第三話 9つの秘宝と魔王
「ありがとうみんな……でも、やっぱりみんなは現実の世界に戻るべきだと思う。私もようやく決心が付いたよ」
フィーアはまるで憑き物が落ちたようなさっぱりとした表情をしていた。
「今更こんなことを言っても遅いかもしれない。だけど私の我儘で多くの人に迷惑がかかったのも本当だし、やっぱり今のままじゃいけないと思う。みんなにずっと黙ってたのだって後ろめたい気持ちがあったからだし、今の世界がずっと続けば良いと思っていてそれが壊れるのが怖かったからなんだ……でもみんなには帰る場所がある。それに、レンさんやアキラくんもこのままじゃずっと眠ったままだし、サクヤさんだってユージくんたちのためにこれまで頑張ってきたんだから私が邪魔をするわけにはいかないよ」
もしレンやアキラが戻ってくるなら、それは歓迎すべきことだ。
フィーアもそれを望むのなら、俺たちは本来いるべき場所に帰るべきなのだろう。
そこに大きな別れを伴うとしても。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
俺はこの世界が好きだ。
なにより今の俺にとって、この仮想の世界こそが現実の世界なのだ。
簡単に割り切れるものではない。
「……みんなはどう思う?」
「にわかには信じられない話だな。フィーアが嘘を付いているとは思わないがすぐには判断できない」
「本当にレンさんやアキラさんが生き返るのなら現実世界に戻った方がいいとは思いますけど……」
「私は先ほど言ったとおり戻りたいという感情はありません。それでもユージが戻るという選択をするのであればそれに従います」
「うう、理解が追い付かないです」
反応はまちまちだが、みんな答えを出せないでいた。
動揺しているのはみんな同じだろう。
「急にこんな話を信じろというのも難しいでしょうね。だけど、私はどんな手段を使ってでもあなたたちを現実世界へ帰すつもりよ」
サクヤの口調には強い意志が籠っていた。
やはりその言葉に嘘はないと思えた。
「……フィーア、本当に俺たちは現実世界に戻るべきなのか?」
「うん、戻るべきだよ」
フィーアは即答する。
「その世界にはフィーアもいるのか?」
俺は決心してフィーアに尋ねる。
何となくわかっていた。
フィーアは俺たちとは違う存在だ。
だからフィーアはここに留まるしかないのではないか。
そして、フィーアは苦笑してから、首を横に振った。
「やっぱりユージくんは察しが良いね……現実の世界で私はユージくんと一緒にはいられない」
「じゃあ――」
「それでも、ユージくんなら、わかってくれるよね? あっちの世界にはユージくんたちの帰りを待っている人たちがいる。ずっとこの機械仕掛けの世界にいるわけにはいかないんだよ」
その切ない笑顔を見て、俺は何も言えなくなった。
これがフィーアの覚悟なのだ。
なんて勝手だ。
勝手に巻き込んでおいて、現実に帰れと勝手に決めて、俺の都合はまるで聞いていない。
それでもフィーアはこの決断を譲る気はないのだろう。
ようやく言葉を絞り出す。
「……結局、俺たちはずっと長い夢を見ていたんだな」
俺がたまに見る不思議な夢。
懐かしさを覚える夢。
それこそが現実の俺の記憶だった。
夢の世界こそが現実の世界で、この世界こそが夢の世界。
それなら――
「覚めない夢なんて存在しない」
夢の世界にはいつか終わりが来る。
ならばきっと夢から覚める時が来たのだ。
俺たちの本来いるべき世界はここではない。
レンやアキラもそこにはいる。
迷うことはない。
なにより好きな女の子の気持ちを尊重したかった。
――現実世界に戻ろう。
「フィーア、現実世界に戻るにはどうすればいいんだ?」
「っ……ありがとう、ユージくん」
フィーアは悲しげに微笑むが、すぐに表情を引き締めてから続けた。
「私の力じゃどうにもできないしゲームをクリアするしかないと思う。さっきも言ったけど私はシステムに干渉できないからみんなを強制的にログアウトさせることもできないしね」
「私もその意見に同感ね。最初は原因である彼女を消せば戻れるかもと思ったけれど、それは不可能だったから色々調べさせてもらったわ。けれど結論はゲームをクリアするしか現実に戻る方法はないというものだった」
