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第十八話 ヘルヘイムの魔女

 ヘルヘイムの空は薄暗かった。

 どんよりとした分厚い雲がかかり、なんだかこちらの気も重くなる。

 国境の門を破壊し、ヘルヘイムの入り口の街『グニパヘリル』へと侵入する。

 俺たちを見て騒ぎ出す街の住民たち。

 ヨトゥンヘイムの軍勢が突然攻め込んできたとなればその反応も当然だろう。 

 俺は街の建物や住民たちの身なりを観察する。

 技術的な面では他の国に勝る部分もあるが生活水準はあまり高くはなさそうだ。

 軍事力という一点に力を注いだ結果だろう。

 その光景を一瞥しながら、俺たちはヘルのいる城を目指した。

 民間人に手出しをするつもりはない。

 だが、邪魔をするのならその限りではない。


 途中で騒ぎを聞きつけた軍の兵士たちが俺たちの前に立ち塞がる。


「この国に一体何の用だ?」

「ヘルと話をしたい。俺はユージ。ヨトゥンヘイムの皇帝だ」


 軍の先頭に立つ俺が答えると、兵士たちはさらに騒ぎ出す。


「ヘル様に何のようだ?」

「それは本人に会って直接話す」

「ヘル様はこの国の象徴であり最も力を持ったお方だぞ。気軽に合わせることなどできない」

「素直に案内した方が良いぞ。でないと戦争になる」


 その言葉に兵士も腰が引けたのか、先程までの威勢が影を潜める。


「……少し待て。上に掛け合ってくる」

「わかった。ヨトゥンヘイムの皇帝が来たと伝えろ」


 無駄な仲介や駆け引きはいらない。

 目的は侵略ではなくヘルの持つ秘宝だけだ。

 ヘルと会わないことには話が進まない。

 走り去る兵士の後ろ姿を見ながら、サクヤが皮肉げに微笑を浮かべる。


「やればできるじゃない」

「今更なりふり構っていられないだろ」

「いい覚悟だわ。安心した」


 俺とした約束のことをサクヤは言っているのだろうか。

 それなら俺は大丈夫だ。

 もう迷いは一切ない。


 しばらくその場で待つ俺たち。

 兵士たちが戻ってくる気配はない。

 まだ時間がかかるのだろうか。

 そこで突然、風が吹き、目の前に大量の花びらが舞った。

 その異様な光景に俺たちは目を奪われる。

 花びらは渦を巻き、一か所に集まる。

 そして集まった花びらが再び四方に散ったとき、赤い装束を身にまとった美しい女性が現れた。


 「お主がユージかの? 噂は(わらわ)も聞いておるぞ」

 

 女性は袖口で口元を隠しながらそう言うと、俺の顔を見つめる。

 見た目は二十代、いやもっと若くてもおかしくない。

 その派手な見た目にばかり意識が行きそうになるが、相当な実力者であろう不気味なオーラを感じる。

 いきなり俺たちの目の前に現れた芸当にしてもただ者ではない。


「……お前がヘルか?」

「左様、妾がヘルじゃ。我が国にいきなり大勢で押し掛けるとは随分と派手な挨拶じゃのう」


 ヘルが皮肉を込めた微笑を俺に向ける。

 文句を言われるのは当然だ。

 だが俺たちもただの旅行でここに来たわけじゃない。


「俺たちの目的はここにある『伝説の槌ミョルニル』だ。それを渡してくれないか?」

「それは出来ぬな。あれは妾のものじゃ」


 俺の申し出を一蹴するヘル。

 やはり事前情報のとおり交渉さえ難しそうだ。


「どうしても駄目か?」

「うむ、あれは妾も気に入っておっての。誰にもやるつもりはないぞ」

「そうなると強引に奪うしかなくなるな。できれば穏便に解決したい」

「面白いことを言うの。妾に喧嘩を売るのなら望むところじゃ」


 ヘルは余裕のある表情を崩すことなく、むしろ好戦的ににやりと笑う。

 自らの実力とこの国の軍に絶大な信頼を置いているからだろう。


「俺は本気だぞ?」

「妾も冗談を言っているつもりはない」


 交わる冷たい視線。

 そのまま無言の時間が続く。


「……交渉決裂だな」

「仕方あるまい」


 そこでヘルの周囲に再び花びらが集まる。


「妾に歯向かったこと、後悔するがよい」


 強い風が吹き、俺の前に大量の花びらが飛んでくる。

 反射的に腕を顔の前に出す。

 腕を下げたときにはすでにヘルの姿は消えていた。


「消えた……」


 兵士たちがざわめく。

 ヘルヘイムの魔女の名は伊達ではないということか。

 俺は振り返ると、その場に控える兵士たちに聞こえる声で言った。


「全軍に告ぐ! これでヘルヘイムとの戦争は決定的になった! 今よりヘルヘイムの首都へ進軍する! わかっていると思うが民間人には手を出すな! ただし、邪魔をするものはすべて排除しろ!」


