第一章その2
「はあ……はあ……つ、疲れた……」
ナユタとアリス、ルイスらがやっと追い付いた時、先行していたピーターら五人は、避難先の村が見下ろせる丘に着いていた。
ここまで着けば、もう安心だと言っていいだろう。
「一番活躍したのは、最初にここにたどり着いた俺だ!」
「いいや、野盗を斬った俺だ!」
「お前は手傷を負わせただけだろ!」
そして五人で醜い言い争いをしていた。
「あ、あの……みんな落ち着いて……」
「ナユタ! 一番活躍したのは俺だよな?」
「いいや、ナユタを嫁にもらうの俺だ!」
「お前なんかにナユタを任せられるか!」
もう手が付けられない。
安全な場所まで無事に逃げて来たはずなのに、ナユタだけはまるで安心できない。
「はいはい、みなさん落ち着いて」
ルイスがぱんぱんと手を打つ。
「今から褒美を与えられる人を発表しますので、ご静粛に」
「………」
「………」
「………」
そう言うと水を打ったように静かになる五人。
「いや、だから私は……」
「では発表はアリスの方から」
ナユタの抗議の声は当然のように黙殺される。
「今回の作戦における功労者は……」
アリスはこほんと咳払いをする。
そしてほっそりとした人差し指を自分に向ける。
「魅力的な褒美を提示する事でやる気を引き出した上、適切な退路を指示して全員無事で脱出させた者……つまり私」
アリスは手を伸ばしてナユタの腕を掴む。
「今からナユタは私の物。もらっていく」
「ちょ、ちょっと待て!」
「自分で自分に褒美とか、ズルじゃねえか!」
「そうだそうだ!」
当然のように不満の声が上がる。
「お黙りなさい!」
ルイスが一喝する。
「あなた方は褒美に目が眩み、ナユタさんを置いて突っ走ってしまった……その間に肝心のナユタさんの身に危険が迫るかも知れないというのに、ですよ? これだけであなた方の中の誰一人、褒美を与えられるのに相応しい者はいない、というのは明らかです」
「………」
「何か反論は?」
「………」
「ではナユタさんはアリスがいただいていきます。さあ行きましょう」
「わ、私の事は心配しないで! 先に行って待ってて!」
アリスに手を引かれながら、ナユタは心配させないようにそう声を上げる。
本当は自分自身の方が心配な状況だったが。
「あなたはナユタという名前なの?」
「え? う、うん……」
父が付けてくれた名前ではあるが、他に同じ名前の人は聞いた事はない。
何となく思い付いたから、と言っていたが。
「私が元いた世界では、ナユタは十の六十乗……極めて大きな数量、という意味」
「………」
「無限に近い可能性を感じさせる、とてもいい名前」
「はあ……ありがと」
響きは悪くないし、自分でも気に入っている名前だから褒められて嬉しいけど……何? 元いた世界?
「私はルイスと共に、この世界の人類を滅亡から救うために活動している」
アリスはその瞳に深い輝きを湛えたまま、そう言った。
「あなたにはその手伝いをしてもらう」