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成立

 会合が再開された。


マルヴィナたちが、交渉の会場であるアショフ共和国首相官邸三階の中会議室へ入っていく。リシャールを先頭にピエール、マルヴィナ。


そのあとを、肩をぐるぐるまわしながら入っていくゴシュ。

「シュッシュッ」

その後ろから、軽くステップを踏みながら入っていくヒスイ。


自分の席の前で止まったゴシュ、足をきちんと揃えて両腕を左右にまっすぐ水平に指先まで伸ばし、そして軽く天井を見上げて目を瞑った。そのまま十数秒、おもむろに席に座る。

ヒスイは、席の前で軽くジャンプするとシャドーで右ストレートから左フック、右ローキック左後ろ回し蹴りをぶうんと見せたのちに椅子を大きく引いて座った。足を組む。

そこに、相手側のメンバーも入ってきた。


代表エージェントのダフネ・ウッテンを先頭に、その秘書二名、相手側もさらに追加の二名を連れてきた。

「出資者の二名も追加させていただくわ」

よろしく、と言ってエージェントの左右に座った二人。初老の男性と老婦人だったが、身なりからしてかなりのお金持ちに見える。

「では、売買交渉を再開しましょう」

とリシャールが告げた。それぞれの前にたくさんの種類の飲み物が置かれていく。


「ええ、さっそく新たな金額をお伝えしましょう。四千億ゴンドルピー。いかがかしら、最初の金額よりも十分の一にまで下げさせていただいたけれど?」

エージェントが提示し、左右の出資者と秘書たちも自信満々の顔つきだ。

「いえ、四百億ゴンドルピー。あなたがたは何か勘違いしておられる。我々の情報収集力が低いとね。ぼくたちは、すでにアショフ艦隊がローレシア南端沖で敗北したことを知っている」

そのリシャールの言葉に、エージェント側のメンバーの表情がやや険しくなった。

そこに、ディタが会議室に入ってきた。マルヴィナのところへ歩いてくる。


「マルヴィナ、完成したわ」

どれどれ、とマルヴィナが紙を受け取って眺める。追加される首相官邸の業務ストーリーだ。

交渉はお互いひそひそ話をしながら睨み合いが続いており、マルヴィナはそのまま一枚の紙にまとめられたストーリーを読み進めた。

「あら変ね、この手相鑑定というのは、首相官邸の間違いじゃないかしら?」

さっそくひとつ誤記を見つけた。

「あ、ごめん、他にもないか確認してなおしてくるよ」

ディタが紙を持って出て行った。


エージェントが口を開いた。

「では、再度検討させていただいた金額を言いましょう。我々も慈善家なので、思い切った金額にさせていただいたわ、三千億ゴンドルピー。もう破格の値段じゃあないかしら」

とメガネを光らせた。

「ふふふ、五百億ゴンドルピー。われわれを甘く見てもらっては困る。我々が得ている情報では、ローレシア連合軍はすでにゴンドワナ大陸に上陸している。もう首都を包囲するのも時間の問題だ。そうなったら、いったいこの国を買ってくれる人間はいるのかい?」

どうなんだい、というリシャールの顔。


顔が引き吊ってくるエージェントのメンバー。左右の出資者がせわしげにエージェントと小声で会話し、そのさらに横の若い秘書二名がエージェントのそばに跪いて小声で会話し、会議室を足早に出ては戻ってくる。

