第六話 奴隷少女との出会い
「さて、どこかにロープでもないかな?」
俺は周囲を見渡す。
とりあえず馬車の中に何か使えそうな紐でもないかと中を覘いてみる。
そこで、俺は言葉を失った。
その中には、怯えた表情の美しい少女がいたからだ。
「……あ、あなたは?」
目が合う。
少女の方も驚いた顔で俺を見つめた。
身なりは随分とみずぼらしく、顔色もあまり良くないみたいだ。
しかし、その美貌とスタイルに俺は見惚れてしまった。
おっぱいでかいなー。
そして、俺は彼女を見た瞬間に目だけでなく心まで奪われていた。
それは彼女がただ美しかったからだけではない。
俺はこの子になぜか懐かしいという感情を覚えたからだ。
それは例の夢を見たときと同じような感覚。
俺と彼女は初対面のはずだ。それなのに、どうしてこんな感情を覚えるのだろう。
俺は少女を凝視する。
彼女は目をぱちくりさせていた。
やはり見覚えはないはずだ。
それにしても、彼女のこの待遇。
やはり彼女は……
「あ、ありがとうございます!」
そこで、声がして俺は振り返る。
馬車の持ち主の男がすぐそこで頭を何度も下げていた。
一緒にいた御者も男の後ろで一緒に頭を下げている。
俺はそれに軽く相槌を打つと、男に尋ねる。
「なあ、あの女の子は?」
俺が少女へ視線をやると、男はへりくだった態度で言った。
「へぇ、あれは最近拾ったうちの奴隷です。ちょうど街であれを売ろうとしていたところを山賊に襲われたんです、はい」
やはり奴隷だったのか。
俺は初めて見たが、この国でも人身売買は特に珍しいことではなかった。
山賊たちは馬車ごとこの子もさらっていくつもりだったのだろう。
だから、奴隷に無理に情けをかける必要はないのだが、俺はこの子を助けたいと思った。
少女は大きな瞳で俺を見つめている。
奴隷に見慣れていないこともあるが、やはりこの女の子から感じる懐かしい雰囲気が気になるからだ。
「なあ、この子、いくらだ?」
「へ?」
商人の男が間の抜けた声を漏らす。
「俺が買ってもいいだろ? どうせ売るつもりだったんだしな」
装備品を買うために金は大目に持ってきてある。
高い買い物だが人助けだと思えばフィーアも分かってくれるだろう。
装備品はまた今度買えば良いが彼女は今しか手に入らないのだ。
少女は俺の唐突な申し出に目を見開いて驚いていた。
それもそうだろう。こんな男がいきなり自分を買うと言い出すのだ。
嫌悪されても仕方ないくらいだ。
商人の男は俺の話に一瞬だけ躊躇うような顔をしたが、俺が本気で買うつもりだと分かると、金額を告げる。
助けたお礼に多少安くしてくれたみたいだ。
俺は腰に付けていた袋から言われた額の金を差し出す。
これで彼女は自由の身だ。
ちなみに、気絶した山賊たちは馬車の中にあったロープで縛りつけ、後のことは商人の男に任せることにした。
『ビフレスト』の軍隊へ突き出せば多少の謝礼金も出るだろう。
彼らにしてもおいしい話なので断られることはなかった。
さて、あとはこの少女をどうするかだが……
「あ、あの、あなたはどうして私を?」
少女は恐る恐るといった様子で俺に尋ねる。
怯えているというよりも混乱しているのだろう。
突然見知らぬ男に買われた戸惑い、そしてこれから自分がどうなるかの不安、そういった感情を抱かない方がおかしい。
俺はなるべく彼女を安心させられるように、柔らかい口調で言った。
「君を助けたかった……なんて言ったらおかしいかな?」
「……いいえ。でも、どうしてですか? あなたは奴隷なら誰でも助ける方なのでしょうか?」
「いや、君だから助けたんだ」
「え?」
「君とは初めて会った気がしないんだ。あのまま別れてしまったらきっと後悔すると思った」
彼女に感じたあの懐かしさの正体を知りたい。
あのまま彼女と別れたら二度と会えないと思った。
俺は彼女との繋がりがほしかった。
いつでも会える存在でいてほしかった。
だから彼女を買ったのだ。
「ユージくん、ユージくん、その言い方だと彼女を口説いてるみたいだよ」
いつの間にか俺の隣にいたフィーアが、ジト目で俺を睨んでいた。
「ふ、フィーア、俺はそんなつもりはないからな?」
「本当に? いきなりこの子を買うなんて言い出すから驚いたよ」
フィーアも突然の事態に困惑した表情を浮かべていた。
二人きりで買い物だったはずが別の女の子が現れたのだからどういう顔をすればいいのか分からないその心境も分かる。
「あのまま見過ごすことなんてできなかったんだから仕方ないだろ」
「それはこの子が巨乳だから?」
「それは誤解だ!」
いや、確かに巨乳だけれども!
