主人公の素質
ある所におじいさんとおばあさんがいました。
そんな書き出しで始まる物語がいくつあるだろうか。
桃太郎やカチカチ山など、いくつか思い当たるだろう。
では、そのおじいさんとおばあさんとは何者なのだろうか。
どうして山の中で二人っきりで暮らしているのかとか、二人の間に子供はいるのかとか、いろいろな疑問が思い浮かぶが、それが明かされることは稀だ。
と言うかほとんど明かされない。
川でモモを拾ったおばあさんも、山に芝刈りに言ったおじいさんも。
彼らがどんな素性なのかは謎のまま物語は完結する。
それはなぜか。
結論から言うと、その情報は必要とされないからだ。
桃太郎は、モモから生まれた男の子が鬼退治に行く話であって、それを拾って育てた老夫婦の話ではない。
かちかち山はウサギによるタヌキの断罪がメインであって、おばあさんは読者の怒りを煽る舞台装置でしかない。
RPGをしている時に町の人ひとりひとりに関心を抱くプレイヤーは少ない。
ゾンビ映画を見ていて、ゾンビになった人たちがどんな人間だったのかだなんて、ほとんどの人は考えたりしない。
主人公を俯瞰して物語の行く末を見守る。
重要なのは主人公の行動であって、それに影響を与える装置ではない。
モブとはそこらへんに存在する木や家や岩などのオブジェクトと同義なのだ。
では、もし仮にあなたがモブだとしたら。
あなたはどうするだろうか?
主人公を遠くから見守る?
物語など全く意に介さずに無視する?
それとも敵に与して主人公の行く手を阻む?
様々な選択肢が与えられる中でどう行動するのか。
考える心と自由が与えられたモブは、もはやモブではない。
自らの手で運命を切り開く主人公となるのだ。
☆
さて、ここに一人の男がいる。
名前をサンダーラと言う。
しがない中年オヤジである。
彼は中世風ファンタジー世界に生まれ、商人として生きていた。
何をするでもなく、淡々と働いて、淡々と日常をやり過ごす。
結婚せずにうだつが上がらない日々を送っていた。
そんな彼の元に、ある噂が舞い込んで来た。
どうもこの街に勇者様一向が訪れるというのだ。
勇者と言うのは、魔王を討伐する役職のことだ。
誰もが知っている常識。
知らない者はいない。
サンダーラは勇者が来る、と聞いても何も思わなかった。
自分には関係ない。
どうでもいい。
仕事が面倒なことになったら嫌だ。
できれば来ないでほしい、とまで思った。
それほどまでに興味がわかなかった。
勇者と言うのは、王の勅命を受けている。
そのため、街の物資の一切を徴発する権利を有している。
その気になれば街そのものを丸裸にすることもできるのだ。
商人からしたら盗賊の類と変わらない。
そんな彼らがやって来るというのに、街の人々は大興奮。
まるで祭りでも開催するかのような騒ぎよう。
うるさくてたまらなくなった彼は、一人街を離れた。
街から少し離れた場所。
雑木林の中にある小さな小屋。
かねてから少しずつ作ったサンダーラの秘密基地。
ここは誰にも侵されることの無い静謐なる聖域。
自分だけの場所。
ここにいれば、勇者殿一向が街を訪れても無関係でいられる。
ハンモックに寝転がり眠りについた。
鼾をかいてぐっすりと眠る。
それからしばらくして、人の気配を感じて目を覚ます。
何かが小屋の近くをうろついているようだ。
一体何がいるのだろう?
