父が娘に人外だった母親の話を語って聞かせてやる話【人外少女シリーズ】
村一番の力自慢のガストンは、最近娘のカチアが塞ぎ込むようになったのに気づいた。彼女は十四歳で、プライベート空間を主張するようになり、しばしば子供だけで近づくことが禁じられている森の方へ分け入っていってしまうのだった。
「カチア! 何かお父さんに相談したいことはないかい?」
そういう時は決まってカチアは、
「ううん! 何もないよ! お父さんはお母さんがいないからって変にその分私を気遣うことないよ!」
と答えるのだった。それ以上詮索のしようもなく、ガストンは頭を掻くばかりだ。
ある日、意を決してガストンはカチアを居間に呼びつけ、テーブルに向かい合わせに座った。
「カチア、大事な話があるんだ」
「いらないよ、もう行っていい?」
「君のお母さんについての話だ」
椅子から立ち上がろうとしていたカチアは、お母さん、という単語を耳にした途端、ゆっくりと座り直して父親の方をまっすぐ向いた。
「……ついに、話してくれるんだ。何回せがんでも教えてくれなかったのに」
ガストンはうなづく。
「ああ、ついにその時が来たと確信できたからね。カチア。君は普通の人間の子じゃないんだ」
カチアは驚くでもなく背筋を伸ばしてその言葉を受け止めた。
「……そうなんだ」
「ああ、君のお母さんはね……」
※※※※※
十五年前。
十八歳だった青年ガストンは夜な夜な村の家々を襲って家畜をさらうバケモノの話を耳にしていた。
「そんなもん、俺の作った大剣で屠ってやる」
そう勇んだ彼は水の入った樽よりも重い自慢の一品を担いで森に分け入って行った。
雑魚モンスターの十匹、二十匹など軽く討伐しながら、夜になっても探索をやめなかった。
ついに出くわしたのは、サメのような口と滑らかな蛇のような胴体、それから虫の足を持つ6メートルの怪物だった。
「まさしくバケモンだな」
剣を振り上げ斬りかかるガストンだったが、流石に強い。お互い一歩も引かず、死闘を演じることになる。しかし戦闘が数分間に及ぶと、分が悪くなってくるのはガストンだった。
頼みの剣も折れ、ここまでかと思った時、化物が急に縮み始め、まっ裸の妙齢の娘になったのだった。
「人間の割にお強い方……私と夫婦になってくれるなら、生かしてあげてもいいですよ。私はミオルゥン……ミオと呼んでくださいまし」
ガストンはミオを村に連れて帰った。
そして彼女はガストンの子を身篭った。
「ここからが大事なんだ」
そこまで話し終え、テーブルに肘をつくと、ガストンは強い視線をカチアに送った。
「それからな、ミオ……母さんはすごく苦しむようになったんだ。夜、寝てもいられないくらいな。人間とは違う生き物が人間の子を身篭ったせいかと思ったんだが、そうじゃあなかった」
ミオはある夜、堪えきれなくなってこう打ち明けた。
「ガストンさん。私はつがいが出来て、その子供を身篭ると、無性につがいを、その……食べてしまいたくなるんです」
ガストンは思いもよらぬ言葉に驚いたが、努めて表情を変えずに、そうか、とだけ言った。ミオはその反応に安心したようだった。
「やはり、あなたのような度胸のある人をつがいに選んでよかったですわ。でももう……お別れなんです」
「お別れって、腹の子はどうするんだ?」
「森で産みます。必ず、必ず無事に産みますから……どうか心配しないで。ここにいると、あなたを傷つけてしまうんじゃないかと怖いんです」
朝になると、ミオの姿は消えていた。ガストンは待った。何ヶ月も。彼女を信じて。
普通の人間なら出産していてもおかしくない頃、彼はミオを探しに行った。森の中、深いところまで分け入り、最愛の女性の姿を探した。人間の姿か、大きな姿か、何方でも気づけるように心がけた。
森の奥の崖まで来た時、ガストンは絶望した。何気なく下を覗いた時、巨大な生き物の血に塗れた死体が見えたからだ。
間違いなく、ミオの本当の姿であった。
