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試合前の思惑

「・・・秀吉、車、以上。次の和歌山戦はこのメンバーで行くぞ」

 尾道市のジェミルダート尾道のクラブハウスにて、竹島監督がスタメンとベンチ入りメンバーの18人を読み上げていた。

「知ってのとおり、次対戦する和歌山は、日本代表を4人も擁する強敵だ。だが、気持ちで負けてはいけない。胸を借りつつも、怯むことなく90分戦い抜こう!」

 指揮官はにこやかな表情で鼓舞し、若手の浦や謝花が勢いよく呼応したが、どうも微妙な空気が拭えなかった。

 というのも、新エース・トリニダードの大活躍で開幕2連勝という好スタートを切った尾道だが、一部の選手たちがじわじわと不信感を募らせていた。例えば開幕戦、風向きが変わったなか、バランサーとしてチームを持ち直した桂城が「消極的すぎる」と名指しではなかったが、明らかに槍玉にあげられていた。続く川崎戦も途中出場したものの、攻撃の活性化を期待した意図に反して守備の舵取りに終始したことで、ついにメンバー落ちを通告したのである。

 そもそも、キャンプの時点から、攻撃と守備の比重がいびつだった。前者は練習時間の全てといっていいくらいに労力をつぎ込んだのに対して、守備の練習は明確な規律の落とし込みはおろか、基礎中の基礎であるプレッシングに関する練習すらまともにしていない。

 そしてその弊害は実際に結果に現れている。トリニダードがプレシーズンマッチ5試合で14得点を記録しているのだが、チームはその全てで失点し、うち3試合で複数失点を喫して計9失点である。

 そして開幕してからも、ここまで4失点と守備が機能していないことは火を見るより明らか。それでいて、和歌山戦に臨む上での練習も、攻撃パターンの再確認、極端に言えば「トリニダードが思い通りにゴールを奪うため」の練習だった。



「なあタク・・・。こんなんで試合になると思うか?」

 ミーティングを終え、クラブハウスから帰宅する道中、ボランチの亀井は、同期のFW野口にそう漏らした。

「カメよ。その言い方は『ならない』と決めつけてるだろ。まあ、わからないでもないけどさ」

「だってさ。開幕連勝を達成できたのは、明らかに桂城ヤタローさんのおかげだぜ。確かにトリニダードは凄いさ。でもあいつのせいでピッチのバランスはめちゃくちゃだ。こんなんで剣崎も竹内も止めれっこない!」

「落ち着けよ。あんまり声が大きいとまずいぞ」

 まくし立てるように不安を口にする亀井を、野口はそうなだめた。そして野口もまた不安を募らせていた。

(監督も監督だよな・・・そもそも解説の仕事長いことやってて、あいつらの攻撃力をわからないはずがないのに、何考えてるんだよ。・・・正直嫌な予感しかしないな)

 監督によっては対策を立てず、あくまでも自分たちがベストを尽くすための練習を行うタイプもいる。しかし、野口たちはオリンピック代表で剣崎たちのすごさを目の当たりにしているだけに、守備のテコ入れをしない現状は、丸腰で戦おうとしているのと同じと言ってよかった。

 そんな選手の不安を知ってか知らずか(いや、たぶん気づいていない)、クラブハウスの監督室の下を、今季から選手補強を担当する大江強化本部長が訪れていた。

「え?次の試合、同行するんですか?」

「ええ。ぜひ。一地方クラブでありながら、将来の日本代表担う選手を獲得できる、彼らの魅力というのを実感したいと思いましてね。それに、このクラブとは何かと縁がありますから、新参者として挨拶ぐらいはと」

「それはいいですねえ。ぜひどうぞ。本部長が試合前に選手を激励していただければ、一層の励みとなりますからねえ」

 竹島監督は二つ返事で了承したが、ニコニコとする大江本部長の本心は違っていた。

(次の試合・・・。日本代表の首脳陣が視察に来るという。そういう人脈とコネを作っておけば、今後の選手獲得にいい影響が出る。これからこのクラブは私の力で新たな歴史を刻むのだ。これぐらいの労力は宇氏んではならんのだ。それに・・・)

 大江本部長の一番の目的は、自らの顔に泥を塗りつけた結木の負け試合を見、彼の悔しそうな表情を拝むことだった。



「なんだこの見出しはぁっ!?」

 ところ変わって和歌山県内のアガーラ和歌山クラブハウス、その食堂。剣崎はスポーツ新聞を広げて激高した。

「クソッたれ!大手ってのはとことん雑だぜこんちくしょう!三好さん問い詰めて記事書いたやつ聞き出してやる!!」

 ぐしゃぐしゃと新聞紙を丸めて床に叩きつけた剣崎は、足早に食堂を出ていった。あっけにとられた入れ違いで食堂にやってきた竹内は、なれの果てとなった新聞を広げ直して記事を探した。

「何に怒ってたんだ?あいつ」

「あ、これじゃね?」

 一緒に探した栗栖が、思い当たる記事を見つける。その見出しにはこうあった。


『怪物同士のぶつかり合いを日本代表関係者視察』


「次の試合、叶宮さん来るのか。あれ?なんか確執でもあったっけ?」

「いや、竹内トシ。たぶん剣崎が怒ったのはこの部分だよ」


 栗栖が指差したのは、記事の締めくくりだった。

『今やJリーグの新たな“怪物”となったトリニダードに、元祖怪物たる剣崎が、叶宮コーチらの前で意地を見せることができるか』


「え?これ?よくある煽りだろ」

「ああ。よくあるな。けどなトシ、剣崎とこのトリニダードって同類に見えるか?」

「・・・。あ〜・・・そう言うことか」


「・・・。あ〜・・・そう言うことか」

「あいつとはもう15年一緒にサッカーしてるけど、その立場で言わせてもらえば、俺もこの煽りは気に入らないな。ぽっと出の新人と一緒にするなって話だ。その違いを、次の試合で見せてやんないとな」


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