第十二話 洞窟の守り人
次の日の朝。
ベッドで体を起こした俺は窓の外を見る。
相変わらずちらちらと雪は降り続いていたが、吹雪は止んでいた。
俺たちは準備を整えると、すぐに街を出て洞窟へと向かった。
街を出てから半日ほど歩き、ようやく目的地へ着く。
高い崖を斜面に沿って下ったその先で、雪に埋もれるようにして洞窟はあった、
苦労して雪をかき分けて中へ入る。
洞窟中は外より暖かかった。
入口は広く、おおよそ大人三人が並んで歩いてもまだ余裕があるくらいである。
天井も高く頭をぶつける心配はない。
入ってすぐに洞窟内が明るいことに気付く。
洞窟の壁の随所にランプが設置されていた。
足元を見れば、石の敷き詰められた地面はある程度歩きやすいように均されている。
今まで疑問に思っていた、こういう明らかに人工的に造られたダンジョンの謎について、今なら理解できる。
この仮想の世界を造るときに、人の手によって設計されて最初から設定されたものなのだろう。
洞窟の奥へ進む。
徐々に通路が広くなっていき、所々で分岐している。
「周囲を警戒しておけ。そろそろモンスターが出てもおかしくない」
先頭にいたカイが言った。
今の俺たちならそこらのモンスターぐらい余裕で倒せるはずだ。
だが油断はできない。
「このダンジョンのモンスターのレベルは高めに設定されています」
イクスが補足する。
「イクスさんはなんでも知っていて凄いですね」
ユキが感心したように言った。
「いえ、私にもわからないことはあります」
「そうなんですか?」
するとイクスは頷く。
「例えば、モンスターの行動。パターンこそありますが戦闘中にどう動くかまではわかりません。また、ブリュンヒルデさんやヘルヴォルさんのように自立した人工知能によって判断しているNPCたちの思考や行動も把握できません。かつての国王であるロキにしてもそうです。ロキの存在や設定は知っていますが、ロキが普段からどういう行動を取るかまではわかりません。彼らは各自で思考して行動しているのです」
「イクスはあくまで事前にプログラムされた設定を解析しているだけなのよね」
サクヤはある程度理解しているようだが、俺は半分ほどしかわからなかった。
所々で馴染みのない言葉も出てくるからだ。
人工知能やプログラムと言われても俺にはそれをイメージできない。
そういう部分についてはそういうものなのかと割り切るしかなかった。
そしてダンジョンを攻略すること数時間。
度々出会うモンスターを苦戦することなく倒していく。
確かにレベルこそ今までのダンジョンのモンスターよりも高かったが、俺たちの方がはるかにレベルは高かった。
途中で階段を下りつつ下の層へと進む。
イクスによると洞窟は地下5階まであるらしい。
一階だけでも十分広く、迷宮のように入り組んでいるため面倒なダンジョンである。
だがそういう困難こそダンジョン攻略の醍醐味だ。
サクヤなどは時折険しい表情になっていたが、俺はむしろ楽しみながら歩いていた。
そしてついに最下層まで下りる。
そこで人影が見えた。
俺たちは警戒して立ち止る。
そこに腰まで髪を伸ばした小柄な女の子がいた。
振り返ったその子と目が合う。
「あれ? こんなところまで何の用? ひょっとして冒険者かな?」
向こうも俺たちに気付いて驚いた表情を浮かべていた。
彼女は人差し指を顎にやって首を傾げて俺たちをじっと見つめる。
それから俺たちの側へと無警戒な振る舞いでやってきた。
歳は俺たちとさほど変わらないくらいに見えるが定かではない。
色白で綺麗な肌。
幼さが残る声。
落ち着いた口調や仕草から感じられる妙な色っぽさ。
その妖艶で小悪魔的な雰囲気が彼女の年齢を曖昧にさせていた。
「俺はユージ。この洞窟にある秘宝を探しにここまで来た」
「へえ、やっぱり冒険者なんだ。私はスクルド。よろしくね」
「ああ、よろしく。ところで、スクルドはどうしてここに?」
するとスクルドはくすっと微笑を浮かべて言った。
「人払い」
思いがけない単語に俺は聞き返す。
「……人払い?」
「あなたたち、『ヨルムンガンド』って知ってる?」
「ああ、この洞窟にいるモンスターだろ?」
ヨルムンガンド。
この洞窟の主である。
そのモンスターを倒すことで『伝説の盾』が手に入るとイクスは言っていた。
だから俺たちはヨルムンガンドを倒す必要がある。
「知ってるならヨルムンガンドの強さも聞いてるでしょ? やめておいた方が身のためだと思うけど」
「いや、俺たちはヨルムンガンドを倒して秘宝を手に入れる必要があるんだ」
「秘宝? ああ、あの伝説の……そう、それなら止めはしないわ。どうなっても責任は取れないけど」
