
“……”
今は、彼女との話し合い、か。
「ほこりん、私たちが思ってたよりもあの子、馬鹿みたい」
ライクはそう言うと、今もなお戦い続けているアメンド、そしてそのアメンドに協力しているミナトを見て言った。
「馬鹿で、おっちょこちょいのドジっ子で、頭も悪くて」
『そこまでいうの? あの子が聞くと泣いちゃうわよ?』
とミズキに指摘されたライクは、確かになんて笑みをこぼした。まぁ、ある意味で妥当な判断であるとは思う。だが、これがもし戦闘中じゃなくて日常生活で、彼女に聞かれていたら確かに涙目になりそうだ。そう思いながら、ライクは言う。
「でも……」
“私達より、正義の味方って物をよく知ってる”
「あ、危ない!」
と。殻堕から抜け出しながら。ソレを見た調は、咄嗟に手を差し出して彼女の抜け殻を支えようとする。彼女は幽霊の声≪だけ≫聞こえるイヤホンをしているため、ライクが殻堕から抜け出た瞬間を見ることはできなかった。いやそもそもまだエンジェル、トガニン、そして天という場所以外の情報を与えられていないため普通の人間がそうするのも分かることだろう。
しかし、その隣にいたミズキが言う。
『大丈夫よ、どうせ傷ついても深夜の間に修復されるから』
「修復……それじゃ、これは本物の身体じゃないんですね……」
“出来損ないの人形よ、人間らしく振舞えるように作られた……偽物の肉体”
と、呟くように説明をしたホコリは、改めて、ライクの方に向き直ってから言った。
“……えぇ、そうね。偽物の生にしがみつくために私達に与えられた仮の姿よ”
“偽物の生、か。ねっ、ほこりん。腹割って話そか”
“もう、腹なんてないけど”
“確かに”
なんてちょっとした小ボケを挟みつつ、二人はついに、話始めることとなる。本来だったらなかったはずの時間。しかし、アメンドによって強制的に作られた、和解の場を。




