第十三話 ヨルムンガンド
スクルドを先頭にして洞窟の中を進む。
次第に周囲の空気がこれまで以上にひんやりしてきた。
大きくて太い氷柱が何本も天井から垂れ下がっている。
しばらくすると大きく開けた場所に出た。
その中央に巨大な水溜まりがあった。
地底湖だ。
「ここにヨルムンガンドは眠っているわ」
そう言ってスクルドが俺たちを見渡す。
「覚悟はいい?」
「ああ」
「それじゃあヨルムンガンドの封印を解くわ……」
スクルドは湖に手をかざす。
すると水面に魔法陣が浮かび、光り輝き始めた。
眩い光が洞窟全体を照らす。
やがて光が収まると、魔法陣は消えた。
「離れて! 来るわよ!」
そして、水中から巨大な蛇が姿を現した。
「でかいな」
水面を覆うほどの大きな体。
人間など簡単に丸呑みしてしまえそうな大きな口。
その先に見える大きな牙。
これがヨルムンガンドか。
「本当に大丈夫?」
スクルドが心配そうに俺を見つめる。
「ああ、問題ない」
俺は振り返って、他のみんなにも聞いてみる。
「俺が相手をしてもいいか?」
「まあ、そういう流れだろうな」
「好きにしなさい」
「ユージの判断に任せます」
カイたちも俺に任せてくれるようだ。
同意をもらったところで、俺は剣を構えると、ヨルムンガンドに向き合う。
「それじゃあ、行くぞ」
同時に地面を蹴って走る。
そして跳躍してヨルムンガンドの胴体に乗ると、そのまま体を飛び移って頭部まで接近する。
再度大きく跳躍。
空中からヨルムンガンドを見下ろす。
そこで持っていた剣を抜いた。
まずは縦に大きく一閃。
さらに連続で剣を振るう。
難なくヨルムンガンドの胴体を切り裂いた。
うめき声のようなものを口から発し、ヨルムンガンドは粒子になりながら水中へと沈んでいく。
俺は地面に着地した。
どうやら終わったようだ。
「……凄い」
スクルドが呟く。
茫然とした顔で俺を見つめていた。
「思った以上に危なげなかったわね。それだけレベルが上がっているってことかしら」
サクヤが微苦笑を浮かべる。
口調こそ素っ気ないが、いつでも俺に加勢できるように準備していたことには気付いていた。
心配性な奴だ。
「まあ、自信はあったけど、俺も自分で驚いてるよ」
予想以上にあっさりと倒せたので拍子抜けしてしまった。
サクヤの言うとおり、それだけレベルが上がったということだろう。
ロキと戦う前の俺ならおそらく一人では倒すことはできなかった。
強敵と戦った経験。
そして魔王を倒して現実世界に戻るために、これまで地道にレベルを上げてきた成果だ。
「それで、秘宝はどこにあるんだ?」
カイが周囲を見渡しながら湖の側へ近寄る。
俺もそれに続いて水面を覗き込む。
すると、そこで水の中から木箱が浮かんできた。
「わざとらしいくらい都合の良いタイミングだな」
手の届く範囲だったので、すぐに木箱を拾い上げて中を開ける。
すると予想通り、そこに金属製の盾が入っていた。
これこそ『伝説の盾』である。
「これで残りはあと一つだね」
「ああ、順調だな」
もう少しで秘宝集めが終わると思うと、感慨深いものがある。
これまでの旅の記憶が思い出された。
だが、まだ終わったわけではない。
最後の秘宝を手に入れ、魔王を倒すまでは気を緩めてはいけない。
とりあえず洞窟を出て街へ戻ろう。
そこで俺はスクルドに視線を移した。
「スクルドはどうする?」
「え?」
「もうここに残る必要はなくなっただろ?」
「そっか……私は自由になれたのよね……」
スクルドはぼんやりとした様子で呟く。
自分が自由になったという実感がまだ湧いていないようだ。
「外で何かやりたいことがあるんじゃないか?」
「そうね……とりあえず、空が見たいわ」
「ああ、見に行こう。これからいくらでも見られるさ」
何とも慎ましいスクルドの希望に、俺は微笑ましく思う。
それでもスクルドにとっては大きな一歩だ。
それだけ長い時間スクルドはこの洞窟にいたのだから。
「そのあとは何をしたい?」
「……ごめんなさい、他に何も思い付かないの。自由になれるなんて思っていなかったから」
スクルドは自嘲する。
「焦ることはない。やりたいことはこれから見つければいいだけだ」
そう言うと、スクルドはじっと俺の顔を見つめてきた。
「……ねえ、それなら一つお願いしていい?」
「ああ、なんだ?」
「あなたの近くにいさせてくれる?」
「え?」
「私がこれからやりたいこと。もっとあなたについて知りたいの。駄目かな?」
「俺はいいけど……本当にいいのか?」
「うん」
俺がスクルドといられるのはほんの僅かな時間しかない。
いずれは別れるときがある。
それでもスクルドが望むのなら側にいよう。
俺には彼女を自由にした責任がある。
「わかった。これからよろしくな、スクルド」
「ありがとう、ユージ」
スクルドは微笑む。
それはスクルドが俺に初めて見せた、天使のような無邪気な笑顔だった。
「わかってはいたけど……」
「結局こうなるのよね」
「ユージは女たらしです」
「仕方ないですよ。ユージさんですから」
「さすがです」
なお、すぐ近くで呆れ声が聞こえてきたのは想定外だった。
やましいことは全くしていないのになぜだ。




