悪役令嬢はゲームに参加できない
リハビリに書いてみました。
誤字脱字報告ありがとうございます。
高熱に魘されながら私は夢を見た。
私は別の世界にいて山田みずきという人生を歩んでいた。女子校育ちの私は35年間誰とも付き合ったことはないが特に不満などなかった。
大学卒業してから勤めた研究職の仕事が、私の性に合っておりそれなりに充実した日々を過ごしていた。
短大卒業後すぐに結婚した2歳下の妹には娘がいたが、この姪っ子の結菜が私にとてもよく懐いており、彼女の好きなゲームの感想を聞いて盛り上がるのが最近の楽しみだった。
結菜が今ハマっているゲームは所謂乙女ゲームというやつらしい。私はゲームはしたことはないが、興奮して話す結菜を見ているとそれだけで楽しくなった。
ゲームは、平凡だが明るくて朗らかな主人公の男爵令嬢が、数人のイケメン攻略対象と恋に落ちる恋愛シミュレーションものだった。
たしか…
ヒロインがリリーなんとかっていう男爵令嬢で、攻略対象が4人いて、王子と宰相の息子と騎士団長の息子と魔導士だった。
ヒロインのライバルとなるお約束の悪役令嬢ってのもいて、たしかポピーなんとか侯爵令嬢で、王子の婚約者候補だとか言ってたわね。
恋愛シミュレーションゲームっていう割にエンディングでは悪役令嬢は処刑されたり国外追放されたりと大変な目に遭うと聞いて驚いたのを覚えてる。
いつものように、妹の家に行って結菜からゲームの話を聞いて家に帰る途中に、階段から足を踏み外してしまった。
あっ、これって私の前世だと直感で悟った。私はあの時点で死んで、この世界へ生まれ変わったんだと。
「大丈夫ですか?ポピーお嬢様、すぐに旦那様と奥様をお呼びいたします」
「……!…」
動揺で声が出ないので、首を縦に振って返事をした。
すぐに侍女は父と母を伴って戻ってきた。
「ポピー、熱が下がったのになかなか目覚めなくて心配したよ。もう体調は問題ないかい?」
心配そうに父が私の顔を覗き込む。
「ポピー、まだ顔色がよくないわ。ゆっくり休んでいなさいね」
母が優しく私の髪を撫でる。
そう、この人達は私の実の両親だ。決して虐待されたりなどしていない。むしろ大事に大事に育てられた。
蝶よ花よと愛され慈しまれて育った私は若干わがままに育った。
身体の震えが止まらないのは、動揺が止まないのは、私がわがままだからでも、熱の後遺症でもない。
どうしよう…
大好きなはずなのに…
怖い…
「…っ…(怖い怖い怖い怖い怖い)」
恐怖で声が上手く出せない。無理矢理笑顔を作るが震えが止まらず頬が引き攣るのが自分でもわかった。
心配そうな両親だったが、「体力は落ちてるけど主治医の身体には問題ない。自然に声は出るようになりますのでゆっくり養生してください」との診断に、ホッとしたように部屋を後にした。
まさか、外国人に転生してしまったなんて…
どうしよう。水色の髪に青い眼とか、金髪に緑の眼とか…
無理無理無理無理無理
結菜のゲームのキャラクターも紫の髪とか赤い髪とかカラフルだったけど、あれは二次元だから問題ない。
でも、現実では外国人は苦手だった。
前世で子供の頃に突然、知らない数人の外国人に取り囲まれ知らぬ外国語で怒鳴られた経験が、トラウマになっていた。
大きくなってもトラウマは解消されず、むしろ悪化し、なるべく人と接しない研究職に就くことにしたのだった。
今まで大丈夫だったのに…
記憶が蘇るとともに恐怖心も復活してしまったらしく、父と母が怖い。侍女もブラウンの髪はよいが、シルバーの瞳とかあり得ない。
思い出しただけで震えが止まらない。
どうしよう。これで生活出来るんだろうか。
せっかく生まれ変わったのに…思い出したくなかった…
前世を思い出しても今のところメリットが浮かばない。こんな恐怖心だけ植え付けられるなんてむしろデメリットのが多い気がする。
前途多難だわ…
涙が溢れてとまらない。
「おはようございます、ポピーお嬢様。朝ごはんはどうなさいますか?本日は皆様とご一緒にダイニングでとられますか?」
「……っ……(怖い怖い怖い怖い)」
前世を思い出してマリアは半日付き添ってくれたが、恐怖心は無くならない。震えながらもコクコクと何度も頷いて答える?
