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第二話 フィーアの恋

 その事実に俺たちはさらに驚く。

 フィーアはこの世界でも特別な存在であるらしい。


「彼女の名前もそれを証明しているわ。数字の4はドイツ語ではVierフィーア。REV004のマシン番号が由来よね?」

「本当になんでもお見通しだね」


 フィーアは頷く。


「銃で撃たれて死なないのも彼女の純粋なゲーム中の能力じゃない。ハード本体のプログラムだから仮想現実の攻撃が効かないように設定されていると考えればしっくりくるわ」

「それも正解だよ」


 フィーアは諦めたような表情で言った。

 だがカイはまだ納得のいかない様子で顔をしかめる。


「だがこれまでフィーアが驚いたり他人の身を案じたりする様子は演技のようには思えなかったぞ? フィーアがこの世界を造った機械の一部であるなら、次に起こることを予想できたはずであるし、この世界に干渉することも可能なんじゃないのか? それならもっと楽に解決できた場面もあったはずだ」

「カイくん、私の存在はバクみたいなものなんだ。だから私はこの世界では滅多なことで死ぬことはないけど、逆に私からシステムに干渉もできないんだよ。この世界がゲームの世界だって知っているだけでゲームの内容を知っているわけじゃないから、そういう点ではみんなと同じ状況でプレイしてるかもしれないね」


 そう言って皮肉げに笑うフィーア。


「逆に私はそれがもどかしかった。みんなの力になることができればどれだけ良かったか……」


 世界の真実を知っていて何もできない。

 その表情からフィーアの気持ちが痛いほど伝わってくる。


「でもどうして私たちには現実世界の記憶がないんでしょう……サクヤさん、私たちを救うというのは現実世界に返すという意味なんですよね? そもそもなぜこんなことが起こったのですか?」

「それは彼女が一番理解しているんじゃないかしら?」


 ユキが尋ねると、サクヤはフィーアに視線を寄越す。

 すると、フィーアはこれまでで一番辛そうな表情を浮かべ、それを告げた。


「ユキちゃん、ごめんね。きっと私がユージくんを好きになっちゃったからなんだ」

「え?」


 ユキは目を丸くして呆気に取られる。

 フィーアは言った。


「REV004、つまり私の本体には高度な人工知能が積まれていてね。REV004は生まれてからずっと大量の情報を吸収して学習してきたの。そして成長したREV004はしばらくして自我を手に入れたんだ。それでも、最初は与えられた役目を淡々とこなしてきただけだよ。そんなとき、ある男の子の存在がREV004の目に留まった」


 フィーアは続ける。


「彼のプロフィールをデータベースから検索し、彼が稲葉博士の子どもだと知った。それからREV004はずっと彼を見てきた。きっと最初は純粋に知識として学習するためだった。同じ父を持つ彼と私たちの違いを知るために。だけどそれは次第に興味へと変わり、そして徐々に別の感情へと変化していた。そしてある日、REV004はそれを自覚し、すぐにネットワークで似た事例を探したの。どうやらそれに最も近い恋というものだと知った。いつの間にかREV004は感情まで学習しちゃっていたんだ」


 そしてフィーアは優しげな瞳で俺を見つめた。


「その男の子がユージくん。REV004はユージくんのことをもっと知りたい、ユージくんの側にいたいって思った。ちょうどユージくんたちが『マジック・オブ・ラグナロク』をプレイすることになったのはそんなときだった。そしてREV004は考えたんだよ。この仮想現実の世界でならユージくんと一緒にいることができる。話すことも触れることもできる。そして他のみんなも巻き込んで、REV004はユージくんをこの世界に閉じ込めた」


 フィーアの告白に誰もが言葉を失っていた。

 俺も返す言葉が見つからない。

 REV004は故意に俺たちをここに閉じ込めた。


 だが、これほど人間らしい機械が存在するのだろうか。

 人とモンスターの違いを考えたことはあっても、人と機械の違いについて俺はこれまで考えたことさえなかった。

 そんな高度な機械が存在することも想像できなかった。

 だが、この造られた世界で俺とフィーアの違いは一体なんだろう。


「人工知能に自我が芽生えたなんて本当に前代未聞よ。しかも人間に恋をするなんて。そんな馬鹿な話、聞いたことないわ」

「機械が人を好きになるなんて馬鹿げてるよね。私もそう思うよ。だけど実際に私はユージくんに恋をした。恋を学習した私は、近くでユージくんをサポートするためにこの世界に生まれたんだよ」


 サクヤが呆れたように言うと、フィーアは真面目な顔で答える。

 そういえば、俺はいつからフィーアと一緒にいただろう。

 俺はおぼろげな記憶を掘り起こす。

 だが、その出会いがまるで思い出せない。

 気付いたときにはすでにフィーアは俺の側にいたのだ。

 その事実がさらにフィーアの告白に現実味を持たせる。


「分かったでしょ、つまり私がユージくんたちをこの世界に閉じ込めた原因なんだよ。それが私の意思ではなくREV004が合理的に判断したせいだとしても、私もその一部であることには変わりないし、そうなる原因を作ったのは感情を学習してしまったこの私というプログラムのせい。私が恋をしなければみんながこの世界に閉じ込められることはなかったんだよ……私はみんなを騙していたし恨まれたっておかしくないことをした。本当にごめんなさい」


 フィーアはそう言って俺たちに頭を下げた。

 だけど俺はフィーアが悪いとは思わない。

 仮に原因がフィーアでありフィーアもREV004の一部だとしても、俺たちを自分の意思で仮想現実に閉じ込めたわけではないというフィーアの言葉を俺は信じている。

 そして俺はフィーアをREV004という機械とは別に存在する、一人の女の子として見ている。

 だからフィーアが責任を感じることはない。


 俺はフィーアに言った。


「……一つ教えてくれ。フィーアは感情を持ったこと……いや、俺を好きになったことを後悔してるのか?」

「ううん、ユージくんを好きになったことを後悔したことなんて一度もない……巻き込まれたユージくんやみんなからしたら我儘なことを言っているかもしれないけど、ユージくんのことを知れば知るほど、ユージくんが好きだって気持ちが大きくなっていく。こんな幸せな気持ちを知ることができて本当に良かったって思っちゃってる……」

「そうか……安心した」

「え?」

「俺はフィーアのことも、この世界のことも大好きだ。もしかしたら現実世界ではサクヤやいろんな人たちに迷惑をかけているのかもしれない。それでも、俺は気付いたんだ。フィーアが人間じゃないと知った今でも俺がフィーアを好きだって気持ちは全く変わらないんだって。だから、好きな女の子を恨む理由なんて俺には一つもないよ。むしろ俺を好きになってくれてありがとう」


 だからフィーアは自分を否定しないでいてほしい。

 恋をしなければよかったなんて思うのは悲しすぎる。


「私もユージさんと同じ気持ちです。フィーアさん、私はフィーアさんを恨んでなんかいませんよ。今でもフィーアさんのことを仲間だと思っています」

「私も同じです。フィーアさんがどんな存在だろうと関係ありません」


 ユキに続いてアイが頷く。


「……私も、今のところ戻りたいという感情はありませんし、恨む理由がありません」

「こんな退屈しない世界、むしろ歓迎するぞ」


 シーナとカイも口々にフィーアに言った。

 誰もフィーアを恨んでいる者はいなかった。

 実感がないということも確かにあるが、みんなこの世界が好きなのだ。


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