そこにまたディタがやってきた。

「これでどうかしら」

修正したストーリーを見せてくる。マルヴィナはしばらく眺めて、

「ええ、誤記は無さそうだし、いいんじゃないかしら」

とディタに言った。


「やった、じゃああとはハンコね」

小さくガッツポーズするディタ。

「ハンコはいらないんじゃなかしら?」

現状、マルヴィナはハンコを持ち合わせていない。

「あ、そう? でも、業務に適用するのに何かないとまずいわね」

というディタの言葉に、とりあえずその紙の下のほうに、ゾンビ帝国皇帝マルヴィナ・メイヤーと書くことにした。さっと書き終わってその紙を持ってディタが出ていく。


そのとき、マルヴィナは飲み物を飲みすぎてトイレに行きたくなっていることに気づいた。エージェント側のひそひそ話が続いており、意識するとどんどん尿意が増してくる。

「……そんなことは聞いていない……」

「……話が違うじゃないか……」

「……配当金はどうなる……」

「……損益分岐点はまだ……だが……」

そういった怒気を含んだ言葉も聞こえてくる。

そして、ついにエージェントがリシャールに向き直った。

「二千億ゴンドルピー。これ以上は譲れないわ」


「はっ、交渉決裂だね」

というリシャールの言葉と同時に、マルヴィナが我慢できずに立ち上がった。すると、同じタイミングで同時に立ち上がったヒスイ。どうやらヒスイも我慢していたようだ。

一緒に行こう、と顔を見合わせて会議室を出ていく。

「資産家二人が怒って出ていったよ」

と肩をすくめるリシャール。その横でピエールは真剣な表情で経緯を見ているが、さらに横のゴシュは腕を組んで下を向いてピクリとも動かない。


エージェントたちが再び内輪で話し出した。その様子を見ながら、リシャールがさらに畳み掛けるように独り言をつぶやく。

「われわれには、首都を包囲されてからでも講和に持ち込む交渉術があるが、それがもしないなら今の状況はとてもやばいだろうな。講和に持ち込めず、首都の防衛もできなければ、文字通り全てを失うことになる。場合によっては立場上責任をとる必要もでてくるだろうな。防衛時や占領時は多少なり犠牲者も出ることだろうし、平和的に解決したほうがいいと思うけどなあ……」


と椅子に座りながら大きく伸びをしたリシャール、足を組み替えてエージェントたちを見据えた。すると、

「がたん」

突然ゴシュの体がびくんとして、あたりを見回した。頭をかきながら立ち上がり、会議室を出ていくゴシュ。

「そろそろ頃合いかな」

リシャールとピエールが顔を見合わせ、机の上をまとめだしたとき、

「わかったわ、一千億ゴンドルピーよ」

とやや青い顔をしてエージェントの中年の女性が言った。


「オッケーディール、契約成立だね!」

リシャールがさわやかににっこりと笑い、指をパチンとはじいた。すぐに若い衛兵が入ってきて、リシャールに二枚の紙を渡す。リシャールはその紙を受け取って両方の紙にさっとサインした。

「さあ、契約書だ、サインをお願いする」

二枚の紙をエージェントに渡し、その女性が鋭い目つきでそれに目を通していく。

「金塊一千トンはムーア市現地で受け取りとさせてもらったよ。あなた方に輸送手段があると思ってそうしたけれど、もし無いなら言ってくれ。わたしは忙しいからもう退出させていただくが、サインが済んだら残った者にそれを渡してくれ。ではでは……」


立ち上がって揃えた二本の指を軽く振ってそう告げると、ピエールとリシャールは颯爽と会議室をあとにした。

そのまま一階に降りて、官邸の玄関まで来た二人。リシャールがピューと指笛を吹くと、

「高速馬車を用意させていただいた」

玄関の外には一台の四頭立て四人乗りの最新鋭馬車が止まっている。

「実は、あなた方のことをもう少し知りたいのだが……」

というリシャールに、耳元に口を近づけてしばらく何か囁いたピエール。


「では、あとはよろしく」

わかったと答えて乗り込むピエール。客車の窓から手を振った。

一方、やや遠い位置にあったトイレから戻ったマルヴィナとヒスイ。

「なんか、あいつらのにおいが気に入らないのよね」

それわかるわと大きな声で話しながら会議室に入ってくる二人。会議室にはすでに誰もおらず、紙が一枚残されていた。

「契約が成立したようね」

とそれを拾い上げてさっと眺めたヒスイ、マルヴィナに渡す。


「えっと、大事な紙だと思うけどわたしが持っていていいのかしら」

「いいんじゃないかな。一応念のためにあなたのサインも入れといたら?」

というヒスイの提案に、テーブルに置いてあったペンで契約書の下のほうにゾンビ帝国皇帝マルヴィナ・メイヤーと書き足した。紙を折って服のポケットに入れる。

「シュッシュッシュ!」

誰もいなくなった会議室で、そろそろ何か始まるのではとスクワットをして体を温めなおすヒスイ。ゴシュもトイレから戻ってきて、大あくびをしたあとでヒスイを真似てスクワットを始めた。