窓の隙間から外を確認する。
何やら話し声が聞こえて来た。
魔物の類ではなさそうだ。
聞き耳を立てて様子を伺う。
「どうする……?このまま街まで寄らずに行くのか?」
「それがいいだろう、あんなしけた街、行く価値何てないだろう?」
「それもそうね、時間は節約しないと」
「私も賛成、早く先を急ぎましょう」
どうやら四人組の男女が話し合いをしているようだ。
一体何者なのか。
「この街を飛ばして行けば東の都まで一日もかからない。
そうすれば、はるかに時間も節約できる」
「決まり、だな。ここらで休憩して明日の朝には都を目指そう」
「そうね、賛成!」
「私、おなかすいちゃった」
どうやら意見がまとまったようだ。
彼らはここで一泊することにしたらしい。
だが、ちょっと待ってほしい。
ここで休むということは、この小屋を利用するということだ。
ふざけているにも程がある。
「おい、お前ら。一体誰の断りがあってここを使おうとしているんだ!?」
あまりに身勝手なことを言っている若者たちに、サンダーラは抗議の声を上げる。
小屋から飛び出して怒鳴りつけると……
そこには剣と斧で武装した二人の青年と、弓と杖を持つ二人の少女が。
高級な武装を身にまとう四人組。
ここまで来たら察しの悪い彼でも理解できた。
勇者一行だ、コイツ等は。
「す、すみません、人がいるなんて思わなくて……」
剣を持っていた青年がうろたえながら頭を下げる。
多分こいつが勇者だろう。
斧を持っているガタイの良い青年は、不機嫌そうに睨みつけくる。
コイツ、何様のつもりだ。
弓を持った少女は、無礼にもサンダーラに鏃を向けて番えている。
その隣で不安そうに様子を伺う杖を持った少女。
何なんだこの状況は。
まるで俺が悪者みたいじゃないか。
「別にいいが、まるで魔物みたいに警戒するのは止めてくれないか。
これでもれっきとした人間だよ、俺は」
「うわぁ、すみません!すみません!やめろよお前ら!」
勇者らしき男は何度もヘコヘコと頭を下げる。
斧男も弓女も警戒を解いたが、顔つきは険しいまま。
余計な邪魔をするなとでもいいた気な様子だ。
「なぁ、おっさん。悪いが小屋を一日だけ貸してくれないか?
俺たちが勇者パーティーだってのは分かるだろう?」
斧男が威圧的に言う。
サンダーラは内心舌打ちをしながらも、勇者一行が街に寄らないというのであれば別に良いかとも思っていた。
この無礼な連中に秘密基地を明け渡すのは癪だが仕方ない。
王の勅命にはなんぴたりとも逆らえないのだ。
「わかったよ、好きに……」
「お前ら!いい加減にしろよ!」
勇者が叫ぶ。
「人の物を勝手に使うだけでも失礼なのに、その言い方はなんだ!
無礼にもほどがあるぞ!この人に謝るんだ!」
「俺は……その……」
「お前が謝らないなら俺が代わりに謝るよ」
勇者はサンダーラの方に向き直り、深々と頭を垂れる。
丁寧に謝罪の言葉を一語一句述べて、その無礼を詫びた。
サンダーラは何とも言えない気分になった。
まるで自分が意地悪を言って困らせているような感覚に陥る。
こんなことをするつもりなんて全くなかったのに。
「それで一つお尋ねしたいのですが……」
「な、なんだよ……」
「街へはどちらに行けばよろしいのですか?」
「街か、それなら……」
サンダーラは自分の街に勇者一行を案内した。
そうせざるを得ない状況になっていた。
まるで誰かに操られているような不快感を覚える。
勇者一行が街に着くと、町人たちは大喜び。
もろ手を挙げて一同を歓迎した。
高々勇者くらいで何をそんなに興奮する必要があるのか。
ただただ、サンダーラは呆れていた。
彼らは勇者一行に宿を用意し、ありとあらゆる手を尽くして一同をもてなした。
彼等の前には沢山のごちそうが並べられ、酒もふるまわれた。
その光景を忌々しく遠巻きに眺めるサンダーラ。
奴らは一銭も払うことなく、このもてなしを享受できるのだ。
商人をしている彼からしたら、この待遇は異常としか思えなかった。
みんなアホだ。
頭があほになってまともに物が考えられなくなっている。
アホばっかりだ。
正に異常事態。
呆れた彼は街から離れて小屋に向かった。
勇者一行がいなくなるまで、あそこで大人しくしていよう。
そう考えた彼は、一人小屋に籠って眠りにつく。
すると……何やら怪しい気配が。
今度は人ではない。
人でない何かが小屋の周りをうろついている。
「グルル……グワォ……」
「クケケケケケ……」
どうやら今度は本当に魔物の類が現れたらしい。
このままここにいたら殺されてしまう。
一体どうしたら……
「中にいる者、表へ出よ。姿を現さなければ小屋ごと焼き払う」
魔物の中に人語を話す者がいるようだ。
素直に声に従い表へと出る。
そこには、熊のような魔物に跨った巨漢の男がいた。
一振りで10人は殺せそうな大きな斧を担いでいる。
「聞くが、勇者一行はどこに行ったか分かるか?」
「勇者様?ヘヘヘ、勇者様がどうか致しましたか?」
「隠し立てするとみの為にならんぞ。
我々の目的は勇者のみ、正直に話せばお前の街は襲わないでおいてやる」
「ヘヘヘ、それは慈悲深い……」
サンダーラは言われた通りに、勇者一行が町に滞在していることを教えようとした。
しかし……
本当にこれでいいのだろうか?