フィーアの言葉にサクヤが頷く。
「それで、クリアの方法は?」
「それは――魔王を倒すことよ」
「魔王だって?」
サクヤの言葉に俺は思わず聞き返す。
「ええ、このゲームの隠しイベント、通称『ラグナロク』。このイベントで魔王を倒せば現実に戻れるはずよ」
サクヤはそう断言する。
それにしても魔王とはな。
カイが散々言っていた魔王が本当に存在するとは思いもしなかった。
まさかカイはすべて知っていて魔王退治に拘っていたのだろうか。
「カイ、まさかお前はこのことを知っていたのか?」
「いや、俺は魔王の噂を聞いただけだ。まさかクリアの条件だとは思いもしなかった」
カイは真面目な表情で首を横に振る。
俺は思わずズッコケそうになった。
どうやら考えすぎだったようだ。
「それで、そのイベントはどうやったら発生するんですか?」
「魔王が出現する条件は9つの秘宝を全て集めること。イベントの発生条件はそれだけよ」
シーナの問いに、サクヤが答える。
「9つの秘宝か……そういえば9つ揃うと魔王が現れるって噂もあったな」
初めて9つの秘宝のことをレンから聞いたときにそんな話をしていたことを思い出す。
「ふん、あと少しで魔王と戦えるというわけか」
カイがにやりと笑みを浮かべる。
アキラがこの場にいればカイと同じように喜んでいただろう。
「へぇ、本当に魔王がいたんだね」
フィーアが驚きを隠せずに呟いた。
先程言っていたとおりフィーアもこの世界の詳細までは把握していないらしい。
「魔王って言うからにはかなり強いんでしょうね……大丈夫でしょうか?」
アイが不安そうな声で言った。
「しかし、もしこの世界でユージが死んだら機械の方はどうするつもりなんだ? この世界にユージがいるからこそ意味があるんだろ?」
怪訝そうな表情を浮かべたカイに、フィーアが答える。
「だからユージくんが死なないように、REV004はユージくんに特別な力を与えたんだと思う」
「特別な力?」
俺が首を傾げると、サクヤが俺に言った。
「ユージ、あなたは気付いていないかもしれないけど、あなたがゲーム内で致命傷を受けたとき、現実世界では奇妙なデータが観測されているわ。それはどう見てもゲームのデータが書き換えられて、致命傷を受ける直前まで戻っているとしか思えなかった。まるで時間が巻き戻るようにね」
「時間が巻き戻っているだって?」
それに俺は何度か身に覚えがあった。
つまり俺がデジャヴを感じていたのは、実際に一度体験したからだったのか。
「きっとメインプログラムがユージくんにこの世界に長くいてほしいと思った結果なんだと思う。だからユージくんが死なないように配慮していた。その他にもNPCはユージくんをいろんな面で優遇してたんじゃないかな?」
「まさに主人公補正ってわけね。そんなプレイヤー一人を贔屓する都合の良い仕様が実際にあったらクソゲー間違いなしよ」
呆れたような声を出すサクヤ。
相変わらずサクヤの言っていることの半分も俺は理解できない。
「みんな気を付けて。全員が死んでゲームオーバーになればこの世界から戻ることはできなくなるから。いくらユージくんに特別な力があっても絶対とは言い切れないし、魔王は一人だけの力じゃ倒せない。もちろんNPCの仲間も大勢いるかもしれないけど、最後に勝負を決めるのはプレイヤーの差だと私は思うんだ」
「ええ、彼女の言うとおりだわ。なるべく犠牲を出したくないのは私も同じ。ここがゲームの世界だからって無茶はしないことね」
サクヤはそう言って皮肉げに微笑を浮かべた。
相変わらずどこかミステリアスで掴みどころがない。
「とにかく全員で協力してゲームをクリアしよう。みんなの記憶も現実世界に戻れば元に戻ると思う。記憶は消去したんじゃなくて信号を送っている間は思い出せないようになってるだけだから」
「そうですね。頑張りましょう」
胸元でぐっと拳を握ったアイがこくこくと頷いた。
「私も協力するわ。そのためにここに来たのだから」
「微力ながら私もサポート致します」
サクヤとイクスが続けて言った。
この二人が味方になってくれるのは心強い。
こうして俺たちは、現実世界に戻るために9つの秘宝探しを再開することとなった。




