第四話 仮想と現実の境界線
無事にスリュムヘイムの宮殿に着いた俺たちは、まず国民にアースガルズが撤退したことを知らせた。
結果的にはまずまずの成果と言っていいだろう。
アースガルズの戦力は大きく削ることができたが、ロキを倒すまでには至らなかった。
それでもアースガルズ軍の侵攻を食い止めたことで俺に対する国民の支持はむしろ上がっているとヘルヴォルから聞いている。
これが現実ではないとしても、この国の運営を適当にするわけにはいかない。
それに国を整備して軍事力を強化することは我が身を護ることにも繋がるだろう。
結局アキラは戻ってこなかった。
アサシンはおそらくまだ健在だ。
あれからアサシンの動向は不明だが、いつ襲ってくるか分からない。
そしてロキもまだ生きている。
今後も警戒を怠らないようにしなければならない。
「陛下、補充した訓練兵の指導が終わりました」
広間にやってきたブリュンヒルデがそう言った。
俺たちの軍は再編成をする必要があった。
戦力的にはレンとアキラの穴埋めをサクヤとイクスでするとしても、あの二人を失ったことによる打撃は大きい。
また、キースを筆頭に他にも多くの仲間が命を落としている。
以前のような安定した部隊の運用ができるようになるまではしばらく時間がかかるだろう。
「ああ、ご苦労だったな」
「いえ、勿体なきお言葉ありがとうございます」
「少し休んだらどうだ? まだアースガルズ軍との戦闘の疲れも残ってるだろ?」
「キース殿がお亡くなりになられた今、親衛隊の整備は急務です。それにまだロキは健在なのですから私が休むわけにはいきません」
「ブリュンヒルデは真面目だな……」
そこで俺はブリュンヒルデをじっと見つめる。
「な、なんでしょうか?」
「……いや、なんでもない」
俺は首を振ると、曖昧に微笑した。
やはりブリュンヒルデが機械の命令で動いている人形には思えない。
しかし彼女たちは人に造られた存在、NPCであり、現実には存在しないのだ。
俺はサクヤとイクスから現実世界の知識を多少教えてもらった。
俺たちのいた元の世界はアイテムという概念はないしエルフやオークのような種族も存在していない。 それに俺の加速能力のような特殊な力を持っている人間もいないらしい。
その代わりこの世界に比べて科学がかなり発展した世界らしく、ボタン一つで火を起こす装置や馬より早い速度で移動する鉄の乗り物、他にもコンピュータという自動で計算をしてくれる便利な機械などが存在しているらしい。
サクヤの銃も現実世界で生産されているものを元にしているらしいが、その構造はこの世界にある技術では再現不能であり、その技術力の高さを証明していた。
俺はそれを見たことないはずだが、それらの単語を聞くとなんとなく頭でイメージをすることができた。
おそらく俺の中に残る記憶のおかげだろう。
だが、その話を聞かされてもまだ実感が沸かなかった。
今の俺にとってこの世界こそ現実であり、ここに彼女たちは存在している。
ここにいる俺とブリュンヒルデたちに明確な違いはあるのだろうか。
俺のこの肉体も現実のものではなく、データという0と1の数字で構成されているらしい。
つまりこの俺の意識だけが、現実世界と仮想現実という二つの世界で俺が俺であることを結びつける証なのである。
今の俺という存在は果たして人間といえるのだろうか。
この世界でブリュンヒルデやフィーアたちと、俺に生物学的な違いがあるのだろうか。
俺は答えのでない思考の沼に飲み込まれていった。
「――どうしたの? 冴えない顔してるわよ?」
しばらく俺は一人で考え込んでいると、不意に近くから声が聞こえた。
顔を上げるとサクヤが俺の顔を見て首を傾げていた。
「なんだ、サクヤか」
「なんだとは何よ。私じゃ不満だったかしら?」
そう軽口を叩くとサクヤは口元を吊り上げる。
「随分と偉くなったものね。なかなか様になってるわよ」