崖から身を投げたのだ……。動物や虫たちに蝕まれ、まともに見ることもできなくなったその死体を目のあたりにして、ガストンは泣いた。しかし、自分の嗚咽をかき消すように、他の泣き声が聞こえたのだった。
赤ん坊の泣き声だった。
※※※※※
「そうして、お前はここまで育ったというわけだ」
「そうなの……」
「君のお母さんがどうして死んだのか、足を滑らせたのか、自殺なのか、それはよくわからない。きっと、俺を食べたいという気持ちに耐えられなくなったんだろう。君の身にも同じことが起こる可能性はある。大きな体に変身することもあるかもしれない。もしかしたら、もうしているかもしれないね。それはいいんだ。ミオの血さ」
話すべきことを終えた父娘二人はしばらく座ったまま向かい合っていた。
再び口火を切ったのはカチアの方だった。
「ねえ、お父さん」
「なんだい? 愛しい娘よ」
「私がどういう話をしても堪えてくれる?」
「うん? ああ、もちろんだとも。俺は君を受け入れられるよ」
カチアは一瞬、タメを作ってから話し始める。
「私、もう、大きな体になれるんだ。去年から、知らない間にできるようになった」
「そうか。今まで言えずにいたんだね。すまない。気づかなかった」
「いいんだよ……」
またしばらく沈黙があった。ガストンは少し妙に思った。あまりにも重苦しい沈黙だったからだ。
「どうかしたのかい? カチア」
「やっぱりダメ。話せない」
ガストンはキョトンとして、
「一体どうしたんだ?」
というしかなかった。
「お父さん、私……」
そう言って、椅子から立ち上がる。音を立ててそれは床に転がった。
「ごめんなさい」
それだけ言うと、カチアの体が変化し始める。口が裂け、体がどんどん大きくなる。どこか亜空間から流し込まれるように、質量が増えていく。床がメキメキと音を立ててひしゃげていく。
「オトウサン、ゴメン、イロイロ、ハナセナイコトガアルンダ……」
「カチアああああああ!!」
※※※※※
ガストンが待つことを決めたあの夜。
人間の姿から変化した、身重の娘は何本もの足を動かして森の中を駆けていた。子供を産まなければ。産まなければ。それだけを考えて。
子供を産んで、そして……。
「あの村を皆殺しにしてやる!!!」
そう、すべては計略だったのだ。彼女は村の侵略が目的だった。村人を食いころし、継続的に食料にすることが。そのために家畜を襲った。どういう人間が逆襲しにくるかを見極めるため……。
しかし、ガストンは強すぎた。
武器が壊れなかったら、やられていたのはミオの方だった。
「しかし……あの男の血を引くこの子なら、きっと村人全員を食い殺せるだろう!」
ミオは、強い人間の種を得ることを目的にガストンと夫婦になることにしたのだ。
「ククク、今からこの腹に子に呪いをかける! 変身できる年頃になれば村人への強い憎しみを抱くようになるだろう! ギャハハハハハハハ! そして人間どもを皆殺しにするんだ!」
呪いの儀式は、カチアが生まれるまで続いた、そして、ミオの死をもって呪いは完成した。
そのことをカチアは十四歳の誕生日に知った。頭の中に声がするようになったのだ。
「娘よ、村人を殺せ! もう変身できるだろう!? まずはあの強いガストンを殺せ!」
「お母さん! なんでそういうこと言うの!?」
カチアは抗った。人間の血の方が少しだけ強く、呪いに抵抗できたのだ。しかしそれも時間の問題、すぐに呪いに負けるだろうことは目に見えていた。だから……。
※※※※※
カチアが巨大化したせいで崩れた家からなんとか脱出したガストンは、泣き喚きながら森の方へ走っていくカチアを追った。
しかし、崖から飛び降りる彼女を止められなかった。
その後、彼は再婚することなく、余生を死んだように過ごした。ただ一つ、人生の教訓を語るために。
「人外など、愛するものではない。お互い苦しいだけだ。彼らは人を食う衝動を止められない。そのために悩んで死んでしまうくらいにね。所詮、住む世界が違うのだ」
彼は死ぬまで妻が娘にかけた呪いと、それに抗った娘の勇気を知ることはなかった。