別に彼は、良心の呵責に苛まれたわけではない。
勇者たちを売り渡すことに何のためらいも感じていない。
しかしながら……妙なのだ。
まるで自分がこういう風に言う様に仕向けられている。
そう感じたのだ。
この魔物達に勇者の居場所を教えたら、その何者かの意図に従ったことになってしまう。
反骨精神あふれる彼は、その絶対的なよく分からない存在に対して、無性に腹が立った。
よくよく考えれば変な話だ。
都合よく自分のところに勇者が現れたと思ったら、今度は魔物の集団である。
彼らを街に誘導して勇者たちを襲わせることが、あたかも自分に課せられた宿命であるかのように演出されている。
自分自身が感知できない絶対的な存在の掌の上で、無様に踊らされているのだ。
こんなばかばかしいことがあってたまるか。
「勇者たちなら東の都へ向かいました!」
「なに、それは本当なのか!?」
「ええ、わたくしはこの小屋で休んでいる時に彼らの話を盗み聞きしたのです。
アイツらはわたくしの住んでいる街をさんざんバカにした挙句。
立ち寄る価値が無いと断じて、さっさと先に行ってしまいました!」
「ぬぅ……しかし、街の様子をみると何やら賑やかだが……」
「あれは勇者一行が来るのを待ち望んで歓迎の準備をしていたのです。
わたくしもそれを伝えて何とか街へとお誘いしたのですが……
奴らはそんなの知ったことかと無視したのです!
街の人々の思いを踏みにじったのです!!!」
「なんと……そんなことが……」
なぜか魔物は同情的になった。
それに気を良くしたサンダーラは更に嘘を重ねる。
「どうか……どうかあの屑どもに裁きの鉄槌を下して下さい!
魔王様こそがこの地を統べるに相応しい覇者でございます!」
「むぅ、人間の中にも話の分かる者がいたようだな……」
「ええ、もちろんでございます!
勇者共の蛮行に耐えて、ひたすら苦しい日々を送っているのです!
どうかこの哀れな凡夫を、勇者と愚かなる王の圧政から解放してくださいませ!」
五体投地で懇願するサンダーラ。
魔物達は彼の言い分を信じ込んでいるようだった。
「うむ、貴殿の思い、しかと受け取った。
必ずや勇者を打ち取り、この地に平安をもたらさん」
「おお、なんという頼もしいお言葉!」
ノリノリなサンダーラに流されるようにして、魔物達もノリノリになった。
そのノリで早速東の都を目指して出発。
その後姿を見送りながら、彼は確信するのだった。
勝利を。
自分を動かそうとしていた何者かに打ち勝った。
何かよく分からないが、大きな流れに抗ったという高揚感と、それを成し遂げたという達成感を覚える。
これで勇者共は東の都に行った時にその惨状を目の当たりにして絶望する羽目になるのだ。
ざまーみろおおおおおおおおおお!!!!
