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妄執世界のアリス  作者: 千里万里
第一部 夢見るアリス
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序章

「お前のせいだ、アリス」

 責める老人の言葉は、銛のようにアリスの胸に突き刺さる。

「人類を滅亡に追いやったのはお前だ、アリス」

 二人が向き合う四畳半にも満たない空間だけが、滅び行く人類に残された最後の空間だった。

 人類最後の経営者だった老人が全ての財産を投げ打ってようやく手に入れたそれは、老人が亡くなるまでに必要な食料や水を詰め込むと、わずかな空間しか残らなかった。

 かつて八十億人を数え、生態系を好き勝手に蹂躙し、幾つもの種を滅亡に追いやってまで地球上に君臨した人類が迎えた哀れな末路だ。

 今や人間が生き残るためのインフラは全て失われ、地球上は機械のための世界に成り果てていた。

「お前が開発したTYPE-ALICEが人類を滅亡に追いやったのだ」

 アリスはただ、人類誕生の頃から人間を苦しめ続けてきた労働から解放される事を願っただけだった。

 何者かが人間の代わりに働けば、人間はあらゆる貧困と格差、競争と挫折から解放され、誰もが自分の幸福を追求する事に全ての時間を費やせるようになると信じた。

 二十一世紀初頭には人工知能がチェスや将棋、囲碁などの名人を相手に互角以上の戦いを繰り広げる程に進化したが、その一方でウェイトレスやコンビニの店員のような非定型の作業、あるいは芸術家やクリエイターのような創造的な仕事は苦手としており、それらの分野は人間の独壇場だった。

 その壁を打ち破ったのがTYPE-ALICEだった。

 人間にしか成し得なかった創造的な仕事を、機械の精度とスピードで実現する、人類が夢見た超高性能AI、TYPE-ALICE……万雷の拍手を以て迎え入れられたそれは、瞬く間に地球上に広まった。

 どんな優秀な人材よりも安全に、確実に、正確に、効率的に、そして低コストで仕事をこなしたのだ。

 そして人類は労働という苦役から解放される代わりに、生きていく糧を手に入れる術を永遠に失った。

 始まりは運送業からだった。

 TYPE-ALICEは当時、未だ不完全だった自動運転技術を瞬く間に駆逐し、モータリゼーションの副作用として人類を苦しめてきた交通事故を世界から消し去った。

 十九世紀、産業革命に伴う工業機械の普及に反対したラッダイト運動と同じようにトラックやタクシーの運転手らが上げた反対の声は、より低コストを歓迎する経営者と、安全を求める一般市民により黙殺された。

 TYPE-ALICEの進撃は止まらない。

 農村では無人の機械が畑を耕し、人を乗せない漁船が漁をし、人気のない工場では機械の唸り声だけが響き、レストランではウェイトレスの代わりにロボットが接客した。

 失業率が上昇し、人口が減り始め、市場の縮小に伴って物価が高騰するに至って、人類はようやく自分達が生み出した窮地に自らを追い込んでいる事を知った。

 その時にはもう手遅れだった。

 政府も議会も、そして企業の経営者さえもすでに、人間と違って汚職をせず、公正かつ適切な判断を下すコンピューターにより牛耳られていた。

 公正な自由市場による競争原理に従い、機械は速やかに人類を駆逐していった。

 働かざる者食うべからず、という新約聖書に記された警句は、今や真綿のように人類の首を絞め、滅亡に追いやろうとしていた。

 全ての人類の悲願が叶った結果、誰一人として望まない結末を迎える事を、誰にも避けようがなかった。

 TYPE-ALICEを開発したアリスも、こんな結末を望んでいた訳ではなかった。

 ただ人類の幸せを願った、ただそれだけなのに……。

「お前は魔女だ」

 諦めたような、疲れたような、老人の言葉。

「お前は人類に滅亡をもたらした、災厄の魔女だ」

 アリスは静かに決意する。

 人類の歴史はもうすぐ終わりを迎える。

 その責任の一端が自分にあるのなら、それは覆さなければならない。

 避けようのない未来なら、過去に遡ってでもやり直さなくてはならない。

 時間遡行と歴史改変……かつて人類が夢想して実現できなかったそれだが、人類最高の天才であり、人類の叡智の結晶である自分になら、必ず実現できるはずだ。

 そしてそれは、幾千年、幾万年にも及ぶ、アリスの果てなき孤独な戦いの始まりだった。

新人賞への投稿を続けていた千里万里です。

今回、なろう始めました。

平日の19時更新予定です。

これからアリスとナユタの旅にお付き合いいただければと思います。

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