勝ち点の皮算用
神奈川県横浜市。現在のJリーグでは最大のキャパシティを誇る横浜国際競技場にて、アガーラ和歌山は2017年の開幕戦を迎えた。
対戦する横浜Nマリナーズは、近年編成の権限を得た外部からの圧力により、昨年オフに不振の監督を留任させた一方で、貢献度の高いベテランに冷徹とも言える年俸提示を繰り返した。結果、不信感を募らせた主力クラスが次々と移籍したことで、メンバーはガラリと変わった。
「なんか・・・。スタメン見たら全然別のチームになっちまってんなあ。知らねえ名前ばっかりだ」
大型ビジョンに映し出された横浜のスタメンを見て、剣崎はそうつぶさいた。
「まあ、外国人もそうだが、日本人もこれでもかって若手で固めてるよな。若返りって大義名分なんだろうが、面白くはないよな。フロント・・・というか、スポンサーからの圧力ってヤだね~。見栄っ張りで現場ガン無視でよ」
それを聞いて、自分にとってつい最近の出来事だった結木は、露骨にそう吐き捨てる。
「まあ、がらりと変わったなって思ってるのは相手も同じだろうよ。それが新シーズンの開幕ってもんだろ。こっちはこっちのサッカーをしようぜ」
内海はそう言って話をまとめた。スタメンは次の通りだ。
GK1天野大輔
DF38結木千裕
DF3内海秀人
DF50ウォルコット
DF19寺橋和樹
MF17近森芳和
MF2猪口太一
MF46脇坂レイモンド
MF5緒方達也
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
いざオーダーを発表されると、内海の言うように和歌山の時もそれなりのどよめきがあった。和歌山のようなやっと中に上がってきたような小規模の地方クラブが、現役の日本代表を4人も抱えているという現実に、改めて舌を巻いているという印象だ。実際、いざ並んでみると合成ではある。だが、一方で右サイドで期待されていたソンが、直前の練習試合で足首を負傷し2週間程度の離脱。小宮や菊瀬といった攻撃的なポジションを担う選手たちがコンディション不良でベンチにも入っておらず、どれだけ理想通りの戦いができるか不安は付きまとった。そして、結果は悪い目を引くことになった。
「でりやっ!!」
剣崎の強烈なミドルシュートがゴールを貫いて、和歌山に点が入る。すぐさま竹内がボールを拾い上げてセンターサークルまでに駆け出していくが、到達前にホイッスルが鳴り響いた。その瞬間、竹内は天を仰いで、剣崎はがっくり肩を落とした。松本監督も、口を真一文字に結んで相手の指揮官と握手を交わした。
J1復帰初戦、和歌山は3-2で落としたのだった。
先制点を挙げたのは和歌山だった。前半13分過ぎに、結木が鋭くサイドを突破してクロスを放ち、それを剣崎がダイレクトで狙う。これはクロスバーに嫌われたが、こぼれ球の争奪戦を脇坂が制して再びクロス。今度は竹内が飛び込んでネットを揺らした。
しかし、緒方・寺橋の若手で組まれた左サイドを横浜の外国籍選手に徹底して攻め込まれ、25分に同点、そして前半終了間際に逆転弾を許す。ハーフタイムにおいて、あえて対策を(全くしなかったわけではないが)立てずに乗り込んだ後半には、開始早々にPKを献上して3点目を奪われる。その後、剣崎のゴールで意地を見せたものの及ばなかったのである。
「まあ、うちの持ち味の右サイド以上に、向こうが左サイド対策を入念にしていたって感じですかね。二人の経験値の浅さを突かれて負けましたよ」
松本監督は、会見でそう敗因を分析した。
「去年一年で成長したといっても、上(J1)と下(J2)じゃレベルが違うし、横浜クラスのクラブが獲れる選手はなかなか体感できないハイクオリティーですからね。やられるとしたこうなるなと思ってたところをそのまま出てしまいましたね」