「フハハハハハ!!!やったぜ!!!バンザーイ!!!」
「何がやったぜ、何だい?」
「これで勇者共が……あん?」
振り返るとそこには勇者の姿が。
「……は?どうしてここに?」
「実は君のことは少し前から見張っていたんだ。
目を光らせておいて正解だったよ」
「なんで……どうして……」
「以前から君に注目していたんだ。
僕らがこの地を訪れる際、どんな行動をするのか興味があってね」
一体コイツは何を言っているのだろうか。
言い知れぬ不気味な感覚を覚え、サンダーラは逃げ出した。
しかし……
「おおっと!」
「ひぎぃ!!!!」
目にもとまらぬ速さで先回りされ、行く手を塞がれる。
360°どの方向に逃げようとしても、瞬時に勇者が目の前に現れるのだ。
早いとかいうレベルじゃない。
「許して!!!許して下さい!!!」
「安心してよ、別に俺は君のことを罰したりしないよ」
「え?へへ……本当ですか?」
「うん、本当だよ。でも、一つだけ協力してほしいんだ」
「協力って何を?」
「一緒について来て欲しい」
「ということは……わたくしに魔王討伐を手伝えと?」
勇者は不敵に笑って答える。
「いいや、違う。
この世界を終わらせる手伝いを、だよ」
サンダーラはその言葉の意味が理解できなかった。
☆
「ああ、またか……」
勇者は見慣れた光景に絶望する。
そこは何度も目にした王の間。
自分がこの世界に転生して一番初めに目にした光景だった。
「おお、勇者よ、よくぞ現れた」
何度も何度も聞かされたセリフ。
この世のどんな言葉よりも勇者を絶望させる。
自分がここに初めて呼び出されたのはいつのことだったか……
もうずいぶんと前のことになるので思い出せない。
年月にしたらどれくらいなのだろうか?
勇者はこの世界に呼び出された異世界人である。
呼び出された当初は、見慣れない世界に戸惑いながらも、その運命を受け入れて戦うことを決意した。
仲間と共に旅に出て、数々の苦難を乗り越えた果てにたどり着いた魔王の居城。
激しい戦いの末魔王を打ち取り、王都へ凱旋。
鳴りやまぬ歓声で迎えられ、使い切れないほどの報奨金を貰う。
パーティーの魔法使いの女の子と結婚。
子供たちに囲まれて平穏に暮らし、妻より先に老衰で逝く。
異世界での人生はあっという間に終わった。
それだけ濃密で、幸福な時間だったと言える。
もはや何の悔いも未練も残さず、自分の人生を感慨深く振り返りながら、最後の時を迎えた勇者。
さてさて、死後の世界とは一体どういうところなのか。
深いねむりについたはずの勇者が目を覚ますとそこは……
「おお、勇者よ、よくぞ現れた」
王の間だった。
何が起こったのか分からず、混乱する。
あたりを見回すと、はるか昔に見た懐かしい顔ぶれが。
病で死んだはずの大臣。
落馬して帰らぬ人となった大将軍。
お前よりも長生きすると息巻いていたメイド長。
そして、偉そうにふんぞり返って何もしなかった、バカ王。
懐かしいメンツとの再会。
もしかしてこれが死後の世界?
そういう趣向のもてなしなのだろうか?
勇者が混乱していると、若い姿のままの仲間たちがやって来た。
大ぶりの斧を担いだ戦士。
小生意気な狩人。
そして……彼が最も愛する存在である魔法使い。
彼らが現れたということは……ここは死後の世界ではない。
だってそうだろう。
三人ともまだ存命のはずだ。
後追い自殺何てするような連中じゃない。
「も……申し訳ありません……一体何がどうなって……」
「混乱しているのも分かる、勇者よ。
我々は異世界から貴殿のことを……」
前回同様、勇者がここに呼び出された理由について説明し始める王。
はるか昔の記憶がありありと思い起こされる。
これは……コレは一体何がどうなっている!?
魔王の仕業なのか!?
それとも他の誰かなのか!?
一体、何がどうなっているんだ!!!