 俺の言葉に兵士たちも表情を引き締める。

 そして彼らは整然と、秩序立って進行を開始する。


「それにしてもあのヘルって人、想像以上に好戦的だったね」

「ええ、あの様子だとすぐにでも軍を寄越すかもしれないわね」


 フィーアの言葉に頷くサクヤ。

 そしてその予想は現実のものとなる。


 グニパヘリルを抜け、開けた平野へと出る俺たち。

 そこで前方からいくつもの足音が聞こえてきた。

 俺は兵士たちを立ち止ませる。

 次第に大きくなる足音。

 武器を持ったヘルヘイムの兵士たちであった。

 その数はざっと数千人規模はある。


「全員、武器を構えろ」


 俺たちは武器を構える。

 すると向こうはいきなり大量の矢を放ってきた。

 対話する余地もない。


「いきなり戦争開始ってわけか」


 放たれた矢を俺は一振りで吹き飛ばす。

 すべての矢が地面に四方八方に散らばって落ちた。


「本当にデタラメな人ね」

「ユージ様ならこのくらい造作もないことですよ」


 驚くスクルドにヘルヴォルが微笑む。


「ですが、ユージ様自ら最前線に出るのは、私としては、本当は心苦しいんです。必要であれば私はいくらでもユージ様の盾になります。死ねとおっしゃるのであれば死ぬ覚悟です。ああ、ユージ様、いつでも私に死ねと命令してください」

「いや、しないからな」


 自己犠牲の精神に溢れすぎなヘルヴォルにツッコミを入れる。

 もっとも、今の俺ならこの程度の攻撃であればたとえ数本受けたところで蚊に刺されたようなものだ。

 それだけヘルヘイムの兵士たちとはレベルの差があった。

 しかしそれでも再び矢の雨が飛んでくる。

 それを防ぎつつ、そのまま突っ込む俺たち。

 ヨトゥンヘイム軍とヘルヘイム軍が入り乱れる。

 恐れることなく俺に向かってくるヘルヘイムの兵士。

 近付いてくる彼らを剣で薙ぎ払う。

 いくら数がいようと俺の敵ではなかった。


「陛下の手を煩わせるな! 我々親衛隊の実力を奴らに見せてやれ!」

「ふふ、ユージ様に敵対した罰です。苦しんで死になさい」


 ブリュンヒルデたち親衛隊を中心に、こちらの兵士たちもヘルヘイム軍を順調に倒していく。

 戦況はヨトゥンヘイム軍が圧倒的に押していた。

 その中でも俺が目を引いたのはスクルドの活躍だった。

 斬りかかる兵士の剣を簡単にかわし、流れるような動きで逆に斬り返す。

 スクルドの武器はナイフだ。

 的確に相手の鎧の隙間を切り裂き、あるいは抉る。

 そういえばイクスがスクルドのことをニヴルヘイムで指折りの実力者だと評していたことを思い出す。

 その評価に偽りはないらしい。


「やるな、スクルド」

「ユージに比べたらこの程度、褒めるようなものじゃないわ」


 涼しい顔のスクルド。

 しかし褒められて嬉しかったのか微妙に顔が赤い。


「……そうね、ユージにはまだこれを見せてなかったかもね」


 スクルドはそこで右の手のひらを前方に向ける。

 するとその手の先に魔法陣が出現し、そこから光の束が放たれた。

 魔力の塊だ。

 放たれた光は兵士たちを一度に吹き飛ばす。

 以前にスカジが見せた魔法と同等の威力がありそうだ。

 かつてヨルムンガンドを封印したというスクルド。

 その本領は体術よりも魔力の方にあるようだ。


「よし、このまま一気に押し込め!」


 みんなの活躍により、この戦闘はヨトゥンヘイム軍の圧勝のまま終わった。


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