第一章 皇太子の受難
山道を歩く、三つの人影があった。
先頭を歩くのは若い男で、その後に二人の少女が続くという、奇妙な組み合わせの三人だ。
「ねえアリス。アリスって何歳なの?」
真ん中を歩く少女は、栗色の髪をひとつに束ねていて、快活な笑顔が印象的だ。
いかにも村娘といった、愛らしい少女で、ナユタという一風変わった名前を持つ。
ナユタが振り返った先には、もう一人の少女が最後尾を歩いている。
アリスと呼ばれた少女は、長い黒髪が美しく、表情の乏しい瞳に神秘的な雰囲気を湛えている。
「年齢……?」
「うん」
「………」
「当ててみよっか? う~ん……実際より大人びて見えるタイプだと思うから……十七歳! どう?」
「………」
「あ、ちなみに私は十八歳なんだけど……」
「年齢というのは、私が生まれてから私の上を経過した時間、という事でいい?」
「え? う、うん……いいんじゃないかな? たぶん……? 意味が解らないけど……?」
「千七百五十三万六千八百九十二年と七ヶ月十三日と四時間四十七分二十六秒」
「………」
アリスの抑揚のない声でもたらされた答えは、ナユタの想像を絶していた。
「ごめん、もう一度言ってくれる?」
「千七百五十三万六千八百九十二年と七ヶ月十三日と四時間四十七分三十一秒」
「………」
桁が違うにも程がある。
「でも私が老化を止めるまでに経過した時間なら十七年だから、ナユタの答えは当たっていると言えなくはない。すごい。おめでとう」
「嬉しくない……」
突拍子のない答えが返ってくるかも知れないと予想はしていた。
しかし突拍子がないにも程があるのではなかろうか。
思えば出会い方からして突拍子がなかった。
村を焼き出され、自警団の仲間と一緒に野盗から逃げている所に現れたのがアリスとルイスだった。
脱出経路を教える代わりに褒美を与える権利を要求され、その結果としてナユタ自身が褒美としてアリスに与えられる事になった。
アリスとルイスに連れられて大きな街に行くと、そこの酒場で働くように言われ、あれよあれよという間に領主であるダルトンに拾われ、メイドとして働く事になった。
領民思いのダルトンの元で過ごす日々はナユタにとってとても素敵な時間だったが、隣の街の軍隊が攻めてきて失われてしまう。
その隣町の軍隊にアリスが軍師として参加していた。
ナユタをダルトンの元に送り込んだのも、一人しか使えない転送の魔法陣を使わせ、ダルトンの命を確実に奪うためだったのだ。
再会したアリスとルイスを、ナユタは傷病者で溢れかえる教会に連れて行った。
トリアージという手法を使い、懸命に治療を手伝うアリスの姿に、人類を滅亡から救うために活動しているという彼女が、少なくとも人間を守りたいという気持ちを持っている事をナユタは確信する。
後に生きている事が解ったが、ダルトンや大勢の人物を死に追いやった、あるいは追いやりかけたアリスの事をどう理解すればいいか、ナユタには解らない。
アリスの事をもっと知りたいし、理解したいと思うから、半ば無理矢理に行動を共にしているのだ。
この旅路の果てに何が待っているか、ナユタには解らない。
だけどそれが幸せな物であればいいと、それだけを願っている。
「ちなみにですね、ナユタさん」
「うん?」
先頭を行く赤い髪の若い男が振り返る。
アリスの従者を名乗るこの男も、アリスと同様に謎が多い。
「僕の年齢は……」
「別にいいわよ、それ」
「ええー?」
「私が知りたいのはアリスの年だけだし」
無表情なアリスと違い、ルイスは大げさなくらい感情表現が豊かだ。
特に時折浮かべる酷薄な笑みの嫌みったらしさと言ったら……。
「そんなー。アリスの年齢だけ聞いて僕の年齢は聞かないなんて不公平じゃないですかー」
「何歳でもいいわよ。アリスの年齢を聞いたら、もうあんたが何歳でも驚かないから」
ナユタが知る他の誰よりも人間臭い……そのはずなのに、胡散臭さしか感じないのはどうしてだろう?
それがルイスに対して心を開く気になれない理由、そんな気がしていた。