混乱する勇者。
しかし、彼は取り乱すことなく努めて冷静に振る舞う。
仲間たちと挨拶をかわし、旅立ちの準備をして、最低限の戦闘技能を身に着ける。
戦闘技能については直ぐに習得できた。
前回はかなり苦労して、王都を旅立つまでに三年かかってしまった。
しかし、今回はわずか一週間で訓練を終えた。
誰もが天才だと称賛するが、当然のことだ。
魔王を倒すまでの記憶がそのまま残っているのだ。
旅の過程で身に着けたあらゆる技術が彼の身体に染みついている。
仲間たちは勇者のことを称賛する。
流石勇者だと褒めて褒めて褒めまくる。
前回では、使えない男だと戦士と狩人から馬鹿にされて、魔法使いに慰めてもらっていたっけ。
データを引き継いだままの勇者は、破竹の快進撃を続けた。
魔王の城に僅か1年足らずで到達したのだ。
前回は10年以上もかかったというのに……
その勢いのまま、あっさりと魔王を撃破。
再び王都へと凱旋。
その驚くべき強さを、誰もが称賛した。
その後、前回同様に魔法使いにプロポーズ。
旅に出て僅か一年と数か月しかたっていない彼女は、幼い少女のまま。
前回は15年近くかかってしまったので、30手前まで年を取っていた。
だいぶ異なる状況だが、それでも彼女のことを愛していたし、他の女性に心変わりする気にはならなかった。
返事はもちろん、YES。
晴れて夫婦となった二人は、末永く幸せに……
そして、その時が訪れる。
子供たちが生まれ、大きくなり、巣立っていく。
年を取った二人が家に取り残され、次第に体が弱っていって……
……思い出した。
全身の神経を針で突き刺したような戦慄が走り、恐ろしい記憶がよみがえる。
前回同様、今回も王の間に戻されてしまうのではないか。
否定しようのない不安を感じながら、勇者は逝った。
そして……
「おお、勇者よ、よくぞ現れた」
気づけばそこは王の間。
バカ王、大臣、大将軍、メイド長。
仲間として紹介される三人。
大声を出して発狂しそうになるのを、持ち前の精神力で何とか抑える。
どうやら、完全にループの中にハマってしまったようだ。
「混乱しているのも分かる、勇者よ。
我々は異世界から貴殿のことを……」
王がお決まりの説明を始める。
ふと、窓が目に付く。
硝子などははめ込まれておらず、そこから外に出られるだろう。
勇者は王の説明を無視して、窓へと向かった。
「おい、王の前で失礼であろう」
大将軍がその行動を咎めるが、勇者は止まらない。
窓の淵に立ち一同に向かって一言。
「俺はもう二回も世界を救っているんだ、もういいだろう?」
「一体何をおっしゃっているのですか?」
大臣が眉を寄せて怪訝そうな顔で尋ねてくるが、無視。
そのまま身を乗り出して……
「ああ!なんということを!!!」
勇者は窓から身を乗り出してその身を投げ出した。
落ちていくまでの間、考えることは一つ。
再び目を覚まして、そこが王の間だったらどうしようか。
それだけを考えていた。
「おお、勇者よ、よくぞ現れた」
王のその言葉が聞こえた瞬間、勇者は悟った。
自分が囚われの身であるということに……
☆
「それで、アンタは俺に何をさせようって言うんだ?」
サンダーラはおっかなびっくり尋ねてみる。
勇者は手に持ったナイフを器用に回して遊んでいる。
刃で指を気づつけてしまわないか不安になるが、彼はそんな不安を一切感じていないかのように振る舞っている。
「説明を聞いてなかったのか?
この世界を終わらせたいんだ、俺は」
「だからどうして俺が協力せにゃならんのだ!」
「君は、俺たちがこの街を訪れた時、必ず魔物を差し向けて街を襲わせていた。
何度も何度も繰り返したけど、それは変わらなかった。
だけど、毎回微妙に行動が異なっていたんだ。
街を出るタイミング、街を出てた後に向かう場所。
俺たちへの態度、企みが露呈してからの君の行動。
毎回ほんの少し、ちょっとだけ違っていたんだ。
だから運命を変える力を持っているのかもしれないと、目を付けた」
「……はぁ」
サンダーラには勇者が何を言っているのか意味が解らなかった。
彼がどんな状況に置かれているのか、話を聞いただけでは理解したと言えない。
しかしながら、嘘をついているようにも見えない。
「君はね、きっと運命に抗うことのできる存在なんだ。
他の人々がほとんど同じ行動しかしなかった中、君は今までとは違う行動に出た。
それは君がこの世界で唯一の可能性を秘めた存在だからだよ」
「唯一の……存在?」
「そう、この物語を終わらせる可能性を持った存在。
即ち、主人公になれる素質を持った存在だ」
「俺が……主人公?意味が解らないぞ」
「うん、実は俺もよく分かっていない。
でも一つだけ言えるのは、俺は主人公じゃなくてモブだったってことだよ。
勇者って役職はこの世界を終わりに導くための役職じゃなかったんだ」
「頼む、待ってくれ、全く話が見えない」
「だから言っているだろう。
俺はこの世界を終わらせて、終わりのない世界から脱出したい。
その為には、主人公である君がこの物語を終わらせるしかない。
俺は全力でそのサポートをする」
「……具体的に何をすればいいんだ?」
「何でも、だよ。
君がしたいことをすればいい。
魔王を滅ぼしてもいいし、人間を滅ぼしてもいい。
両者を和解させても、両方とも死滅させても構わない。
欲望の思うまま好きな様にしなよ、僕はそれを手伝う」
サンダーラは勇者の言っていることがとても信じられなかった。
この男は一体何言っているのだろう。
しかし、冗談半分で言っているようには見えない。
その目は真剣だ。
「分かった、そうだな……まずは嫁を調達したい」
「君の思うままに従う女性を用意しろってことだね」
「ああ、そうだ。出来れば美人が良いな。
お前が昨日引き連れていたような……」
「分かった……けど、その前にちょっと待ってて」
勇者は懐から何やら取り出す。
小さな錠剤のようなそれを口に含んでしばらくすると……
ボワンっ!
