第六話 包囲網
スカジ脱獄の知らせを俺が知ったのは、その事実から三週間も後のことだった。
ミズガルズの使者からの手紙を見た俺は、すぐさまみんなを集めて会議を開いた。
「間違いなくロキが絡んでいるだろうな」
そう断言したカイの言葉に俺も同感だった。
いくらスカジでも厳しい警備の中、単独で脱出は不可能だったはずだ。
おそらくロキが動き出したということだろう。
俺たちも最終決戦に向けて準備を進める必要がある。
「こっちらからもミズガルズに使者を送ろう。アースガルズ侵攻の協力を要請する」
ロキを叩くなら相手が疲弊している今が好機だ。
これまでは攻められっぱなしだったが、今度はこちらからアースガルズに攻め込む。
ミズガルズと連携すれば挟み撃ちすることも可能だ。
「ロキは『伝説の槍』を持っている。ゲームクリアのためにも戦闘は避けられないわね」
「ふん、魔王と戦う前のウォーミングアップにはちょうど良い」
サクヤの言葉に続いて、カイが僅かに口元を吊り上げた。
その言葉に俺も頷く。
「ああ、それにロキとは決着を付けないと個人的に気が済まない」
「そうだね。レンさんの悲願のためにも……」
悲痛な表情でフィーアが呟く。
いくらこの世界が造られた仮想現実だとしても、レンの復讐は達成させないといけない。
仲間が命を懸けてまで俺たちに託したその意志を無駄にすることなどできない。
「でもユージさん、消耗しているのは私たちも同じですけどこのタイミングで攻めても大丈夫でしょうか? アースガルズだって周辺国に援軍の要請を頼むのではないですか?」
躊躇いがちにユキが尋ねる。
「どうだろう。アースガルズはこれまで軍事力に物を言わせて好き勝手してきた分、敵も多い。今更他国には頼らないような気がするな」
「私も同感ですね。アースガルズ自身は大国ですが味方する国は少ないと思います。隣国のヴァナヘイムの動向が気掛かりですが、ミズガルズも動くのであればたいした脅威にはならないかと」
俺に続いてイクスが言った。
ヴァナヘイムはアースガルズの隣にある国であり、アースガルズの同盟国でもある。
しかし、建前はどうであれ実態は対等な関係のようにはとても思えない。
ヴァナヘイムの立場とすればアースガルズの脅威から身を護るために仕方なく同盟を結んだというのが本音だろう。
「俺たちだって援軍を頼むのはミズガルズだけじゃないぞ。同盟国のアルフヘイムの他に、周辺の国々にも協力を要請する。アースガルズの現状を伝えてこちらが有利と分かれば協力してくれる国もあると思う」
「アースガルズ包囲網ですね」
アイの言うとおり、これはアースガルズを包囲するための要請だ。
他国が牽制してくれるだけでもアースガルズの注意を分散させて戦力を大きく削れるはずだ。
「悪くはないわね。イクス、どこが手を組んでくれると思う?」
「そうですね……ヨトゥンヘイムの同盟国であるミズガルズとアルフヘイムは間違いなく協力してくれるでしょう。他にはヨトゥンヘイムの隣国で交易も盛んなスヴァルトアールヴヘイムも今後のヨトゥンヘイムとの関係を考えれば我々に協力してくれる可能性が高いです。また、ニダヴェリールもアースガルズとは比較的敵対関係ですし、ミズガルズが要請すれば経済的支援をしてもらえるのではないかと思います」
サクヤの問い掛けにイクスがすらすらと答える。
さすがは案内役。
各国のデータはすでに頭に入っているようだ。
「よし、そうと決まればすぐに動くぞ」
ニダヴェリールやスヴァルトアールヴヘイムも協力してくれるならこれほど頼もしいことはない。
ロキと決着を付けるため、そして現実世界へ帰るため、俺たちは着実に前へと進み始めた。
――
会議室を出ると、俺たちはそれぞれ自分の部隊へ指示をするために別れた。
これからアースガルズへ進軍するために俺も準備を急がなくてはならない。
「ユージ、気を付けなさいよ」