「……サクヤからしたらこれも茶番に見えるんだろうな」
「ええ、ただの高校生が皇帝とは笑っちゃうわね」
「……俺をからかいに来たのか?」
俺は眉をしかめてサクヤに抗議の表情を浮かべる。
すると、サクヤは俺の質問には答えずに、真面目な顔で言った。
「和奏……ここではユキと呼んだ方がいいかしら? 彼女たちとはここでもイチャイチャしてるのよね?」
「ここでもって、まるで俺が向こうでもイチャイチャしてたみたいな言い方だな」
「ええ、あなたは記憶を失っても本質は何も変わっていないわ。相変わらずお人好しで、責任感があって、女の子を誑かしてる」
最後の一つは余計だ。
「むしろこの世界では悪化してるかもしれないわね。ヘルヴォルから悠二の武勇伝をたくさん聞かされたわ」
「別に俺が意図してやってるわけじゃない。気付いたらそうなってただけだ。……大体、ここでモテるのだって、REV004が俺に花を持たせようとしてくれただけなんじゃないのか?」
「その可能性もなくはないけど、無条件で誰でも悠二のことを好きになるわけじゃないと私は思うわ。現にあなたに好意を見せないNPCもいるんでしょ? どうせいつものように無自覚に好意を持たれるようなことをして、無自覚に口説いたんじゃないかしら?」
まるで見てきたかのような確信めいた口調でサクヤは言った。
「口説くとか人聞きが悪いこと言うなよ……まあ、俺だってモテないとは言わないけどな」
「あなたはお人好しだけどモテることは自覚してるものね。そこは評価してあげる。しかもこっちでは多少行動にも移しているらしいじゃない」
「ああ、俺はみんなを幸せにすると決めたんだ。いつまでも目を逸らすわけにはいかない」
「……それは惚気かしら?」
「そういうつもりじゃない。俺は誰かが悲しむようなことはしたくないんだ」
「はぁ、相変わらず根が真面目なんだから……あなたがモテるのは今更だけど、まさかその対象が人に限らないなんて、驚きを通り越して呆れるわ。人工知能を惚れさせた男なんてきっと世界であなた一人だけよ」
サクヤは俺に皮肉の籠った視線を向ける。
呆れられたところで俺にどうしろと言うのだ。
「それにしても、随分俺のことを知ったように言うんだな?」
「ええ、当然でしょ。現実世界で私とあなたは恋人だったのだから」
「え?」
「冗談よ」
サクヤはくすりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「……笑えない冗談はやめてくれ」
「あら、そんなに私が恋人だと嫌だった?」
「そういう意味で言ったんじゃない」
「もちろん知ってるわよ。あなたの性格は良く理解してるつもりだから」
もしかしてサクヤは俺をからかって遊んでいるのではないだろうか。
そんな気がしてきた。
現実世界での俺とサクヤは一体どんな関係だったんだろう。
そこでサクヤはじっと俺を見つめると、唐突に言った。
「悠二、あなたはこの仮想現実に執着があるかもしれないけれど、私はあなたを絶対に現実世界に連れ戻すから」
その瞳は決意に満ちていた。
「私にとっての現実はここじゃない。機械なんかに負けないわ。あなたを取り戻すためならどんなことでもするつもりよ」
俺とサクヤの以前の関係は分からない。
しかし、サクヤが本気だということは十分に分かった。
それなら俺もサクヤに答えなければならない。
「安心していい。前に言ったとおり、俺たちは魔王を倒して現実世界に帰る。それは変わらない」
全員それで意見は一致している。
サクヤが何を危惧しているのか知らないが、俺は目的に向かって進むだけだ。
「……あなたを信じるわ、ユージ」
サクヤはそう言い残して広間から出て行った。
俺はその後ろ姿を最後まで見つめる。
先程までの悩みはすでに消えていた。
もしかしてサクヤは俺を元気付けるためにここに来たのだろうか。