白い煙が立ち上り、勇者を包む。
煙が風に飛ばされて晴れていくとそこには……
「……は?何で女になってるんだ?」
「うん?知らなかった?性別を変えるアイテムがあるんだよ」
女になった勇者がいた。
「いや、確かに嫁を用意しろとは言ったが、おまえが嫁になれ何て一言も……」
「これじゃご不満か、ちょっと待っててね」
今度は別の物を懐から取り出す。
それは遠くから物や人を呼び寄せる魔法結晶だった。
「そーれ!」
「おわっ!?」
「なによ!!!」
「きゃ!!!」
彼の仲間が呼び出される。
勇者は斧を持った男に歩み寄って行く。
「はい、これ飲んで」
「誰だお前!?……ゴクン!」
すると再び煙が立ち上り……
「なんじゃこりゃあああああああああ!!!」
斧を持った戦士は女になっていた。
「はい、皆これ見てー」
更に別の物を取り出した勇者。
それは不思議な形をした魔法の道具。
三人ともそれに目が釘付けになる。
「今日からみんなはこの人の嫁でーす。わかりましたかー?」
「「「はーい」」」
満面の笑みを浮かべた勇者はサンダーラに向かって言う。
「これで願いは叶えたからね、次は君が俺の期待に応える番だよ」
「いや、お前……いいのか?コイツ等仲間なんだろう?」
「仲間?うん、前はそうだったよ。
でも50週目あたりから吹っ切れて、唯の道具として扱う様にしたんだ。
三人とも嫌って言うくらい関係を持ったから飽きちゃってね」
「お前も、女になるのに抵抗がないんだな……」
「うん、100週目あたりからマンネリ回避の為に自分を性転換してみたんだ。
これが意外と楽しくてね、僕以外全員男にして逆ハーレムなんてものやってみたよ」
「お前……とんでもないな」
「古今東西ありとあらゆる場所の知識とアイテムの使い方を心得ているからね。
俺にとって不可能なことは、この世界においてもはやない。
君の望むことは何でもできるよ、何でもね」
「だったら……俺を……俺を……」
サンダーラは言葉に詰まる。
いざ欲望を体現しようとしたところで、何をかなえて欲しいのか分からなくなってしまったのだ。
一体自分は何を望んでいるのか。
今一度考えてみる。
…………あっ。
「どうやら願い事は決まったようだね」
「ああ、俺は……俺はな……!!!!」
サンダーラな、胸に秘めた思いを。
ありったけの力を込めて言い放った。
☆
「はぁ……勇者一行が何だってんだ」
サンダーラは深くため息をつく。
忌々しい勇者共が去って、あとに残されたのは大量のごみの山。
町の住人たちが騒ぎに騒いだ結果がコレ。
ため息しか出ない。
どうして皆特別な存在に憧れたりするのだろうか。
平和な街で淡々と生きてい行く喜びにどうして気づけないのかね。
サンダーラは淡々とごみを集めて清掃活動に励む。
彼は勇者たちを避けて街の郊外で一人寂しく過ごして夜を明かした。
お陰で騒がしいだけのお祭り騒ぎに巻き込まれずに済んだ。
勇者たちが向かったであろう東の都の方を、忌々しく睨みつける。
そして、ぽつりと一言。
「一昨日来やがれってんだ、全く」
☆
「はぁ、期待してたんだけどな」
勇者はため息をついて深く落ち込む。
性別は女になったままだ。
彼女は懐から取り出したメモ帳を開く。
びっしりと書き込まれた名前から“サンダーラ・ゲインズ”の名前を横一線で削除した。
「今回こそはって思ったんだけど、やっぱり駄目だったか……」
「勇者!何見てるの!?」