(ポピーお嬢様、声だけじゃなくて何かいつもと様子が違うような…
目を潤ませて何故か怯えた表情をして、まるで深窓の御令嬢のよう…
我儘お嬢様、顔はお綺麗ですからね)
ダイニングに向かうと父と母が優しく迎えてくれた。
「「おはよう、ポピー」」
「…(怖い怖い怖い怖い)」震えながらも、頑張って笑みを浮かべ、首を縦に振って挨拶をする。
「ポピー、顔が青白いわ。声は無理しなくて良いですからね」
「…(怖い怖い怖い怖い)」優しいこの人達に応えたいのに声が出ない。何度もコクコクと頷いて気持ちを伝える。
「ポピー、本当に声が出なくなったんだな。静かで清清するな。ずっとそのままでいいんじゃないか」
声のする方向に目を向けると、若い男性が入ってくるところだった。
兄だ。そう。名前はたしか…
「おはよう、ダニエル。朝からキツイ一言だな」
「すみません、父上。つい…発言には気をつけます」
そう、ダニエルだ。ダニエル…ダニエル=スペーシー。ダニエル=スペーシー…
私はポピー=スペーシー… ポピー=スペーシー…ダニエル=スペーシー
どうしてすぐに思い浮かばなかったのだろう。ポピー=スペーシーは結菜のやっていたゲームの悪役令嬢の名前だ。
ダニエル=スペーシーは攻略対象の魔導士だ。二次元と印象は違うけど、間違いない。
ここはゲームの世界なんだ。ゲームの世界だから父のような水色の髪とかも存在するのね。実際に目にすると怖いけど。
たしか、ダニエルは強い魔力を買われて侯爵家に養子に来たのよね。
顔を合わせて2年だけど、私ポピーが毛嫌いしてたからか、ダニエルも私のことを鬱陶しく思ってむしろ大嫌いで、喜んで断罪するのよね。
もう既に遅いかもだけど、なるべく文句は言わず、ダニエルには極力接しないようにしたほうが良いか…
…
「何だ、じっと見て…気味が悪いな」
私の方へ近づいてくるダニエルと目があった。
「…(黒い髪に黒い眼…よかった。怖くないわ。この人を見ていたら震えが出ない。この人の側にいたら安心できる。でも断罪が…将来の不安よりも今の安心のが優先よ!ダニエルの側にいよう)」
「なんか調子狂うな。まるで別人のようだな」
「ダニエルっ!」
思わず私の前を通り過ぎようとするダニエルに抱きついていた。
「ポ…ポピー⁉︎」
ダニエルがギョッとしたように私を見て、しがみつく私を無理矢理引き離そうとする。
なぜか青くなったり赤くなったり顔色の変化が忙しいが、それは無視して剥がされてもなんどもなんどもしがみついたら、最後には諦めたように脱力していた。
「ポピー、声っ⁉︎出るようになったのか…」
目を潤ませて感極まる父。
「ポピー、本当に良かったわ」
優しく見守る母。
「それにしても、いつの間にそんなにポピーはダニエルと仲良くなったんだ?おとといまでいがみ合っていただろう?」
「本当ね、あなた。でも、ポピーとダニエルが仲良くなるのはよいことだわ。兄妹なんだから」
不思議に思いながらも微笑ましそうに見つめる両親。
「仲良くなんかありませんよ」と、忌々しそうにダニエルが言うが、
「はい。私はダニエルと仲良くなりたいです」
しがみついて上目遣いで伝えると、ダニエルの顔が赤くなるのが見えた。
「なっ…(なんだ?目を潤ませて可愛い顔を…いや、可愛くなんかない。こいつはあの性格が悪いポピーなんだ、しっかりしろ、俺…)大体こないだまで嫌味ったらしくお兄様と呼んでたくせに…まっ、どうせすぐにボロが出るだろう」
「ダニエル、ありがとうございます」
嫌そうな素振りを見せてきたが、私は自分の平穏のためにダニエルとできる限り一緒に過ごした。
ダニエルといることで少しずつ他の人とも話せるようになったが、一番話すのはダニエルだった。
以前の私はダニエルに嫌味を言ったり、物を投げつけたり目に余る行為のオンパレードだった。
黒い髪と黒い眼と両方に黒が揃う者は、100年に一度現れるかないかの、貴重な存在であった。魔力が高い証であり、それを羨んだ者達から忌々しい存在として扱われることもあった。
以前の私はとりわけその容姿の批判、蔑みをしており、時にはダニエルの本当の両親を蔑視する発言も繰り返していた。