「ハーフタイムにおいてはそこを修正するなり、交代するなり手はあったと思いますが、あえて動かなかったのはなぜですか?」
記者から質問を受けて、松本監督はこう返した。
「まあ、こういうことはキャンプでやっとけとか、プレシーズンマッチで何してたって、識者の皆さんは指摘するんでしょうけどね・・・・。でも、やっぱこういうのは本番で感じるのが一番ですからね。それに、初っ端だけで代えてしまったら、この先選手も僕も互いを信じられない。代えれば勝てたチャンスは確かにありましたけど、まだその時じゃなかったので」
最後に、こんな質問を受けた。
「今シーズンは他のクラブから見てもかなり強力なチームになっていると思われますが、目標はどの位を」
「・・・。まあ、まずは残留。だとすればこの開幕5試合で勝ち点5以上は欲しいでしょうけど、その程度の目標じゃ周りは許しませんからね。だから優勝を狙ってますが、となれば勝ち点は8以上は積んでおきたい。この3点の差が優勝できるか、それとも降格するかの境目だと僕は思ってます。まあ、あと4試合になっちゃいましたけど、3つ勝てば勝ち点9になりますから、あと1回は負けれますから。そう深く考えずに次節もやっていきたいと思います」
続く第2節は、またもアウェーとなった札幌戦。スタメンは前節とは変更なし。この日は一転して両者の堅守が光る試合となり、終盤までスコアが動かない。
しかし、後半ロスタイムのラストプレー。コーナーキックから札幌のエース倉戸が内海のマークを振り切って渾身のヘディングシュート。これがゴールを割って、札幌ドームのサポーターの歓喜が大爆発。それとともに、勝利を逃した。
「くっそが!!」
試合を終えたロッカールームで、剣崎は入るやいなやユニフォームを叩きつけた。
「剣崎、ものに当たるな。今日の負けは俺の責任なんだよ」
内海はそう言って剣崎をなだめるが、剣崎はその言葉にむしろ罪悪感を覚えた。
「いや・・・ヒデは悪くねーよ。俺たちがまともに枠にシュート打てなかったのが悪ぃんだし・・・」
「だな。剣崎の言う通りだ。ヒデ、申し訳ない」
それを聞いて竹内も頭を下げたが、そのやり取りを見て結木が一括する。
「互いの傷を舐めあうなよみっともねえ!点を取れなかった攻撃陣が悪いなら、最後の最後でゴールを割れた守備陣も悪い。誰が悪いとかねえんだよ!」
「ちょいちょいちょい~。チヒロ~、そういう言い方なくね?お互いに反省してるんだしさ~」
ぶぜんとした表情を見せる結木に、脇坂が軽口をたたきながらなだめた。
「まま、皆さん方。まだ2試合じゃん。それに、2つともアウェーなんだからある意味しょうがないって~。次はやっとホームでやるんだらさ~、さっさと切り替えよう~」
「・・・軽いな、ワッキー。でもま、間違っちゃないよな」
能天気に語る脇坂に、竹内は苦笑した。
そのころ会見場では松本監督が敗戦の弁を述べていた。
「まあ、いくらシュートを打っても枠に行かなきゃどうにもならないってね。今日のウチは札幌さんにシュートをトータルで5本も打たせてない(公式記録4本)し、枠に飛んだのも1回きり。でもそれが決勝点だった。一方でこっちは10何本も打って(同13本)、枠にも3つぐらい飛んだけど、全部止められた。FW陣にはもっと考えろと言いたい。コンマ単位だけでいいから一瞬考えろって。それくらいの余裕をもってプレーできる力は間違いなくあるんだから。まあ、相手が守備的ってことを差し引いてもとりあえず守備はだいぶ手ごたえが出てきた気もするので、まあ次にはいかせますよ。皮算用をクリアするのは3連勝しかなくなったけど、それぐらいできないと困るメンバーだし、監督としてそれができるように選手たちと課題を消化して次に臨みたいです」
和歌山のスタートは決して良くない。そして3戦目にして、今年の山場を迎えることになる。
個人的な都合で、選手名鑑は後回しにします。