第十五話 暗殺者
そして出発の日が来た。
「ユージお兄ちゃん、頑張って!」
見送りに来たミストが俺に大きく手を振る。
「ありがとう、ミスト」
俺も振り返すと、ミストに付き添うリリアと目が合った。
「悪いな、リリア。留守は任せたぞ」
「……ユージ、死なないで」
心配そうな表情を浮かべるリリア。
「そんな顔するなって。大丈夫だ」
俺は少しでも不安を和らげようとリリアの頭を撫でてやる。
「……すぐに戻ってくるよね?」
ミストが俺の隣にいるカイに言った。
俺のときとは打って変わって泣きそうな表情。
カイとの別れが辛いらしい。
懐かれているのがよくわかる。
「ああ、すぐに戻る」
「本当に? 約束だからね?」
「ああ、約束だ」
カイがふっと微笑を見せる。
珍しい光景だ。
何だかんだカイの方もミストのことを気にかけていたようだ。
他の兵士たちも各々家族や友人、あるいは恋人との別れの挨拶を告げる。
「――それじゃあ、行くぞ」
鐘の音とともに宮殿の門が開門する。
武器を持った兵士たちが隊列を組んで歩いていく。
ついに俺たちはヘルヘイムへと進行を開始した。
目的のために甘さは捨てた。
もしヘルヘイムが秘宝を渡さなければ武力行使だ。
過去最大の軍勢を引き連れてヨトゥンヘイムを出発した俺たちは、数日がかりでヘルヘイムの国境まで来た。
国と国を隔てる大きな河。
そこに架かる巨大な石の橋を渡ればその先はヘルヘイムだ。
俺は乗っていた馬の足を止めさせる。
そこで、前の方が騒がしいことに気付いた。
俺は様子を見るために先頭へと行く。
橋の上に黒い人影が立っている。
その人影を俺はよく知っていた。
「……アサシン」
想定外の刺客の出現に思わず顔をしかめる。
「どうしてここに?」
「イクス、妨害はどうなって――」
そこでサクヤが言葉に詰まる。
俺もサクヤにつられてイクスのいる方向を見た。
そこで俺は目を疑った。
「すみません、どうやらプログラムの上書きをされたようです……」
イクスの姿がぶれて、その存在が曖昧になる。
目の錯覚ではなく、イクスの体が薄くなっていた。
「どうやら私はここまでのようです……サクヤ、あとは頼みました」
この時点でサクヤはすでに状況を把握したらしい。
いつもの冷静な表情に戻っていた。
「……ええ、任せなさい」
「最後までご一緒できずすみません。検討を祈ります」
イクスはサクヤに頭を下げると、そこで苦笑を浮かべてフィーアを見た。
「フィーアさん、私は感情というものを理解できません。ですが、あなたがユージさんに好意を持つ理由はわかる気がします……陰ながら応援しています」
それが最後の言葉だった。
イクスの姿は完全に消えてしまった。
突然の出来事に俺は状況を呑み込めないでいた。
唯一察しが付いている様子のサクヤに尋ねる。
「サクヤ、どういうことだ?」
「……イクスはこれまでメインシステムに干渉して、アサシンに私たちの位置を特定させないように妨害をしてくれていたの。だけどそれをアサシンというプログラムが上回った。この世界にいるイクスのデータに干渉して、イクスというサポートプログラムを削除してしまった」
「えっと、つまり?」
「アサシンは復活し、イクスはこの世界から消えてしまったってこと」
イクスを失ったショックを受け止める暇もなく、アサシンの登場に動揺していた。
状況は非常に不味い。
アサシンは今にも襲い掛かろうと俺たちの様子をじっと見ている。
そこでフィーアがアサシンの方へと歩み出た。
「みんな、ここから離れて。アサシンの目的は私だから」
「駄目だ、フィーア」
「私さえ消えれば、アサシンが行動する理由はなくなるから」
「っ!」
その言葉に俺は驚く。
フィーアもアサシンの目的を知っていたのか。
――
以前、俺はサクヤに尋ねたことがあった。
「サクヤ、アサシンは一体何者なんだ?」
「アサシンはバグを直すための修正プログラムよ」
「バグ? 修正プログラム?」
「要は機械の暴走を止めて正常に戻すことがアサシンの存在理由なのよ。暴走の原因であるフィーアを削除するためにアサシンは行動しているわ。ただ、アサシンは修正プログラムとしてあまりにも強力過ぎる。質の悪いことに目的のために手段を選ばないから邪魔をすれば私たちも襲ってくるの」
「フィーアを削除って、この世界から消えるってことか?」
「それだけで済めばいいけど、おそらくREV004からフィーアという人格も消えるでしょうね」
「人格が……消える?」
「つまりフィーアという存在の完全な死よ」
サクヤはあっさりとそう言った。
俺たちが現実世界に帰った後もフィーアという存在は生き続ける。
存在さえしていればいつかまた会うことができるかもしれない。
だから俺は納得して帰るという決断をすることができた。
フィーアが死ねばその希望さえも無くなってしまう。
「そんなことは絶対にさせない」
拳を強く握り締める。
「落ち着きなさい、ユージ。アサシンはチートだわ。下手をすると魔王より強いかもしれない」
サクヤは真剣な眼差しで俺をじっと見つめる。
口調こそ淡々としているが俺を心配してくれていることが伝わった。
「絶対まともに相手をしちゃ駄目よ。フィーアを守りたいなら彼女を連れて逃げなさい」