別れ際にサクヤが俺にだけ聞こえる声で囁いた。
「ああ、サクヤもな」
俺も小声で返答する。
そのままサクヤは先にすたすたと歩いて廊下の奥へと消えていった。
遅れて俺も廊下を進む。
それから間もなく、会議室の扉の前で警備をしていたヘルヴォルが駆け足で俺に近付いてくる。
「ユージ様、これからどうなさいますか?」
ヘルヴォルは俺の後ろに続いて廊下を歩く。
「まずは各国へ派遣する使者の選定だな。親衛隊にも護衛に動向してもらうことになると思う」
「では今すぐに親衛隊を招集致しますね」
「ああ、任せる」
ヘルヴォルは不満一つ言うことなく俺に付いてきてくれる。
この世界での彼女がそういう役割であることを知っていても、俺は彼女の献身に頭の下がる思いであった。
「……悪いな、皇帝になってから厳しい戦いが続いてばかりだ」
「いえ、その戦いでユージ様をお守りするのが私の役目ですから。ユージ様は私のことなど気にせずに好きなだけ私を使ってください」
「ヘルヴォル……ありがとう」
「私はユージ様と同じ道を歩みたいだけです」
ヘルヴォルの優しげな声が俺の胸に沁み込んでくる。
俺は改めて実感する。
やはり彼女たちはこの世界で生きているのだ。
例えこれが合理的ではない判断としても、俺は命を懸けてヘルヴォルを守るだろう。
「ユージ様、少しよろしいですか?」
背後でヘルヴォルが俺を呼び止める。
俺は足を止めて振り返る。
そのとき、俺の頬に温かい感触があった。
それはヘルヴォルの唇であった。
ヘルヴォルは俺からゆっくりと離れる。
「お守り代わりです。ユージ様にご加護があらんことを」
ヘルヴォルは自分の唇に人差し指をやりつつ、片目を瞑って恥じらうように微笑んだ。
――
ヘルヴォルに親衛隊の招集を任せ、俺は玉座の間へと向かう。
廊下を進んだところでリリアとミストに出会った。
ミストがぱたぱたと俺に駆け寄る。
「ユージお兄ちゃん、お仕事お疲れさま!」
「ああ、ありがとな、ミスト」
俺がミストの頭を撫でると、ミストは嬉しそうに目を細める。
おかげで俺も幾分緊張が和らいだ。
そこでふと、リリアがじっと俺を見つめていることに気付いた。
いつになく真剣な表情。
俺がリリアに視線を向けると、そこでリリアはぽつりと口を開いた。
「……また戦争にいくの?」
「ああ」
俺は肯定する。
リリアも宮殿内から漂う殺伐とした雰囲気を感じていたらしい。
「それは避けられないこと?」
「この国を守るためだ。今ロキを叩かなければアースガルズはいつかまた俺たちの脅威になる」
しかしそれだけではない。
都合の良いことを並べても結局は俺のためである。
村の復讐、レンとの約束、そしてゲームのクリア。
それがロキに拘る理由であった。
僅かな罪悪感を覚えていると、そこでリリアが言った。
「私はユージに助けてもらってばかり。私もユージの力になりたい」
「リリアはここでみんなのために十分働いてくれている。おかげで俺たちは安心して戦に集中できるんだ。それも立派な力だと思うぞ」
リリアの働きぶりには本当に頭が上がらない。
「でも、納得いかない」
「駄目かー」
俺は苦笑した。
リリアも相当頑固だ。
「リリアお姉ちゃん、この前の戦争のときもユージお兄ちゃんのことずっと心配してたんだよ」
ミストが俺に言った。
リリアには随分と心配をかけてしまったようだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
それでも俺は戦わなければならない。
「……ユージ、また帰ってくるって約束して」
「ああ、いくらでも約束するぞ。俺はまたリリアのもとに帰ってくる」
俺はリリアに断言する。
いつかはこの約束が果たせなくなるときがくる。
そのときは俺が現実世界に帰るときだ。
だから、ここにいるうちは何度だって約束しよう。
それが俺にできるせめてもの償いだ。




