もうか。いや、まだか。
2017年。元旦。
アガーラ和歌山が誇るストライカーで、今や日本代表のエースといっても過言でない剣崎龍一は、日本の巡礼行で最も歴史のある「西国三十三所」の一つ、紀三井寺に初もうでに来ていた。盟友であるチームメートの栗栖将人と、幼馴染であり元日本代表である女子サッカー選手、相川玲奈を伴って。
「な~んかあんたと一緒に歩くのって久しぶりすぎよね。せっかく連絡先教えてんのに全然返事しないんだもの」
階段を上がりながら、相川はそう愚痴った。
「しょうがねえだろ~。こっちゃあちこち忙しいんだからよ。第一、俺お前の彼氏になった覚えねえぞ」
剣崎の返答に、相川は嘲笑を浮かべながら驚く。
「はあ?何彼氏ぶってんの?ただ単に連絡先教えただけで人を彼女扱いするなんてどんだけおめでたいのよ」
「はあ!?男っ気のないてめえの彼氏になってやったんだぞ!」
「だ、誰が男っ気ないですってえ!!」
「はいはい。お前らさっさと登れ。こんなど真ん中でケンカ始めたらカップルにしか見えないって」
言いあう二人を、栗栖は笑いをこらえながらなだめ、促した。
「ねえ、何願ったの?ずいぶん力込めてたけど」
「得点王奪回。これしかねえだろ」
相川の質問に、剣崎は鼻息荒く答えた。
昨シーズン、前人未到のJ2単独での100得点を達成した剣崎だが、最終成績は24得点にとどまり(いや、すごい数字だがw)、2点差で清水のFWキムに得点王を譲った。得点王になれなかったのは、Jリーガーになってから初めてのことだった。
「俺の存在価値を示すのは得点王って称号だ。今年はその座を取り返すシーズンだぜ」
「でも、正直すごいよね。これだけ得点王が当たり前な選手になれるってそうはないわよ。ねえクリちゃん」
「確かにな。俺もそんなにいい一年じゃなかったしな。久々に納得できるシーズンにしたいぜ」
「久々のJ1、また俺がゴールを奪いまくってやるぜ!」
そう息巻く剣崎たちと今シーズン新たに戦う仲間が、1月8日に和歌山市内のホテルで行われた記者会見でお目見えしたが、その布陣はクラブ創設以来最大規模の豪華さだった。
なんといっても、リオ五輪の本戦メンバーが多数加わり、もっと言えば現役A代表の伸び盛りを獲得したのだから、報道陣もカメラの数もフラッシュのまぶしさも相当だった。
(こんなに目が痛い記者会見捌くの初めてだなあ・・・。しっかりしないと!)
進行役の三好広報も、初めての経験に気おされながらも、会見を取り仕切った。
「正直・・・まだ、僕自身が戸惑ってますね。まさか有望株にこんなに来てもらえるとは思ってませんでしたので。どうなるんだろうと、監督である僕が一番不安でドキドキしてて、一番楽しみにワクワクとしてます」
いつものように淡々と語る松本監督だが、時折こぼれる苦笑が不安を、まっすぐに記者を見渡す目がワクワクを表している。ポーカーフェイスの彼が表情を豊かにするぐらい、今回の補強は豪華なものであった。
すでに昨年末に内海の獲得成功に沸きに沸いた和歌山の移籍情報だが、この会見でそのサプライズがもう一つ上積みされた。所属していた尾道でフロントと対立して退団した結木千裕の電撃復帰である。
「ここに戻るなんて、正直想像もしていなかったです。でも、優勝できるレベルの力はつけてきたので、来た以上は必ずこのクラブに栄冠を届けたいと思ってます」
会見で結木はそう語った。
剣崎、竹内の強力トップに加えて、センターバックの内海とサイドバックの結木と、現役A代表選手を4人も抱える陣容は、正直な話優勝候補に躍り出てもおかしくない規模だった。
「前回・・・3年前は『気がついたら6位』という、初めて故の怖いもの知らずでひたすら突っ走たJ1でした。だから、その次に落ちたと思ってます。個々のレベルアップ、戦力の融合、まあやることは非常に多いですが、この戦力にふさわしい戦績を残せるよう監督の職責を全うしたいと思っています」
松本監督はそう語った。
改めて、和歌山の新加入の情報を整理する。
GKは甲府から天野大輔、浦和から野本淳をそれぞれ完全移籍で獲得。
DFは内海、エデルソン(ともに湘南)、外村(松本)のセンターバックタイプ3人に、結木(尾道)、吉原(長野)の2人。これに高卒の榎坂学、大卒の羽生田芳樹が加わる。
MFは福岡からレンタルバックで近森、完全移籍で塚原を獲得。ほかにも仙台から脇坂、広島から菊瀬をそれぞれ完全移籍で獲得。ユースからの昇格でボランチタイプの安久保顕とトップ下タイプの大卒、世良樹彦が入る。
そしてFWは、元韓国代表のイ・ジョンミョンとユースから昇格した成谷亮磨が加わった。
総勢17人が新戦力として加わり、保有選手数も例年にない大所帯となった。
はたして、アガーラ和歌山の2017年やいかに。