そこまではっきりと断言されては俺も頷くしかない。
「……わかった。その代わり、今のことをフィーアには言うなよ。フィーアのことだから絶対に自分が犠牲になるとか言い出すからな」
――
つまり一番会いたくない最悪の相手と出会ってしまったってわけだ。
あと少しだっていうのに……
「ユージくん、みんなに逃げるように命令して! プログラムそのものを書き換えるアサシンが相手じゃユージくんの時間を巻き戻すこともできない! アサシンに殺されちゃう!」
俺の主人公補正とやらもアサシンが相手では無効になるらしい。
本当に反則な存在だ。
「それでも、フィーアを犠牲にすることなんてできない」
「私のことはどうでもいいから! ユージくんは現実世界に戻らないといけないんだよ!」
案の定、フィーアは自分のことは顧みずに俺たちの心配ばかりしている。
だけど今回ばかりはフィーアの願いは聞けない。
「だとしても、ここでフィーアを見殺しにすれば俺は絶対に後悔する。そこまでして現実世界に戻るくらいならここで死んだ方がマシだ」
「同感だ。ユージ、フィーアを守るぞ」
カイも刀を構えて、アサシンと対峙する。
「ユージ、私とした約束、覚えているわよね?」
「すまん、サクヤ。でも逃げられる状況じゃないだろ」
あれだけサクヤに注意されたのに俺はアサシンと戦うつもりでいた。
ここで逃げてもアサシンは追ってくる。
また誰かが足止めのために犠牲にならなくてはならない。
それでは駄目だ。
それなら足止めの役目は俺がする。
「……馬鹿」
サクヤがぽつりと呟く。
俺は聞こえないふりをしてサクヤに言った。
「サクヤ、フィーアを連れて逃げろ。俺たちが足止めをする」
「断るわ。あなたが死んだら意味がないのよ」
手に持った銃をアサシンへと向けるサクヤ。
サクヤも戦うつもりらしい。
「お人好しばかりですね」
大鎌を構えたシーナがぽつりと呟く。
「だからこそここまで来られたんだと思います」
ユキが微笑を浮かべる。
「皆さんのそういうところ、素敵だと思います」
そしてアイも一歩前へ出た。
誰も逃げようとはせず、アサシンと戦う気でいた。
「みんな……」
その状況に戸惑うフィーア。
勝算があるわけじゃない。
それでも、みんなの思いは一つだ。
「フィーアは俺たちの仲間だ。俺たちがフィーアを守る」
ただ仲間を守りたい。
そこに人間もNPCも関係ない。
「陛下、ご指示を」
ブリュンヒルデが俺に尋ねる。
アサシンの実力を察して下手に突っ込まない辺りブリュンヒルデは優秀だ。
「ブリュンヒルデ、フィーアと一緒に兵士を下げさせろ。ここで余計な犠牲者を出したくない」
アサシンが相手では人数は意味がない。
むしろ兵士を失うことになるだけの可能性が高い。
それに、この世界にイクスの言うようなあらかじめ決められた設定があるとすれば、これはイレギュラーなイベントだろう。
アサシンは俺たちの責任で倒さなければならない。
「わかりました」
ブリュンヒルデの号令で兵士たちは後ろへ下がる。
しかし、命令を無視してその場に残った者が二人いた。
ヘルヴォルとスクルドだ。
「ユージ、状況がわからないんだけど、たぶんあの男は物凄く強いのよね?」
不安げな表情のスクルドが言った。
「ああ、奴はかなり強い。スクルドも下がっていてくれ」
「ユージ、私はあなたのことをまだ全然わかってないの。だから、こんなところで死んだりしたら許さないから」
「大丈夫だ。俺の実力は知ってるだろ?」
「だけど……」
スクルドがまだ何か言いたげに俺の顔を見上げる。
「ユージ様、私はユージ様をお守りするためにこの命を捧げると誓いました」
代わって、いつもの優しそうな微笑みを浮かべたヘルヴォルが俺に言った。
その微笑が僅かに曇る。
ヘルヴォルは怒っているように見えた。
「それなのに、いつもユージ様は率先して最も危険な前線で戦われます……私は自分の力不足が許せません。ユージ様に気を使われてしまうなんて家臣として失格です」
驚いた。
ヘルヴォルがそんなことを考えているなんて知らなかった。
「……ヘルヴォル、俺はお前のことを家臣としてだけじゃなく、大切な仲間だと思っているし、何より大切な人だと思っている」
「それなら私を使ってください。せめてユージ様の盾になることぐらいはできます」
「それはできない」
「どうしてですか?」
「俺はヘルヴォルのことが好きだ。好きな女の子を守るのは男の役目だろ」
盾になんてできるはずがない。
俺が止めなければヘルヴォルなら本当に躊躇いなくしてしまいそうだ。
「二人とも心配性だな。安心しろ。俺は強い。それにカイたちもいる。何も心配はいらない」
俺は二人に諭すように言った。
「すみません、出過ぎた真似をしました……」
「……わかった。あなたを信じるわ」
そう言ってヘルヴォルとスクルドもようやく下がってくれた。
残った俺たち。
「さて、啖呵を切ったからには絶対に負けられないな」
だが、俺たち全員でかかってもアサシンに勝てるのだろうか。
前回もアキラが犠牲になって撤退するのが限界だった。
アサシンは橋の上で俺たちの様子をじっと見ていた。
この場から近付いても遠ざかってもそれは戦闘の合図となる。




