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第十四話 遠征前の一幕

「さて、残る秘宝はヘルヘイムにある『伝説の槌ミョルニル』だけになったわけだが……」


 ヨトゥンヘイムに戻った俺たちは、最後の秘宝を手に入れるため、作戦会議を行った。

 宮殿の会議室に幹部クラスが顔を揃える。

 メンバーは俺、カイ、フィーア、ユキ、シーナ、アイ、サクヤ、イクスの他、親衛隊リーダーのブリュンヒルデ、サブリーダーのヘルヴォルの10人だ。


「ヘルヘイムはアースガルズに並ぶ厄介な国です」


 ブリュンヒルデが俺たちにヘルヘイムの現状について説明をする。

 俺たちがニヴルヘイムへ遠征している間、ブリュンヒルデたち親衛隊にはヘルヘイムへ赴き、情勢を探ってもらっていた。

 ヘルヘイムは軍隊が国を掌握している軍事国家だ。

 周辺国との外交は断絶しており、完全に孤立している。

 同盟は期待できそうにない。

 それでもやっていけているのはヘルヘイムの強大な軍事力のおかげであった。


「国を治める王は別にいますが、実質的な権力者は軍のトップに位置するヘルという人物です。彼女は『ヘルヘイムの魔女』と呼ばれており、彼女一人でもかなりの強敵です。我が国の総力をもって挑む必要があると考えます」

「イクス、あなたの知識ではどうなの?」


 サクヤが尋ねると、イクスが補足する。


「おおよそブリュンヒルデさんの説明どおりです、ヘルヘイムは面積や経済規模でいえばアースガルズより小さい国ですが、軍事力の一点でみれば同等と考えてもいいかもしれません。そしてヘルが『伝説の槌ミョルニル』の持ち主なのですが、彼女は秘宝を手放す気は全くありません」

「戦って奪うしかないってことか」


 カイの言葉にイクスは頷いて続ける。


「そのとおりです。秘宝を手に入れるならヘルヘイムとの衝突は不回避です」

「今のヨトゥンヘイムの軍事力であればヘルヘイムに引けを取っていません。仮に争うことになっても勝算は高いと思います」


 ブリュンヒルデの見込みに間違いはないだろう。

 事実、今の俺たちはロキのいなくなったアースガルズも支配下に置いており、物量では圧倒的に俺たちが有利だ。

 しかし、できれば戦争は回避したい。


「また戦争になるかもしれないんですね……」


 ユキが不安そうに呟いた。

 ユキだけでない。

 俺も、そしておそらくここにいるみんなも、争いを避けたいと思っている。

 敵も味方も関係なく、人が死ぬのが戦争だ。

 俺の一言で多くの人が死ぬ。

 たとえ本物の人ではないとしても、この世界ではみんなちゃんと生きている。

 戦争とはそれを奪う行為だ。


 思えば俺たちの旅の始まりは、俺の故郷の村にアースガルズ軍が攻めてきたことが始まりだった。

 あのときの怒りや悲しみは忘れない。

 しかし気付けば俺たちも同じことをしている。

 アースガルズのときは最初に攻めてきたのは向こうであったし、自国民を守るためという理由があった。

 今回は秘宝を手に入れるという目的があるとはいえ、こちらから仕掛けるわけだし、元々ヘルヘイムと敵対していたわけでもない。

 ヘルヘイムの住民からすれば俺たちは理不尽な理由で攻めてきた侵略者だ。


「交渉は本当にできないのか?」

「以前に使者を送ったときもはっきり断られています。交渉の場さえ設けるのは容易ではないかと」

「ヘルと戦うことはゲームをクリアする上では必須事項です」


 ブリュンヒルデとイクスによってあっさり否定されてしまった。


「暗殺……いや、こっそり秘宝を盗んでくることもできないのか?」

「ヘルの宮殿は守りが特に厳重で侵入するのも容易ではありません。暗殺は難しいかと。窃盗にしても、盗んだのが我々とわかればどのみち戦争になるでしょうね」

「それに残念ながらヘルを倒さないと秘宝は手に入らない仕様になっています」


 どうやっても戦うしか方法はないらしい。

 このゲームとやらを作った奴は意地が悪い。

 最後の秘宝だけあって簡単には手に入れさせてくれないようだ。


――


 会議室を出ると、俺は一人で廊下を歩いていた。


「浮かない顔をしているわね」


 そこで背後からサクヤが声をかけてきた。

 俺は足を止めて振り返る。


「別に気のせいだろ」


 素っ気なく答える。


「大丈夫。あなた一人で抱え込む必要はないわ」


 サクヤはそう言った。

 不意打ちに俺は言葉に詰まる。


「……なんのことだ?」

「顔を見ればわかるわよ。どうせ、自分のせいでまた人が死ぬかもとか考えてたんでしょ」


 図星だったので何も言い返せない。

 俺が無言でいると、サクヤは肩をすくめてため息を付いた。


「ユージ、真面目なのはあなたの長所だけど、考えすぎても疲れるだけよ。ここは仮想の世界で相手はNPC、人じゃないわ。割り切りなさい」

「だけどみんなこうして生きているんだ。俺はサクヤみたいに割り切れない」

「あなたがこれから生きていくのは現実の世界? それともこっちの世界?」

「それは……」

「現実の世界に戻るためには戦闘は避けられない。私だって、こんなリアルな世界で人を撃っても何も感じずにいられるほど鈍感ならどれだけ良かったか。だけど、それで一々立ち止っていたら目的は果たせないの。私はあなたたちをどんな手段を使ってでも現実世界に帰すと言ったはずよ」