スクルドは素っ気なく答える。
「……スクルドは俺たちみたいな奴を追い返すためにここにいるのか?」
人払いという割には俺たちを無理に止める気はなさそうだ。
「まあ、本来の目的は違うけど。人払いは慈善事業みたいなものね」
「だろうな。冒険者なんてしょっちゅう来るようなものじゃない。それじゃあ本来の目的は?」
「……それを聞いて意味ある?」
スクルドは不思議そうな顔で俺を見る。
「意味はないかもしれない。だけど気にはなるな」
スクルドがこんな場所にいる理由は何なのか。
そもそもここにずっといるのだろうか。
「イクス、あなたなら彼女のことも知っているのよね?」
背後でサクヤが小声でイクスに尋ねた。
「ええ、彼女はニヴルヘイムの中でも指折りの実力者です。我々の力になってくれるでしょう」
イクスは淡々と答える。
イクスに聞けばきっと彼女の目的はすぐにわかるだろう。
だが、それはフェアじゃないような気がする。
彼女の目的は彼女自身の口から聞かなければならない。
「無理にとは言わない。でも、せっかくここで出会ったのも何かの縁だろ?」
「でも別に気分の良いものじゃないわよ。むしろ聞かない方が良いかもしれない」
「だけど知りたいんだ。俺は冒険者だからな」
「……変な人ね」
スクルドは呆れるようにため息を付くと、ふっと笑みを浮かべた。
しかしすぐにその表情が翳る。
「私は生贄なのよ」
そうスクルドは言った。
俺は黙って彼女の話に耳を傾ける。
「この国はかつてヨルムンガンドによって大きな被害を受けていたわ。ヨルムンガンドは年に何度か街へ出ては暴れて、家を破壊し、食料を奪い、人を浚っていく。大雪よりも厄介な災害よ」
そういえば俺たちが泊まっていた宿の主人が言っていた。
この街が発展したのはつい最近になってのことだと。
「人々はヨルムンガンドを何とかしようと懸命に考えた。だけどヨルムンガンドはとても強く倒すのは難しい。そして考えたのが、この洞窟に封印することだったわ」
そこでスクルドは一呼吸置くと続けた。
「封印するには大きな魔力が必要だった。当時、私はニヴルヘイムの兵士だったわ。そしてこの国の中で封印できる力のある者は限られていた。私は自ら立候補したわ。私一人が生贄になればこの国は平和になるんだから」
「……生贄、か」
「ええ。私はヨルムンガンドを封印したわ……だけどヨルムンガンドの近くに居続けなければいずれ魔力は弱まり封印は解けてしまう。おかげで私はこの洞窟から出ることができなくなった。だから、それが私のここにいる理由よ」
スクルドは肩を竦めて自嘲する。
彼女はずっとこの洞窟でニヴルヘイムを守り続けていたのだ。
「ほら、別に気分の良い話じゃなかったでしょ?」
俺の顔を見上げて苦笑するスクルド。
確かに軽く聞いていい話題ではなかったかもしれない。
しかし、俺はスクルドに尋ねる。
「……スクルドはそれで良かったのか?」
「もちろん。この国がヨルムンガンドに怯える必要がなくなったのだから喜ぶべきことだわ」
「外に出たいと思わないのか?」
そこでスクルドは一瞬言葉に詰まる。
「……そんなこと、言っても仕方のないことじゃない」
その様子を見て、俺は彼女がここから出たいと思っていることを悟った。
俺たちなら彼女をここから解放することができるかもしれない。
「なあ、スクルド。それなら俺たちを信じてみてくれないか?」
「どういうことかしら?」
「要はヨルムンガンドを倒せばスクルドはここにずっといる必要はなくなるんだろ?」
「まあ、そういうことになるわね」
「俺たちがヨルムンガンドを倒してスクルドを自由にする」
「あなた、馬鹿なの? 簡単に言ってるけどヨルムンガンドは強いわ。死ぬかもしれないのよ」
眉をひそめるスクルドに俺は断言する。
「大丈夫だ。これでも俺たちはこの世界の魔王だって倒そうとしてるんだ。モンスターくらい余裕で倒せるさ」
「魔王?」
スクルドは首を傾げる。
「まあ、スクルドが止めても、どのみち俺たちは秘宝を手に入れるためにヨルムンガンドと戦う必要があるんだ――この先にいるんだろ?」
目の前の暗闇の先に目的の秘宝がある。
ここで引き返す選択肢など初めからありはしない。
俺は洞窟の先に進もうと歩き始める。
他のみんなも黙って付いてきてくれた。
「待って」
背後で呼び止める声がする。
振り返るとスクルドは大きなため息を付いた。
「……良いわ。ヨルムンガンドのところまで案内してあげる」
どうやら心配で付いてきてくれるらしい。
「でも危なくなったらすぐに逃げてね」
「大丈夫だ」
その心配はない。
ヨルムンガンドは必ず倒す。
俺たちはスクルドと一緒に行動することにした。