昼下がりの官邸の外は風もなく、生き物たちも木陰に休んでいるのか静かだった。


 それから一週間も経たずに、ローレシアとゴンドワナの両大陸に大きなニュースが走った。ローレシア大陸のアイヒホルン王国を含む各国、そしてゴンドワナ大陸のアショフ共和国が、ゾンビ帝国なる聞いたこともない新興国の属国となることが大々的に公表された。さらに、ゾンビ帝国をトップとする帝国逆循環と呼ばれるピラミッドシステムに組み込まれることも。


人々は、それがいかなるシステムなのかを固唾を飲んで見守ることとなった。

そして、ゴンドの首相官邸でしばらくのんびり滞在していたマルヴィナたちに、マルーシャ女王から新たな連絡が入ることになる。それは、間違いなく新たな試練の始まりを意味していた。



エピローグ


 マルヴィナは、本拠地であるローレシア大陸のグラネロ砦には帰らず、ゴンドワナ大陸の最大都市ゴンドから川を下ったさらに南にある大きな港町に滞在していた。


そこから、今度は南半球にある大陸、パンゲアへ渡るのだ。

思えば、ゴンドワナ大陸もあっという間にうまくいってしまった。この調子だと、次の大陸も、暗黒大陸と呼ばれ一見手ごわそうだが、すぐに何とかなりそうな気がしてくる。


だが、マルヴィナは心のどこかで、全てが都合よく行き過ぎている、という思いも芽生えていた。

特に、自分以外の人間たちも有能で優秀だと思うが、ゾンビの面々が傑出している。


ヨエルが覚醒したときに現れる剣士ディートヘルムは、長時間戦うのは苦手そうだが負ける相手がいないようにも見える。


グアン将軍は大きな体でひとりでも強そうだが、十万程度までの軍隊を率いて活躍することができる。だが、マルヴィナがそれ以上に凄いと思うのが、植物を早く育てる力。

彼の存在により食料の心配がほとんどなくなってしまったのだ。


マルーシャ女王は自分の考えがとても及ばないようなところで知恵を巡らし、国家レベルのことをいとも簡単に進めてしまう。軍隊すらいらないのではと思わせる。


ピエールの錬金術は国家レベルでお金の問題を解決できる。そしてそれだけでなく、彼はふつうに優秀で計算が早いので、お金で準備したものを計画的に各地に配備する才能がある。


さらにすごいのは、他の人間たちも含めて、それらの能力が非常に巧妙に組み合わさって機能しているところだ。だから、いきなりできた国がすぐに成長してすべてうまくいくのもなんとなく納得はできるのだが。


だが、かえってそれが不安を呼び起こさせる。国づくりとは、そういう風に都合よくいくものではなく、もっと泥臭い、土臭いものなのではないか。

もっと長期間の必死な努力が必要なのではないか、今の状況は、ある意味で砂上の楼閣のような、風が吹けば飛んで消えるようなものなのではないか。


国造りの経験はまったくないと言ってよいのでよくわからなかったが、自分の中にそういう風に問いかけてくる部分があることを、マルヴィナは否定できなかった。

強固な大地のごとく、せっかくここまで来たのなら、国を泥や土で固めていくことができないだろうか。


立場が皇帝とは言え、特に何の力もない自分がそんなことを無駄に考えても仕方がないのだろうか。窓の外、海から吹いてくる風が、徐々に強さを増してきていた。

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