第三章その4
「まずは掃き掃除です。掃き残しがないよう、隙間なく丁寧に」
「はい」
「次に拭き掃除です。水に濡らした雑巾は固く絞って」
「はいっ」
「そうです。なかなかいい手際ですね。その調子でがんばって下さい」
「はいっ!」
ナユタはドロシーの指導を受けながら掃除をする。
作業自体は村でもやっていて慣れた事だから、特に怒られるような事もなく進んで行く。
しかしナユタの手際に目を光らせながら、ナユタ以上の手際で自分の作業を進めるドロシーには舌を巻くしかない。
途中、居合わせた他のメイド達もドロシーには及ばないにしても、ナユタには勝るとも劣らない手際だった。
誰もが明るく笑顔で挨拶してくれて、ナユタはここで楽しく働いていく自信を付けていった。
「あなたは変わった人ですね」
「え?」
ドロシーにそう言われて、ナユタは掃除の手を止めた。
「ダルトン様の好意に甘えて、働かないでここに居座る事も出来たはずです」
「ああ、そういう事ですか」
ナユタは笑って自分のメイド服姿を見下ろす。
ここで働かせてくれと申し出た結果、メイドとして働く事になり、ドロシーの指導を受けていたのだ。
「だって、働かせてもらわないと申し訳ないじゃないですか」
「まあ……立派な心がけですね」
感心したような言葉の割に、声には感情が含まれていない。
ドロシーは落ち着いた雰囲気の大人の女性で、ぴっと伸びた背筋が印象的だ。
感情表現が乏しいのが玉に瑕で、たまにでも笑顔を見せれば男性が放っておかないのに、とナユタは見ていた。
「それに見る物触れる物、みんな初めてで新鮮なんです。何もしないなんてもったいないじゃないですか」
「確かに……ナユタさんは田舎の村の出身でしたか」
「はい」
ナユタはふと故郷の村の事を思い出す。
ここで働くのも悪くはないが、いつまでも村に帰らない訳にはいかないし……。
「ナユタさん、私は大事な用事があるのでここで席を外しますが、この部屋と並びの部屋の掃除を一人でお願いしても大丈夫でしょうか?」
「はい、任せて下さい!」
「それが終わったら、今日はもう上がって構いません。自分の部屋で休むなり、外出するなり、好きにして結構です。ただし城の中を好き勝手に歩き回るのはなしという事で」
「はい……」
城の中の知らない場所を探検したかったが、仕方がない。
「ところでドロシーさんの用事って何ですか?」
「ダルトン様に大切なお客様がいらっしゃるので、お迎えする準備をしなければいけないのです」
「なるほど」
「お客様というのは近隣の貴族のご令嬢で、ダルトン様のお見合いの相手なのです」
「うわ……それは責任重大ですね」
「ダルトン様は小さい街とは言え領主ですから、跡継ぎを作るのも大切な仕事のひとつです」
急に生々しい事を話し始めた。
「近隣の領主や貴族のご令嬢を何人もお勧めして参りました。どなたもいずれ劣らぬ美しい方ばかりでしたが、どなたもお気に召さなかったようで」
ドロシーがじと目のままずいっと顔を近付けてきたので、その分だけナユタは仰け反るように身を引く。
「最近は、家柄などには特に拘らず、もう誰でもいいから結婚してもらえれば、という気持ちにさえなっています」
「はあ……」
「ダルトン様が気に入っているのであれば、この際、言葉は悪いですがどこの馬の骨とも解らない娘でもいいと思っています」
「確かに家柄や美しさは大切かも知れません。でもやっぱり大切なのは本人同士の気持ちじゃないでしょうか?」
「………」
「周りがあれこれ期待するとそれを重圧に感じて、本人達は逆に引いちゃうっていう事もあるんじゃないでしょうか……?」
「………」
「あ、あの、ドロシーさん……?」
「いえ、ナユタさんに期待した私がバカでした」
ドロシーはぐっと拳を握り締めて続ける。
「私は五年前に亡くなった、ダルトン様のご両親に託されたのです。息子に良い嫁を見付けてやってくれ、と。それまで私も安心して嫁に行けません」
「………」
「諦める訳にはいかないのです。私自身の幸せのためにも」
偉い人も大変なんだなあ、とナユタは月並みな感想を抱いた。




