第五話 夜の語らい
夜、自分の部屋で俺はユキと二人きりの時間をまったりと過ごす。
ベッドに腰かけ、俺の肩に寄り掛かったユキが俺に視線を向ける。
「私たち、現実世界では平凡な学生だったんですよね」
「ああ、戦争も旅もクエストも何もない。今より便利で快適な世界らしいな」
サクヤの話を聞く限りではそこはまるで楽園のようなところだった。
そんな世界が俺たちにとっての現実であるらしい。
俺はユキの肩に手を回す。
俺がユキと初めて出会ったときに感じた懐かしさも、今思うと現実世界の記憶のためだったのだろう。
「少し不思議な感覚です。経験したことを私たちは覚えていないなんて。向こうの世界では私とユージさんはどんな関係だったんでしょう?」
「きっと今とそれほど変わらないさ」
俺はユキをさらに抱き寄せる。
ユキの体温が俺に伝わってくる。
この感覚も偽りのものだとは思えなかった。
ここが仮想現実だとしても、俺はこの世界で生きている。
俺にとっては仮想の世界と現実の世界に大きな違いはないのだ。
「それにしても私たち全員が出会って一緒に旅をするなんて凄い偶然ですね。広い世界で記憶のない7人が出会うだけでも大変な確率ですよ」
「さあ……REV004の意思が働いたのか。それとも俺たちの記憶が無意識にそうさせたのか。それとも単なる偶然なんだろうか」
「きっと運命ですよ。そう思った方が素敵です」
そう言ってユキは少し恥ずかしそうに微笑を浮かべた。
「確かにその方がロマンチックかもな」
あのときユキを助けたのは紛れもなく俺の意思だ。
それは断言できた。
他のみんなと出会ったのも誰かの作為があったようにはとても思えないし、案外本当に運命って奴なのかもしれない。
「ユージさん、もし私たちが現実世界に帰ったとしてもフィーアさんはこの世界に留まり続けるんですよね?」
「ああ」
「フィーアさんもユージさんのことが好きなのに……そんなの悲しすぎます」
「サクヤが言うには、人工知能の一部として現実世界に意識は存在している、とのことらしい。良く分からないけどフィーアも現実世界に一応存在はしている。でも現実世界でフィーアと触れ合うことができないのも間違いない」
「何とかならないんでしょうか?」
「ユキ、こればかりは俺たちにはどうすることもできない」
俺は首を振る。
「そうですよね……すみません。ユージさんを困らせてしまいました」
駄目だと知りつつそれでも何とかしたいユキの気持ちは痛いほどわかる。
今回ばかりはそれに応えられないのが辛い。
「……私はできればみんなに幸せになってほしいです」
ユキがぽつりと漏らす。
「……そうだな」
俺もそう思う。
誰も不幸になってはいけない。
俺はフィーアを、好きになった女の子を幸せにすると決めたのだから。
――
月のない静かな夜。
男は石畳の階段を下りていく。
こつこつと足音が狭い通路に響く。
完全な暗闇。
だが、蝋燭一つ持たずに一定の歩調で進み続けるこの男には、全てが見えているとしか思えなかった。
そして男は地下牢へと降り立つ。
そこにはみずぼらしい女がいた。
右手を鎖に繋がれ、力なく首を垂れている。
衣服はボロボロで、露出した肌には鞭で叩かれたような痕があった。
「……酷いものだな」
男は言葉とは裏腹に眉一つ動かさずに呟いた。
その声に、女は空虚な瞳を男へと向けた。
そこで女の表情が驚愕へと変わる。
「……ロキ……さま……?」
「久しぶりだな、スカジ」
男は牢の中の女を無感動に見下ろす。
女の瞳に光が灯った。
「ど、どうして、ロキ様がここに?」
「スカジ、お前を助けに来た」
男は言った。
「アースガルズは皇帝ユージの率いるヨトゥンヘイムによって大打撃を受けた。多くの犠牲者を出し、ナルヴィたちも失った。アースガルズの復活にはお前の力が必要なんだ」
その言葉に女の瞳から一筋の涙が零れる。
「……こんな汚れてしまったわたくしをロキ様は求めてくださるのですか?」
「ああ、俺の隣を歩けるのは今やお前しかいない」
男は断言する。
淡々とした口調の中に、自らの野望に向けた熱い気持ちが込められていた。
「ロキ様、わたくしは元よりロキ様のためなら死ぬ覚悟もできていますわ。一生ロキ様に付いてまいります」
女は恍惚の表情を浮かべて男を見上げる。
スカジがビフレストにある監獄から脱獄したという事実をミズガルズ政府が知ったのはその翌日のことだった。




