序・新人操者の初任務2
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「ツルギさんは上手くやっているのかな。今度勤務先に手紙でも送ってみようか」
一ヶ月前にINSVOLを取得したミライは、同期と比べてインスヴァイトでの初任務が大分遅かった。INSVOLを手に入れて三日で任務に就いた者もいる中、一ヵ月という長さは歴代のインスヴァイトの操者と比べても珍しい。しかし今日、やっと搭乗任務が下された。ヘリコプター型のインスヴァイトで山奥へ物資を届けるらしい。ハンガへの通路を歩きながらミライは同期のツルギがどうしているのか考えていた。
「新人、考え事か?」
「あ、すいません。中東にいる知り合いの事を考えてまして」
通路の途中でミライに話しかけた男は友好的な様子であった。まだ出動時刻まで時間があるし少し会話をしようか。ミライは次の男の言葉を待った。
「中東か。ここから行けない距離ではないし、今度の休暇に行くのも良かろう。私も彼女の一人や二人、……二人はダメだな。にしても、心配してくれる人が欲しいものだ」
「すいません、私の知り合いは男なんですが」
危うくおかしな勘違いをされる所だった。それと同時に彼女が出来たことのないミライは少し辛かった。
「まあ、なんだ。女性の操者もいるし色んな人と親睦を深めてもいいと思うぞ少年。そういえば君の名は何というのだ? 私はイセン。イセン・シュベルクだ」
「私は継葉ミライです。よろしくお願いします」
「少し話を変えようミライ……私を呼ぶ時はイセンでいい。で、そうだ。君がインスヴァイトに乗ろうと思ったきっかけは何だい?」
「きっかけですか?」
「そうだ。例えば誇りのある職業が良かったとか、給料がいいとか。それとも、ホントはINSVOLが欲しかっただけとかかな?」
インスヴァイトの操作許可証であるINSVOLを持っていれば、各地の関所を検問なしで通ることが出来る。イセンが言っているのはそれだろう。
「私は貧困地の人々に物資を届けるという仕事が、困っている人の役に立てると考えたからです」
「そんな理由で志願した者がいるなんて、感動してしまうよ。私は適性が無ければ乗ろうとも思わなかった。ヘリなどは腕も脚も無くて不便でたまらん」
人の心を消耗して動くインスヴァイトだが、適性の無い者が操縦席に乗っても何も起こらず、普通の機械相応の力しか発揮しない。そのため、操者はINSVOL取得以外にインスヴァイトの操縦席を模した装置を使い、適性検査に合格する必要もあるのだ。
「理由なんて別に何だって良いと思いますよ。どう思っていてもイセンさんも人を助けているんですし」
「それはありがたい。友人は機械を動かすのが好きで乗っていると言うが、やはり人の体に優る形は無いと思うのだ。免許取得試験に登山があったと思うが、あれも機械より人間の体のが都合が良いしな」
「そういえばイセンさんはどの山を登ったんですか? それとも毎回同じ山なんですかね」
「いや、私の頃は登山は試験内容に無かったよ。上の方針らしいが、これではまるで世界画一前の国公衛隊のようだ」
確かに輸送機関の運転士になるために山を登る必要はあったのだろうか。インスヴァイトの数は少ないが、それ以上に適正のある操縦士も少ないから、体力面で数を絞る必要もないんじゃないか。ふと、ミライは疑問に思った。
「新人、時間は大丈夫か?」
「え……あ、失礼します!」
話に夢中になって時間のことを忘れていたミライは、通路を急いで駆け出した。
ダッシュした甲斐あってミライは初任務に遅刻することは免れた。今は若干息が荒いまま、インスヴァイトのハンガでオペレータからの説明を聞いている。
「……という訳で、今回運転していただきます機体はヘリコプタータイプで、ミライさんは輸送型、イセンさんは戦闘型となります。インスヴァイトは搭乗して操縦者さんが動力を入れた段階で手動操縦に切り替わりますので、くれぐれもお気をつけて」
「説明ありがとうございます。あと、質問なんですが今回は単独任務では無いのですか?」
「最近物資を狙う盗賊が出没するとの噂がありまして、初任務と言うことも合わせて慣れたパイロットが同行した方が良いとの判断です。事前に言っておいた方が良かったとは思いますが、それは私の管轄外ですし……」
と、途中からボソボソと聞き取りづらい声になっていったが、大事なのはそこではない。
「ふむ、そろそろ初回講習は終わりかね?」
「あら、いらしたのですね。終わりましたよ。それから、イセンさんには戦闘型のヘリコプターに乗ってもらいます。ミライさんの護衛ですね」
その時作戦を共にする仲間であり、先程会話をしていた先輩操者のイセンが来た。
「とりあえず私はこれで失礼します。任務の詳細はコックピットに入ってからにしますね」
そしてオペレーターは去り、イセンと二人きりになった。
「あの、イセンさん」
「詳しい話は搭乗してからにしておこう。君はあの黒い方の機体だ」
促されるままそちらを見ると、十五メートル程の大きさのヘリコプターがあった。仕方がないのでミライは話は後にすることにした。「あ、これ割と大きいな」などと思いつつコックピットまで向かった。