魔法使いの少女が彼女の背中に抱き着く。
勇者は軽くほほ笑んで振り返り、彼女と唇を重ねる。
「ちょっとだけ、期待していたんだけど、ある人にフラれちゃった」
「フラれたって誰に!?」
「フフフ、ヒミツだよ」
「ええええ!勇者の馬鹿!アホ!」
ほっぺたを膨らませる魔法使い。
そこへ、戦士と狩人の二人もやって来た。
「私たちのことは放っておいて二人でイチャイチャなんて、やけるわ」
「ごめんね、寂しい思いをさせちゃって」
勇者はそう言って狩人の少女に接吻する。
舌と舌とを絡めた濃厚なキスだ。
「おい、俺も」
「フフフ、分かったよ」
口をとがらせる戦士の少女。
彼女には甘いフレンチキッス。
「さて、やることもやったし次に行こうか。
早くしないと東の都が壊滅しちゃう」
「え、何を言っているの?」
不審そうに聞き返す魔法使いの少女に、冗談だよと言ってごまかす。
今頃、サンダーラにそそのかされて西の都に向かった一団が大暴れしていることだろう。
廃墟になったらなったでそれでもいいが、あそこでもまだ試したいことがある。
サンダーラには期待していたものの、運命のループを打破するほど強い意志を持った男ではなかった。
彼は記憶を消して再びモブとして生きることを望んだのである。
要するにビビったのだ、彼は。
何でも叶えてくれる絶対的な存在が現れ、欲望の思うままに何でも出来るとしても、見返りを要求された途端に委縮してしまう。
サンダーラはその典型だった。
この世界の命運を彼に委ねようとしたら、ビビッて逃げやがった。
期待外れもいいところだ。
小心者は欲望を叶えることよりも、保身に走ってしまうのだ。
次のループで彼を利用する時は、その点をもっと注意しないといけないだろう。
勇者にとって、ループからの脱出は悲願である。
しかし、他のモブ達にとってはそうでもない。
彼らは繰り返していることに気付かず淡々と生き続けている。
ごくまれに、そのモブの中に繰り返さない者が混じっていることに気付いた。
彼らは自分の意思で運命に抗うことが出来るのだ。
その存在の力を借りてループを打破しようと試みてはいるが、目下の所上手くいっているとは言えない。
目をつけていたキャラに尽く裏切られてしまう。
今回はかなり期待していただけにショックも大きい。
まだ完全にダメだと分かった訳ではないが……
「ねぇ、東の都ってどんなところ?」
魔法使いの少女が狩人の少女に尋ねる。
東の都に向かう際、必ず行われるやり取りだ。
途中で勇者が口を挟むと、狩人の少女と喧嘩するイベントが発生する。
何も得るものが無いので最後まで口を出してはならない。
聞きなれた東の都についての説明を聞き流しながら、勇者は思案する。
次はだれに声をかけようか。
東の都壊滅のイベントは既に数十回は経験している。
今回のイベントで魔物と戦わないでスルーした場合、自動的に壊滅してしまうのだ。
どこに誰がいて、どんなことが起きているのか。
ほとんど把握していると言ってよい。
サンダーラの様に自分の意思で動こうとするモブ達も多い。
失敗はショックだったが気持ちを切り替えて行こう。
何千、何万、何億と繰り返そうと、諦めない。
悠久の時の中で自分の名前はおろか、元の性別も、性格も忘れてしまった。
自分が望むはただ一つ。
終わりのないループを打破すること。
諦めても繰り返しはやってくる。
戦わなければ、死を迎えることは出来ない。
勇者は決意を新たに、大地を力強く踏みしめる。