もしもし、聞こえてますか?
この紙コップを持ってから何時間経つのだろう。
君の耳に当てて、私の口に当ててずっと私は話しかけている。
初めて君と電話したのは、もう10年以上も前になるね。
机の上で勉強してたら、邪魔をして来たから私は文句ばっかり言ってたんだ。
「ねーいつになったらその電話切ってくれるわけ?」
君は笑うだけで中々電話を切ってくれなかった。
でも、君は答えてくれない。
「今日ね、学校行ったらさ、髪染めなさいって怒られてね。大変だったんだよ」
君はいつもそうだ。
私の話は聞いてるんだか、聞いてないんだかでたまに返事をしたと思ったら適当な返しばっかり。
嫌になっちゃう。
でも、私が部活で悔しい想いをして帰ってきた日。布団でお母さんにバレないように泣いてたら、横に来て君も一緒に泣いてくれた。
そんなことするからもっと好きになっちゃうんだからね。
でも、君の声はまだ聞こえて来ないんだ。
「ねーねーいつになったら答えてくれるの?」
「明日は何する?」
「今日のご飯は、ツナなんだよ。君が大好きなツナ、まぐろだよ」
「ねー。いつ、に、なったら、答えてくれるの?」
ぷつんっ
何かが切れる音がした。
「もうやめなさい」
「やめないよ」
「だって修介は答えてくれるもん」
「もうやめてってば」
お母さんの怒鳴り声が部屋に響いた。
私がお母さんに怒鳴られたのは今日が初めてだった。
「何で切るの?こんな大切なものをなんで切るの?ねぇ」
私は泣きながらお母さんにすがって壊れた電話を必死に直した。
そうするとお母さんは優しくその紙コップを取って私に話しかけた。
「大丈夫。胸に手を当ててごらん。聞こえるでしょ?彼の声が」
私はそっと目を閉じて、初めて彼と話した時から今までのことを思い出していた。
かまって。
かまって。
遊ぼうよ。
大丈夫?泣いてるの?なんかあったの?ご飯一緒に食べよう。
勉強してるの?偉いね。
たくさんの声が聞こえて来た。
君の鳴き声を聞いたのはもう何ヶ月前かな。
もっと会いに来れば良かったね。
最後に一度だけ電話してもいい?
もしもし、聞こえてますか?
聞こえてるよ、大丈夫。彩花は僕がいなくても生きていける。たくさん泣いたでしょ?泣いて強くなったでしょ?だから、彩花は大丈夫。元気でね。
そう言われた気がした。
冷たくなった君の頭をそっと撫でて電話を箱にそっとしまった。