何度か謝罪をしたが、ダニエルはなかなか受け入れてはくれなかったが、それでも生来の優しい気質からか、ただ甘えるだけの私を無下にすることはなかった。
べったりの私に徐々にダニエルは絆されていき、数年も経つといつの間にか立場が逆転してしまい、超シスコンになってしまった。
これまで王子含め何人もの子息から婚約の打診があったが、病弱を理由にお断りを入れてもらっていた。
ただの対人恐怖症の引きこもりだが、お茶会などに徹底して不参加であることが理由を裏付けた。
学園入学の16歳までに上位貴族であれば婚約者が決まっているのが一般的だ。
学園には独身の貴族と平民が通うが、一部の下級貴族や平民は婚約はしていない。ゲームのヒロインも婚約をしていなかった。
しかし、もうすぐ入学するダニエルもその一つ歳下の私にも婚約者は今のところいない。
黒髪黒眼とはいえ攻略対象の中でも取り分け際立つ美貌に、最年少国家魔導士となる将来性に女性たちが寄ってこない訳がない。
侯爵家を継がないとはいえ、かなりの数の御令嬢から婚約の打診があったが、ダニエルが頑なに拒否をしていた。
ゲームでは10歳の時私は王子の婚約者となり、ゲーム開始より前にはダニエルは侯爵令嬢のローズと婚約していたはずなのに、ズレが生じているのは、私が前世を思い出したからなのだろうか…
両親も最近では婿取りは諦めたらしく、ダニエルとの婚約を勧めてくるようになった。
「ポピー、ダニエルと婚約するのはダメなのかい?こんなに仲良くしているじゃないか」
何度目かの説得を試みてくる父。
ダニエルは私が平穏でいられる唯一の人だから、側にいて欲しいし、いなくなったら何を支えに生きていけば良いのだろう。
こういった時、小説やゲームだと、修道院や平民として逃げたりするが、外国人恐怖症の私にはそれは難しい。
でも、ダニエルと婚約をしてしまうと、ゲームの渦に巻き込まれてしまう。
「…うっ…ダニーのことは好きだけどダメっ…ぐすっ…」
泣き出す私の髪を横にいるダニエルが優しく撫でてくる。
「どうしてダメなんだい?誰か他に好きな人でもいるのかい?」
聞いたこともないような低い声でダニエルが言う。
引きこもっている私には出会いがないとわかっているだろうに…
「ううん…ぐすっ…いない…」
「じゃあ、ポピーは私のどこがダメなんだい?」
私の涙を優しく指で拭う。
「ううん…ダニーには私よりもお似合いの人がいるもの。学園で出会うの」
もうすぐ入学するダニエル。1年後にはヒロインのリリーが入学し、彼女に心を奪われてしまう。
振られることを知っていて婚約することは嫌だ。
同じく1年後に入学した私はいちゃつく2人に嫉妬する。婚約者が別の女性に心を奪われるんだから当然のことだ。
でも、兄なら耐えられる。恋人…婚約者ではないもの…
「ポピー、まだ見ぬ女性に妬いているのかい?私はポピー以外に目を向けることはないよ」
涙ぐむ私とは逆に何故かダニエルは嬉しそう。
「だって…ダニーはこんなに素敵なんですもの。しょうがないんです…ぐすっ…」
次から次へと涙がとめどなく溢れてくる。
「ポピーも、綺麗で可愛らしくて素敵だよ。私の唯一なんだから。それにしても困ったなぁ。こんなに愛しいポピーを不安にさせてしまうなんて…
うむ…免除試験を受けるか!ポピー、私は学校には通わないことにするよ。幸い仕事にも就いているし、わざわざ通学する必要もないしね。
でも、私が通わないのに、可愛いポピーだけを学園に通わせるのも心配だなぁ。他に変な虫がついてもいけないし」
「そうだな、ダニエル。お前なら免除試験は合格できるだろう。ポピーも入学前に結婚してしまえば通学の必要はないな」
父とダニエルの間でトントンと話が進み、すぐ婚約、私が15になる歳に結婚をすることになった。
「綺麗だ。愛してるよ、ポピー。君と結婚できて幸せだ」
「ダニー、私も幸せです。私も愛しています」
結婚後すぐに子宝にも恵まれ、愛する夫と子ども、両親に囲まれた幸せな人生を過ごしている。
卒業パーティーで王子が婚約破棄を言い渡したとか、廃嫡されたとか噂をチラホラ耳にしたが、社交活動をほとんどしない私は詳しくはよく知らない。




