第八話 覚悟と迷い
ユージと別れたカイたちはロキのもとへと向かって走り続ける。
廊下を抜け、階段を上がり、二階へと進む。
「良かったのですか? ユージさん一人に任せて」
走りながらイクスが尋ねる。
「ユージがああ言ったんだ。何とかするだろう」
カイは躊躇いのない口調でそう断言した。
するとサクヤがにやりと口元を吊り上げる。
「随分彼を信頼してるのね」
「仲間だからな」
カイは無表情のまま、さらりと答える。
「羨ましいわね」
「何がだ?」
「そこまで一切迷いなく信頼できることがよ。この世界でそれだけ濃厚な経験をしてきたようね」
そう言ったサクヤは少し嫉妬しているような表情でカイを見た。
「カイだけではありません。ユージと一緒に過ごした時間なら私も負けませんから」
そこでシーナがサクヤに言った。
どうやらサクヤに対抗心を燃やしているようだ。
「……まったく、ユージは幸せ者ね」
サクヤは独り言のように呟くと、呆れたように微笑した。
宮殿の最上階、その長い廊下を駆けて奥へ進むと、目の前に大きな扉が見えた。
カイがその扉を勢いよく開け放つ。
その広い部屋の先にロキがいた。
「来たか」
『伝説の槍』を持ったロキは一人でそこに待ち構えていた。
そこから放たれる殺気がカイたちにも伝わってくるようだった。
サクヤが警戒した表情でロキを睨む。
「気を付けて。以前戦ったときよりもロキのレベルが上がっているわ」
「これもそういう設定ってわけか」
カイがつまらなそうに鼻で笑う。
今回も、そして今までの理屈の付かない現象の理由も、サクヤから聞かされた真実のおかげで納得した。
この世界が偽りの世界で、ロキも造られた存在だということをカイは受け入れていた。
だが、ロキを侮るつもりもない。
ゲームをクリアして現実世界に戻るためにはこの世界で死ぬわけにはいかない。
「まさかここまでとはな」
ロキが特に感情の感じさせない声で呟く。
無感動な瞳がカイたちを見つめる。
「だが、俺はこの世界を支配する。誰にも邪魔はさせない」
「ふん、陳腐な野望だな」
「お前たちに理解できるとは思っていない。さあ、さっさとやろう」
ロキはその手に持った槍を構えた。
鋭い殺気がロキから発せられる。
「シーナ、サクヤ、前衛を頼む」
「はい」
「任せて」
このメンバーの中で戦闘能力の優れているカイとシーナ、サクヤがメインで戦い、アイ、ユキ、フィーア、イクスが後方でサポートに回る。
ユージがいない場合を想定した陣形も事前に訓練していた。
「ロキはこの世界で魔王に次ぐ実力者として設定されているわ。この人数でも油断すれば犠牲者が出るわよ」
「じ、実は弱点があるとか何か攻略法でもあったりしないんですか?」
「そんなものないわ」
アイが一縷の望みに賭けて尋ねるが、無常にもサクヤはあっさりと首を振る。
「……だけど勝てない相手じゃないわ。ここまで来たあなたたちならね」
その言葉にユキたちは勇気付けられる。
ここまでこの世界で様々な経験をしてきた。
その経験が彼女たちの自信になった。
「そうですね。今までだって何とかなったんです」
「私たちだけでも戦えるってところをユージくんに見せなきゃね」
ユキの言葉に、フィーアが微笑む。
「勝ちましょう」
そしてシーナがぽつりと言った。
全員がそれに頷く。
対するロキは不敵な笑みを浮かべ、槍を構えた。
「――全員まとめてかかって来い、相手をしてやる」
――
スカジとの戦闘は過熱を極めた。
俺たちは至近距離で何度もぶつかり合う。
「ふっ!」
「っ!」
スカジの周囲に現れた魔法陣から光線が放たれる。
それを避けながらスカジに接近すると、スカジに剣を振り下ろす。
しかしそれはスカジの魔法陣によって防がれた。
そのまま俺の剣を受け止めた魔法陣が光を発する。
慌てて離れると、魔法陣からまた光線が放たれた。
「しつこいですわね」
「それはお互い様だ」
「っ、どこまでもわたくしたちの邪魔を!」
スカジの魔法は厄介だ。
近付くことがそもそも容易ではないし、近付いても防御魔法によって防がれる。
それでも俺は何度もスカジに接近して剣を振るう。
カイたちの助けがあったとはいえ一度は勝った相手だ。
俺一人で倒せない相手ではない。
俺の剣とスカジの魔法。
それを互いに至近距離で防ぎ、あるいは避けて反撃を繰り返す。
「このっ!」
「遅いな」
スカジとしてもできれば遠距離で戦いところだろう。
接近戦に持っていけるだけ俺にもまだ勝機はある。
「あなたをロキ様のところには行かせません!」
スカジの手元で魔法陣が光る。
ここまで戦ってきて何となくわかってきた。
スカジの魔法陣から光が放たれるまで数秒のタメがある。
僅か数秒。
普通は近付くのもままならない。
それでも俺なら可能にできる。
「っ!」
俺は能力を使って加速する。
間に合うか。
微妙な距離。
だが恐怖心はない。
行けると信じている。
それに俺には主人公補正があることを知っている。
「これで終わりだ!」
僅かな差だった。
スカジの魔法陣から光が放たれる直前、俺は剣を振り下ろす。
スカジの右手を切り落とした。
「ぐうっ……!」
スカジは腕を押さえて、地面に片膝を付く。
さらに剣を振り抜こうとした寸前で俺は手を止める。
改めてスカジの喉元に剣の切っ先を向けた。
「悪いが俺たちにも負けられない理由があるんだ」
「……殺しなさい」
「ああ、もちろんだ」
俺は持っていた剣を振り上げた。
俯くスカジ。
そのまま剣を振り下ろす。
黒いバラの髪飾りが地面にはらりと散った。
「……」
剣はスカジの横を通り、地面に傷跡を付けた。
目を開けたスカジは俺を不思議そう見つめる。
「……どうして?」
「お前はもう戦えない。勝負はついた」
いくらNPCだとわかっていても俺には今のスカジを殺すことを躊躇わせた。
戦えなくなった者に追い打ちをかける必要はない。
今の一撃で一気にダメージが蓄積したスカジは動くこともままならない。
これも体力が数値化されているこの世界だからこそ起こる現象らしい。
どのみちしばらく追ってくることはできないだろう。
これは戦争だ。
死者を出さないことは不可能だとわかっている。
人を殺す覚悟もできているし、すでに何人も人を斬っている。
それでも敵からも味方からもなるべく犠牲者を出したくない。
作り物だとしても彼女もここで生きているのだ。
その気持ちが俺を躊躇わせる。
「甘いのね」
スカジが嘲笑する。
そのまま彼女は気を失った。
大量に血を流し過ぎたせいだ。
「……ロキの元へ行かせてもらうぞ」
倒れたスカジを見下ろす。
このまま彼女は目覚めない可能性もある。
だが、もし目覚めることができたなら、後は逃げるなり追ってくるなり好きにすればいい。
斬った腕も回復のアイテムを使えば元に戻るだろう。
気絶したスカジをその場へ置いて先へと急いだ。