 至近距離で俺を見つめるサクヤ。


「優先順位を間違えては駄目。現実世界に帰ると決めたならあなたも戦って。私に協力して頂戴」


 サクヤは厳しく突き放すように俺に言った。

 けれどそれがサクヤなりの優しさなんだろう。

 俺だって覚悟していたつもりだった。

 それでもサクヤの覚悟の前に、俺は甘かったのだと思い知らされる。


「わかってる。俺たちは現実世界へ帰ると決めたんだ。今更それを変えるつもりはない」

「本当ね? 約束よ?」

「ああ、約束する」

「わかったわ。それなら私もユージを信じる」

「ありがとう、サクヤ」


 そこでサクヤはふっと表情を和らげると、先に廊下を歩いて去っていった。


――


 束の間の休息。

 俺はスクルドと一緒に宮殿から街を見渡していた。


「この街を見渡せる場所に案内してくれない?」


 スクルドが俺にそう言ったのがきっかけだった。

 ニヴルヘイムから戻ってまだ数日。

 スクルドは色々なものに興味を示した。

 何もかもが新鮮であるという。

 ぴったりと俺にくっつくスクルドが上目遣いで俺を見る。


「それにしても、まさかユージが皇帝だったとはね」


 出会ったときに何も言ってなかったので今でもチクチクと嫌味を言われる。


「驚いたか?」

「ええ、それなりにね」


 皇帝になったことで力は手に入ったが制約も増えた。

 今でも外を出歩くと街の人たちに声をかけられるどころか人だかりができることもあった。

 そのため宮殿の敷地の外に出ることはあまりない。

 直接、街へと出向いてスクルドを案内できないのが残念だ。

 スクルドもそれをわかっていて俺をここへと誘ったのだろう。

 それでもスクルドはここから街の様子を見るだけで満足そうだったので安心した。


「私の知らない間にこんなに世界は大きく変化してたのね……」


 しみじみとスクルドは呟く。


「スクルドから見て、今の世界はどう思う? 昔より良くなったと思うか?」

「そうね……少なくともここから見た景色は素晴らしいわ」


 スクルドは街を見下ろしながら口元を綻ばせる。

 その微笑に俺は満足した。

 多くの人が笑っていられる世界こそが俺が作りたかったものだ。

 そのために皇帝になったのである。


「スクルド、俺たちはまもなくヘルヘイムに進軍する予定だ。戦争になる。それでも俺に付いてきてくれるか?」

「当然よ。私はあなたの近くにいたくてここにいるのよ。どこにだって付いていくわ」

「人が大勢死ぬかもしれない」

「きっとあなたにとって必要な戦いなんでしょ? 私だって元兵士よ。ユージに協力するわ」


 スクルドは迷いなく答えた。

 ヨルムンガンドを封印するほどの力を持つスクルドが味方にいるのは力強い。

 何より俺を信じて戦うと言ってくれたその気持ちが嬉しかった。


「ユージ、ここにいた」


 そこで後ろから声がして振り返る。

 それはリリアだった。


「どうした、リリア?」

「メイド長が探してた」


 何か相談事でもあるのだろうか。


「わかった、今戻る」


 そこでリリアが俺たち二人をじっと見ていることに気付いた。


「……どうした?」

「また別の人とイチャイチャしてる」

「別にイチャイチャはしてな――」

「あら、もしかして嫉妬してるのかしら?」


 スクルドがわざとらしく俺にくっつく。

 なぜそんな煽るような真似を……


「別に、そんなつもりはない」


 そう言いつつ、スクルドに対抗するようにリリアが俺の横にぴたっとくっつく。


「あら、そうかしら?」


 するとスクルドは俺の腕に抱きつき自分の方へと引き寄せた。

 二人とも小柄で似たような体型だが、胸はスクルドの方が大きいらしいな。


「むっ……」


 リリアも俺の腕に自分の腕を絡ませる。

 そのまま無言でお互いに視線を交わらせていた。

 にやにやと笑みを浮かべるスクルドと不機嫌そうなリリア。

 なんだこの状況は。


「ほら、これじゃ歩きにくいだろ。二人とも戻るぞ」


 俺はなんとか二人を宥めて歩き出す。

 二人とも腕に抱きつくことはやめてくれたが、それでも俺に密着して離れなかった。


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