第四章その11
城攻めが始まって三日目、ようやく城門の扉が開いた。
扉を開けるまでに決して少なくない被害を出したグロモフの軍は、鬱憤を晴らすように暴れ回る。
数日前まで平和だった街は、たちまち暴力の嵐が吹き荒れる。
露店に並ぶ食べ物は奪われ、腹を空かせた兵士は手掴みで貪り食い、浴びるように酒を飲む。
道行く人は襲われ、剣や槍で刺し貫かれた後、金目の物を持っていればたちまち奪われる。
綺麗に掃除された石畳の道路には赤い血の花が無数に咲き誇る。
その場で命を奪われるならまだ幸運だったかも知れない。
うら若い少女の迎える運命はさらに過酷で、路地裏に連れ込まれると、その肢体を包む衣服を剥がされた後、荒くれ男の獣欲の捌け口にされるのだ。
まだ残っている街の兵士達と義勇兵達が微力ながら抵抗を見せ、人の形をしたケダモノを殺していくが、襲い来る悲劇を振り払うには至らない。
母親とはぐれた子供が泣き声を上げ、娘を奪われた父親が呪詛の声を上げる。
もはや街の平穏な暮らしも軍隊としての秩序は失われている。
街は欲望と暴力に蹂躙されつつあった。
この世に現れた地獄のような風景を、アリスは伝令の報告に依らず、自身の情報収集能力により把握していた。
街中の至る所で行なわれる理性なき暴力の渦と悲劇の再生産は、余す事なくアリスの脳裏に侵入してくるのだ。
似たような景色はこれまで数え切れないほど見てきたが、一向に慣れる気配はない。
情報をシャットアウトする事は簡単だが、義務感に取り憑かれたアリスは、嫌悪感と嘔吐感を堪えて一切を拒む事なく受け入れる。
それでもふと、眼前の地獄絵図から逃れるように視線を逸らす。
「何をしているのですか?」
見咎めるのはルイスだ。
「その地獄を生み出したのはあなたと僕です。人類を滅亡から救う事で、あなたの贖罪を果たすために生み出した狂気と殺戮です」
「………」
「そこから逃げる事は許されない事です。あなたの身を守るため、そしてあなたが挫けそうになった時に支えるために、あなたは僕を生み出したのですから」
「解ってる……解っている……」
アリスの口から嗚咽のような声が漏れる。
「人類を滅亡させた罪も、人類を滅亡から救うために生み出した惨禍も、みんな私が背負うべき宿業の十字架……それを忘れた事などない……」
「忘れていないのならいいのです」
ルイスは酷薄な笑みを浮かべる。
「ああ、軍師殿。こんな所にいらっしゃいましたか」
がちゃがちゃと鎧を鳴らし、五人の兵士が現れた。
「グロモフ様がお呼びです。さあこちらにどうぞ」
アリスとルイスを取り囲むように、半円を作って距離を詰めてくる五人。
にやにやと下品な笑み、緊張のためか強張った顔……それぞれの表情が浮かんでいるが、探していた人を見付けたような、安堵と友好の笑顔は一つもない。
ルイスはやれやれと首を振ると、アリスを背中に庇うように立つ。
五人は腰の剣に手をかけると……。




