エースの意気込み
1月15日。
かつての成人の日(もう20年近く前の話だが)に、2017年仕様のアガーラ和歌山は宮崎県で指導した。
異例の補強でまさに一新された和歌山を一目見ようと、トレーニング施設は黒山の人だかりだった。
「・・・不思議な感じたな」
「何が?」
ランニング中、内海の呟きに竹内が反応する。
「移籍してチームが変わったはずなんだが・・・どうも『いつも通り』な感じがしてな」
「というと?」
「近森や小宮、櫻井、お前に剣崎に猪口、さらには結木。叶宮さんの下でやって来た顔見知りばっかりでさ。なんかむしろ懐かしい感じがするんだ」
「あ〜、なんか分かるなそれ。確かにこれじゃ、叶宮ジャパンの同窓会だよな。それにしても・・・」
今度は竹内が内海に問う。
「なあヒデ。なんで和歌山に来たんだ?聞けばお前には浦和や鹿島から億単位のオファーがあったらしいじゃないか。うちはまだまだいい環境とは言えない。下手したら湘南よりも設備が整ってないんだぞ」
「ふふ。確かに、決めたときには代理人だけじゃなくて色んな人に言われたよ。露骨に『都落ち』って言い切った人もいたさ。でもな、どこが一番守りがいがあるかって考えたときに、ここにそれを感じたのさ」
「守りがい?」
「俺がしっかり最終ライン、守備陣をまとめてゴールを守っていれば、前にいるお前や剣崎が絶対に点をとってくれる。そんな青写真が一番はっきりと浮かんだのさ」
「よこせ、コミ!」
「ああ?誰に向かって口をきいてる?」
戦術練習において、剣崎は小宮にパスを要求し、小宮は毒づきつつもドンピシャのパスを通す。
「くっ、やらすか!」
内海はスライディングでシュートコースを防ごうとするが、わずかの差で剣崎が先にシュートを放つ。
「うおわ!?」
やや強引でありながら、見事に放たれたコントロールショットに、キーパーの野本になす術はなかった。
「うしっ!」
拳を握って感情を露にした剣崎。このキャンプにおいて、剣崎の鼻息はとかく荒かった。特にゴール前の攻防においては、まるで代表戦のような激しさと凄みを周りに見せつけていた。
「ぬおりゃあっ!!」
『ぐわっ』
空中戦においても、強靭なブラジリアンのエデルソンや巨漢ウォルコットをものともせず、競り勝ってヘディングを叩き込む。改めて新加入組は、剣崎が味方であることに安堵の表情を見せる。
『マルコス、あいついったいなんなんだ?鉄骨と競り合ってるみたいだったぜ』
『驚くのも無理はないな、エデル。たぶん日本で一番『化け物』って表現がしっくりくる男さ』
『日本人・・・いや、人間であるかどうかが疑わしい野郎だ。なんて頼もしいストライカーだ』
剣崎のパワーに面食らったエデルソンは、マルコスコーチの説明に納得した表情だった。
「まあ、こんだけの戦力を揃えてもらったわけだし。特にDFはすげえ強化してくれたわけだから、俺達FWにはそれに応える義務があるっすから」
キャンプも三日目を終えたある日、剣崎は囲み取材を受け、そう語った。
「今年の抱負・・・やっぱ、どの舞台でも点を取ること。これしかないっすよ。特に去年は初めて得点王とれなかったんで、なおいっそう『一番点を取った』っていう勲章は、誰にも譲れないっすね」
「先ほどもおっしゃられましたが、今年は日本代表でもチームメートだった内海選手や結木選手が加わるなど、非常に戦力が充実しています。やはり、目標は優勝ですか?」
記者からの質問に頷きながら、剣崎はこう返した。
「まあ・・・J1は初めてじゃねえし、面子を見ても狙わなきゃいけないけど、まずは残留っすね。3年前のJ1は後先考えずに突っ走ったから『いつの間にか残留ってた』って感じなんで。一年通してしっかり足元見ながら戦いたいっす」
あくまで謙虚なコメントに終始した剣崎。会見を締め括ったときに、露骨に拍子抜けした表情を見せる記者が何人かいた。
「おいおい剣崎よ。ずいぶん丸くなっちまったもんだな〜」
ピッチから引き上げてきた剣崎に、通りがかった小宮はなじる。
「ふん。ああいう場なら、堂々と優勝宣言しちまえばいいものを。優等生ぶってかわしやがって。化け物のメッキが剥がれちまったのか?」
挑発してくる小宮に、剣崎は鼻で笑う。
「けっ。和歌山をじっくり見てくれる番記者の玉川さんや濱田さんならともかく、代表揃いってだけで派遣された連中には、どう言ったところでまともな反応はねえよ。優勝宣言したら全部右から左に流されらあ」
「・・・」
「何も言わねえで、どんと目の前にすげえ結果を見せつけりゃいいんだ。俺もお前もな」
「・・・フン。まあ、安心したぜ。てめえは操りがいのあるFWだ。戻って正解だったみたいだな」
剣崎の真意を聞いて、小宮にしては珍しく、ほっとしたような表情を見せた。
「んじゃ、せいぜいてめえを利用させてもらうぜ。天才たる小宮榮秦はA代表こそふさわしいからな」
満足げな表情を浮かべて、小宮は引き返した。
「相変わらず口の減らねえやろうだな」
剣崎はそんな小宮に呆れていた。