それが理由じゃないから!
「冗談だよ。ユージくんが優しいのはよく知ってるからね。それで彼女が自由になれるんだから私も不満を言うつもりはないよ。まさか躊躇いもなく貯めたお金を使うのは意外だったけど」
フィーアがそう言うと、少女は申し訳なさそうに俯いたまま謝る。
「ごめんなさい。私のせいで……」
「いや、君が謝ることはない。俺が自分のお金を好きに使った、それだけの話だ」
「でも……」
まだ少女は納得いっていない様子だったが、これが俺の本心だ。
いつまでもこの話題を引っ張っても仕方ないので、俺は別の話題を振ることにした。
そこで俺はまだ彼女の名前を知らないことに気付いた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はユージ、彼女はフィーアだ。君の名前は?」
「……ユキ、です」
少女はそう名乗った。
やはりその名にも聞き覚えはない。
初対面なのは間違いないようだ。
「ユキ、君はこれからどうする?」
「どう、とは?」
ユキは小首を傾げる。
「これで君は自由だ。なんでも好きなことをしていいし、どこに行くこともできる」
「……好きなこと……私は何をすればいいのでしょう?」
「それはユキが自由に決めればいい。俺はただ君にきっかけを与えただけなんだから」
できれば一緒にいたい。
そんな気持ちもあったが、俺が彼女にそこまで要求する権利はない。
いや、一応俺がユキを買ったんだから権利はあるんだろうが、俺はユキを奴隷として扱うつもりはない。
だから基本的にユキの決断を尊重するつもりだ。
「……私はユージさんと一緒にいたいです」
「え? ……いやいや、俺に気を遣わなくていいから、ユキの好きなように決めていいんだって」
「いいえ、私はユージさんと一緒が良いです。これが私のしたいことなんです」
潤んだ瞳で俺を見つめるユキ。
その目は真剣だった。
だが、俺は返答に困った。
きっとこれは吊り橋効果みたいなものだ。
一時の気の迷いだとユキに言ってやりたい。
ここにいる男は冒険と女にしか興味のない駄目人間ですよ、と。
しかし、そんな顔をされて断れるはずがなかった。
それに俺だってユキが一緒にいてくれる方が嬉しいのだ。
だから、俺はもう一度尋ねる。
「……本当に俺と一緒で良いのか?」
「はい……私は親切にしてもらった人に騙されて、さっきの商人の方に売られました。モンスターからもずっと逃げてきて、レベルも全然高くなくて、街へ行くと聞いたときにはもう普通の生活はできないんだと諦めていたんです……そんな私を助けてくださったのがユージさんでした。だから、私はユージさんと一緒にいたい。もう一度人の優しさを信じたい……こんな私ですが、あなたの側にいさせてくれませんか?」
ユキの様子は俺にはとても必死に見えた。
縋るような視線で俺を見つめる。
それはとても儚げで弱々しかった。
まるで繊細なガラス細工のようだ。
俺がユキを守らなければならない。
気付けばそう思っていた。
俺は大きく息を一つ吐く。
「……分かった。これからよろしくな、ユキ」
「は、はい! ありがとうございます、ユージさん」
ユキは何度も深く頭を下げた。
何だかんだユキのその嬉しそうな顔を見ると、俺もつられて顔が綻んだ。
しかしこれで良かったのだろうか。
結果的にユキの人生を俺が縛ってしまったのではないだろうか。
そう思ったが、俺も彼女を邪険に扱えるほど鬼ではない。
これも何かの縁だ。
ユキと出会った時点でこうなることは決まっていたのかもしれない。
俺は最後までユキの側にいようと決心した。
「……もう、ユージくんのバカ」
そこでぽつりとフィーアの拗ねた声が聞こえたが、今は気付かないふりをした。