三者三様
(くっそ。野郎チョロチョロと・・・)
円山は一定の間合いを保ちながら櫻井と対峙していた。櫻井がキープするボールを、奪おうと思えば奪える間合いだ。しかし、そのタイミングがなかなかこない。櫻井は十八番の跨ぎフェイントを披露しながら、じわじわと前に出、スタンドを沸かせていた。
(らちがあかねえ・・・!)
いい加減焦れた円山は自分から奪いにかかるが、櫻井はそれを待っていた。
「ほいっと」
「うお?」
踏み出すことで開いた円山の股下を、櫻井のボールが通っていく。見事な股抜きに、円山は焦って足を出した。咄嗟に出てきた足に、当然櫻井は引っかけられて倒れた。よりによってペナルティーエリアの中で。主審のホイッスルが高らかに響いた。
「ちょ、なんでだよ!」
「主審さんちょっと厳しいって〜。少し引っかかっただけやないですか〜」
手を広げて抗議する円山と、それを擁護する池山。しかし、主審の判定は覆るはずもない。ここまでなら仕方のないことなのだが・・・。
「クソッタレ!目がイカれてんじゃねえのかあんた」
真正面から毒づいた円山。当然のように主審は、出すつもりのなかったカードを掲げた。円山はますますヒートアップするが、池山や茅野がなだめて主審から引き剥がして事なきをえた。
和歌山がボールを持っている時間帯。とにかく竹内と櫻井のドリブルに、尾道の最終ラインは手を焼いた。竹内はカミソリのように鋭いドリブルで人と人の合間を縫い、櫻井は酔拳のようにつかみどころのないフェイントでマーカーを翻弄した。それでいて無失点ですんでいるのは、種部の孤軍奮闘に他ならず、少なくとも3点は防いでいる。その中で最大のピンチを迎えていた。
「さ〜て、俺っちも今季初ゴールと行こうかな。剣崎や竹内だけがウチの得点源じゃないもんね」
PKのキッカーは、櫻井が自ら志願。対峙する種部は、大きく構えながら、防ぐ手段を頭の中で巡らせる。
(ドリブルだったりプレースタイルからして、こいつは人を食うようなところがある。となると・・・)
互いの肚が決まったところで、主審が笛をふく。忍び足で間合いを詰める櫻井は、ボールを蹴る瞬間、ピタッと止まる。しかし、種部は微動だにしなかった。
「あれま」
キックフェイントが不発に終わり、その場で蹴るしかなくなった櫻井。力のないシュートを右に放つが、種部は余裕を持ってこれを抑えた。
「よおしっ!よく抑えたぞタネっ!」
ベンチの竹島監督は飛び上がってガッツポーズ。尾道のリザーブたちも声を上げて喜んだ。
「てへ。しくじっちった」
「馬鹿野郎!!完全に読まれてんじゃねえか!」
「もうちょっと反省しろよ。何が『てへっ』だよ」
悪びれない櫻井の頭を剣崎は平手で叩き、竹内も蹴りを入れた。ただ、その揉めように悲壮感はまるでなかった。
(勝ち越しがかかったPKをミスったのに・・・なんでこいつらこんなに無邪気なんだ?)
種部は余裕すら感じさせる和歌山のFWに驚異を感じざるをえなかった。そして、その雑念がキックを微妙に鈍らせる。種部から見て右サイドに飛んだボール。余裕をもって待ち構えていた成田の前を、猛然と結木が走りこみ、これを頭で味方に折り返す。受けた竹内は一度小宮につなぐ。
「やらすか」
尾道の右サイドバックの茅野が、和歌山の左サイドハーフの小宮に襲い掛かる。
「や~無理無理。俺じゃねえもん。前に持ってくのは」
嘲笑を浮かべながらそれをいなして、攻めあがってきた結木にパス。結木は茅野の裏にできたスペースを一気に駆け上がる。
(そらよ!)
走りながら結木は右足でゴール前にクロスを放り込む。剣崎がそれに反応している。
「池さん挟むぞ!」
「よっしゃ!!」
その剣崎を挟み込むように円山と池山が、二人がかりで剣崎をつぶしにかかる。だか、剣崎はいとも簡単に競り勝ち、結木のボールを頭で流す。
「はっ!もう俺はゴールを決めるだけの男じゃねえぜ」
円山が池山と一緒に剣崎をつぶす。それはすなわち、他の二人のFWを放置することに他ならない。竹内はわずかに届かなかったが、そのさらに奥、ファーサイドに駆けこんだ櫻井が、汚名返上のヘディングシュートで和歌山が試合をひっくり返した。
「やっほ~い。ひっくり返せた~」
「うらぁ!サク!てめえ俺に感謝しろ!!」
「そこ別にムキにならなくてもいいだろ剣崎」
この瞬間から、種部の中で何かが切れた。
(この3人マジですげえ・・・。それに対してうちの守備は・・・。もう何点取られても知らねえや)
「さあ!前半もあと10分あるぜ!もっとゴールとってさらに点差広げっぞ!!」
そんな心境を知らない剣崎は、前線からそう味方を鼓舞した。
剣崎の同点弾以降、和歌山はとにかく押し込んだ。再開後も猪口が猛烈なプレッシングで亀井を襲い、亀井は最終ラインにバックパス。池山や円山はクリアを試みるが、ダンプカーのように猛スピードで迫る剣崎に慌ててまともに蹴りだせない。その弱弱しいボールはポジションを下げて野口がキープせんと競り勝つが、フォロー役はすべて激しいマークにつぶされて攻撃にならない。
何よりもひどかったのは、トリニダードであった。
『おい!何簡単にボールを落としてんだ!早く俺にくれ!!』
苛立ってそう叫ぶトリニダードだが、囲まれながらもキープする野口はその態度に呆れてしまう。
(くれって言うならもっとボールを取りに来い。なんでお前が最前線にいるんだよ・・・)
ゴールに近い位置でのプレーにこだわるトリニダードと、野口のポジションはいつの間にか入れ替わってしまっている。もう一人のフォロー役は、内海に完全につぶされていた。
(くそ!なんて人だよ・・・俺の動きがみんな読まれてる。それも、一手どころか三手先まで見透かされてる気がする・・・)
こうなると、和歌山がボールを奪うのは時間の問題。奪うや、内海の強烈なロングキックが、狂いなく和歌山の最前線に放り込まれる。前半終了間際、竹内はペナルティーエリアの外でボールを受けると、スピードに乗ったドリブルで突破を図る。止めようとした円山は、あまりにもあっさりと振り切られてしまう。
「く、くそ!待て!!」
そしてあろうことか、円山は無我夢中で手を伸ばす。それが竹内のユニフォームをつかんだ瞬間、円山は反射的に引っ張りこむ。
「ぎゅぇっ!!」
突然ユニフォームの襟に首を絞められた竹内は、そのまま仰向けに転倒してえづく。一連の動作を、主審は見逃してはいなかった。




