ブラックボックス9
「ご馳走さま。辛いけど美味しかったです。先に失礼します」
各々会話に華を咲かせていたが、一人だけ早く帰ろうとする者がいた。彼は三人目の軍曹のファルーだ。年齢はミライとイセンの中間くらいだろうか。青みがかった髪がボサッとしている。
「彼は食べるのが早いし、食後もあまり人と喋ろうとはしないの。人と喋らないと言うかインスヴァイトオタクね、あいつは。インスヴァイトが好きすぎて、他の事が適当なのよ」
ファルーのことを説明し始めるミルミド。部下のことはよく知ってるのだなとミライは少し感心していた。
「私も失礼しよう」
ファルーを追うようにイセンも部屋に帰っていく。俺も帰ったらいつもの食事と変わらなくなるよなーと思いつつ、ミライも帰ることにした。
「お疲れ様です。明日はいつ頃朝食ですかね?」
「大体八時に摂ってますが、明日は九時頃になりますので、それまで眠ってていただいて大丈夫です」
「了解です、ありがとうございますサーマンさん」
感謝を述べ部屋に戻るミライには、イタズラを考える子供の様なサーマンの笑みを見抜けなかった。
「お疲れ様です、イセンさん」
「おう、ミライも帰ってきたのか」
ミライが部屋に戻ると、下のベッドから声が聞こえた。ミライも疲れているので、特に会話はなくそのまま眠りについた。
「ミライ! 起きろー!! と言うかなぜ寝れるのだ!? 嘘だろ?」
めんどくさそうに寝返りをうつミライだが、客観的に見るとベッドの方が横になり、ミライが転がされた形に近い。耳を澄まさなくても激しい地響きのような音……もう地面に着いてはいないのだが。
「何ですか? ……まだ八時じゃないですか、ご飯は九時ですよ~」
「ご飯じゃない、船が浮いているのだ! 宇宙艦とでも言うのか? この船、空を走るぞ!」
「そりゃこんな形の船がこんな都合良い空き地にあるなんて、空でも運行しなきゃ説明できませんよー」
「確かにそうだが……角度がおかし……」
その時、二人の体に変化が起きた。文字通り、体が浮き始めたのだ。重力の枷から解放され、ミライは寝心地の悪さに絶望した。
「はいはい、起きますよー。すごいですね、ほぼ無重力じゃないですか。特別な訓練とかいらないんですかね」
「そんなもの知ったことか! サーマンに話をつけてくる! ミライ、付いてくるのだ」
感情の起伏が激しい先輩は部屋から出ていってしまったため、ミライもあわてて追いかけていった。
「サーマン! いるか!」
イセンは宇宙艦の中を歩き回った末、操縦室なるものを見つけた為、勢いよく開けて恐らく元凶であろう者の名前を呼ぶ。
「あ、おはようございますイセンさんに、ミライさんも。昨晩はぐっすりだったようで」
「ああ、最高の目覚ましがなければ今も眠ったまま立ったかもしれないね」
「あ、皆さんおはようございます。一足先にお仕事ご苦労様です」
操縦室にはファルーを除いた全員が集結していた。モニターの前の席に座り、あれこれ操作をするラックワイト。その背後で機械類を眺めるサーマン、同じくモニターの前に座ってはいるが、何か操作してるわけではなく、別段忙しそうではないミルミド、ティラー。ライとは扉を開けて正面、外の様子を巨大な窓越しに見ていた。
朝だというのに外は暗く、地球外という実感がひしひしと湧いてくる。
「あら、どこぞの先輩と違ってしっかりしてますね、ミライさん。実際思ったより動じてなくてビックリですけど」
「いきなり地球外にサヨナラする非常識野郎が何を言うか」
「サーマン少尉に無礼な口を……」
「大事なところは一通り完了したわ……えらくガヤガヤしてるわね、なにこれ」
先程まで集中していたラックワイトがその緊張を解き、我に返るとずいぶん賑やかな光景になっていた。先程のイセンとミライが部屋にいた時は、この操縦室は沈黙が支配していたので、それの裏返しとも言えるのだろうか。
「飯が出来たぞ」
イセンとミライの後ろからファルーが顔を出した。さっきまでの環境でよく朝飯を作ったなと、イセンとミライはひそかに感心していた。
「じゃあ、皆さんいきましょうか。ラックワイト中尉は?」
「私はここにいるから、持ってきてくれるとありがたい」
サーマンが全員に促し、ぞろぞろと食堂へと歩いていく。無駄話をするティラーとミルミド、先頭を歩くファルー、特に何も話さないがサーマンの周りにピタッとついて来るライ。
ミライとイセンは無重力での移動の仕方を参考にしようと、後ろからジャンダルム隊の人々を見ていた。
食堂に着くと、テーブルの上にはサンドイッチが並んでいた。
「では、いただきます」
やはりサーマンが最初に声を掛け、みんな食べ始める。
「サンドイッチか……久々に食べるな」
「ファルーが朝作ると大体サンドイッチなんだ」
「作りやすくてな。地球の人の歓迎会ってことで工夫しようかと思ったが、これしか思い付かなかった」
ファルーがイセンとティラーに食べているサンドイッチの断面を見せる。
「お、地球にない果物を使ってるのか、なるほど」
「なんと、次に食べてみようか」
二人が話している間に持っていたサンドイッチの残りを口に放り込み、席を立つファルー。
「ご馳走さまでした。私は中尉にサンドイッチを持っていきますので、これで」
そうしてファルーは去っていった。




