順風満帆と前途多難
目標を達成した松本監督は、試合後の会見の冒頭はにこやかな笑みを見せていた。
「彼らならできると自信を持ってたんですが、いざやってくれたとなると、心底ほっとしましたね。やっぱり無茶な目標ではありましたからね。連敗したときとか特に。でも開幕間もない段階で下方修正したら、まず指揮官としての信頼が揺らぎますし、何よりそうすることでチームが弛緩するのが怖かった。しかし彼らは驕ることも気負うこともなく、目の前の試合に自分の力を示してくれた。今日ばかりは選手を讃えます」
珍しく饒舌な指揮官に、集まった記者たちはちょっと戸惑い、中には苦笑するものもいた。しかし、ふっと笑みを消した松本監督は、選手たちに釘を刺すコメントを付け加えた。
「ただこれで満足されても困るんで、また次の試合に向けて厳しくいって、身が入らないなら外していきます。あくまで目標は優勝ですし、その中で慢心は百害どころか万害あって一理なしですからね。和歌山に戻ってリカバリーした後の面構えを楽しみにしてます」
そして和歌山に戻るや、リカバリー練習の後にはクラブハウスにて次節対戦する広島対策のミーティングを行った。
広島はここ数年はリーグ連覇を果たすなど、すっかり強豪クラブとして板についていたが、今シーズンは開幕から結果を出せず、まだシーズン序盤ながら降格圏に沈んでいた。
「だが、この時期は地力と順位が一致しないなんてよくある話。月並みだが、油断したら間違いなく負けるのはこっちだ。それに、俺達が優勝するためにも、こいつらには低迷してもらう必要がある。だから万難を排して叩くぞ」
そして迎えた広島との一戦は、去年の味方の凱旋試合となった。
「FW、背番号11。小松原真理」
広島のスタメン発表で、その名前が読まれると、和歌山サポーターから拍手とブーイングが起きた。
「ようコマ。どうよ調子は」
「んなこといちいち聞くな剣崎。まだ点取れてないんだから、悪いに決まってるだろ?」
入場前に整列した折、剣崎は小松原にそう声をかける。
「どうせならちゃんと結果出して紀三井寺に来たかったんだけどな。まあ、ゴールっていうのはある時期突然取れなくなるってことがよくあるしな」
「まあ、気にすることはねえぜコマ。ただ、とりあえず今日だけは静かにしててくれ。俺が目立てねえから」
「ははは。なんだそりゃ」
この試合の和歌山のスタメンは以下の通り。
GK1天野大輔
DF38結木千裕
DF23沼井琢磨
DF3内海秀人
DF19寺橋和樹
MF10小宮榮秦
MF17近森芳和
MF15ソン・テジョン
MF7菊瀬健太
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
試合は、この二人のゴールの取り合いだった。
前半、先制点は広島。コーナーキックのチャンスで、内海に競り勝った小松原が頭で押し込んで移籍後初ゴールを挙げる。これに対して剣崎はハーフタイム直前に結木のパスを受けて、ペナルティーエリアの外から強烈なミドルをぶち込んで同点とする。
後半、今度は立ち上がりに竹内の折り返しを剣崎がねじ込んで和歌山が勝ち越すが、そこから10分もしないうちに、小松原が自らドリブルで中央突破。マーク役の内海を見事に振り切って、天野の逆を突いて同点ゴールを決める。試合はその後スコアが動かず2-2のドローとなった。
小松原から強烈な『恩返し』を受けたチームは、中3日でリーグカップのグループリーグを戦う。相手は甲府である。
スタメンは次の通り。
GK1天野大輔
DF32三上宗一
DF4エデルソン
DF50ウォルコット
DF40吉原裕也
MF2猪口太一
MF17近森芳和
MF14世良樹彦
MF13須藤京一
FW11櫻井竜斗
FW16竹内俊也
この試合、大卒ルーキーの世良がプロ公式戦デビューとなった。本来は中央でのプレーが専門であるが、松本監督は右サイドハーフに起用した。しかし、結果としてこれは裏目に出る。初出場の緊張と不慣れなポジション故に動きがぎこちなく、明らかに浮いてしまった。老獪で現実的なサッカーを展開する甲府の選手たちに徹底的に狙われた。
故に失点も時間の問題であり、前半半ばに世良の背後のスペースを呆気なくパスを通されると、そこからのクロスを押し込まれてしまった。
しかし、世良とてただでは終わらない。前半終了間際に得たフリーキック。これを見事に直接ゴールを射抜き、キッカーとしてのポテンシャルを示したのだった。
だが、後半。この勢いをもって甲府のゴールに迫ったまでは良かったが、がっちりとバイタルエリアを固めた甲府の守備を崩しきれず。後半だけで実に13本のシュートを浴びせたものの、最後までスコアは動かなかった。
「こじ開けられなかったのは残念でしたけど、内容は及第点以上かなと。世良はこのところ動きが良かったし、学習能力・・・って言ったら失礼ですけど、対応力も高いのでサイドで使いました。フリーキックを決めてくれたし、後半は背後のケアの意識も上がっているので期待できる選手であると思いますね」
松本監督は試合後の会見で、まず世良を評価。さらに今季初の組み合わせで挑んだ最終ラインについても言及する。
「天野が上手く考えてラインを整えてくれたし、特にエデルソンとウォルコットというパワー型の二人のコンビネーションも良かった。何度も言いますが内海と結木は抜きん出た戦力ではありますけど、クラブ以外で戦う機会が多いから離脱のリスクも付きまとってる。そういう意味では今日は豊作だったと思います」
とはいえ、これで公式戦二戦連続で引き分けに終わった和歌山。仕切り直しを図るべく、鹿島とのアウェーゲームに臨む。そこでは去年までの守護神が待ち受けているのであった。




