一話「そして、一羽の鳥が飛び立った」
「戦ばっかりして馬鹿みたいだ……」紅髪の長い髪の少年が高い崖の上から哀しげな目で今まさに戦が行われている戦場を見下ろす。
戦は今のところ停滞しているが、このままなら翔雲が勝つだろう。
「瞑雲を勝たせなきゃ、いけないんだったよな……」地面を強く蹴り、崖から少年は飛び降りた。
戦場のど真ん中に紅蓮の鬼が降り立った。
瞬く間に鬼は翔雲軍を一兵残らず倒した。鬼は返り血で真っ赤に染まっていた。
風は酷く冷たく、血の匂いを運んだ。
「また……儚い命の灯火を消してしまった……」鬼は俯き先程のように哀しげな目をしていた。今にも、泣き出してしまいそうな……哀しく、暗い目をしていた。
無防備な少年の背後に刀を持った男が忍び寄る。
少年は男の気配に気付き、振り向いた。その喉元に、男の刀が向けられた。
「お前が鬼か」敵意を剥き出しにしている男は確認するように呟く。
「お前は……」振り向いた状態で静止したまま男の顔をみる。どこかで見たことのある人物だと思ったが誰かは思い出せなかった。
「お前が翔雲を……千歳を殺したのか」どうやら男は翔雲の者らしい。
「……そうだ」千歳――久能 千歳は翔雲の当主だった男だ。家臣からの信頼も厚く、人望のある人間だったそうだ。だから、家臣が当主の敵討ちにやってきてもおかしくはない。
だがその男は当主の敵討ち、という訳ではなかった。
「なぜ千歳を……! 何故殺した! アイツをなんで殺した!!」男は僕の喉元に刀を向けたまま悲痛な声をあげる。
「僕は翔雲を滅ぼさねばならなかった」静かに告げる。感情を、出さぬように。
「何故だ……!翔雲は……千歳は……何も……っ」男は刀を落としその場に崩れた。
「瞑雲にとって翔雲は都合の悪いものだった。僕は瞑雲勝たさなければならなかった」
「だからって殲滅させなくともよかっただろう!」
「お前は翔雲の――いや、久能千歳の何なんだ?」主従の関係だけならばここまで感情的にはならないだろう。何か特別な関係があるはずだ。
「千歳は……俺の……」俯き、顔は見えないが恐らく泣いているのだろう。
「俺の……兄者だ」
久能千歳が兄だということなれば男がこれほど悲しみ、僕を殺したいと思う理由に納得がいく。
男は刀を握り、しゃがんだ状態から斬りかかってきた。
あまりの突発的な攻撃に鬼は反応することが出来なかった。
「な……に」驚きを口に出したのは男の方だった。
男の持っていた刀は何かによって弾かれ、遠い位置に刺さっていた。
「鬼ぃ! おめぇに死なれるとこっちが困るんだよ!」蒼い甲冑の武士が僕を呼ぶ。男の刀を弾いたのは恐らく武士の投げた刀だろう。鞘が一つ空になっていた。
「お……前は……」
「皇 紅典……」
武士はにやりと笑った。