真実の断片
約束の土曜日。
悠二たちは先に第一機械室に入っていた。
大きな椅子に座って足を伸ばし、クッション性のある背もたれに体を預けると、椅子とコードで繋がれたヘルメット型をした装置を頭に装着する。
その周辺には椅子から伸びたコードが壁際の大きな機械に繋がっていた。
私は二階にある管理室から、大きなガラス張りの窓の向こう側にいる悠二たちを見守る。
第一機械室は一階にあるが、二階まで吹き抜けになっており見下ろすことが出来るのだ。
そこにいる彼らのプレイデータからバグがないかチェックするのが私の役目だ。
超高性能コンピュータ、REV004。
高度な人工知能と学習機能を持つこのコンピュータの開発と、機械工学と電気生理学、そしてコンピュータ科学の融合によるバーチャルリアリティの技術は、日本初のVRMMOを実現可能にした。
世界的に見てもVRMMOの歴史は浅く、3年前に初めてドイツで実現に成功したばかりの技術であり、これから伸びていく分野として期待されている。
現状では容量の問題で最大で9人までしか同時にプレイできないのが難点であるが、これもそのうち開発が進むことで人数を増やしていくことができるだろう。
悠二たちはそんなVRMMOプロトタイプの作動テストを行うプレイヤーだった。
そして私は、招待された彼らと違い、プログラマーの一人として開発に参加していた。
彼らと同じ高校に通いつつ、私はプログラミング技術を見込まれこの研究所に非正規として雇われている。
開発に携わった者としては、出来ればその仮想現実の世界を悠二たちと一緒に体験してみたかったが、今回は観測者に回りデータの収集を優先することにした。
「――それではデモプレイを始めます」
スタッフの一人がマイクに向けて話すと手元のスイッチを入れる。
『メインシステム起動。ゲームヲ開始シマス』
するとREV004から送られてきたメッセージが小型の画面に表示される。
機械室内の電子機器が起動し、ヘルメッド型の出力装置を経由してプレイヤーの脳に電気信号を送る。
この信号が脳を刺激し、プレイヤーの意識を仮想現実へと移動させ、同時に感覚を共有させるのだ。
そして、デモプレイが開始された。
ゲーム名は『マジック・オブ・ラグナロク』。
異世界『ユグドラシル』でまるで現実を同じように行動できるその自由度の高さ、そして日本初のVRMMOであるのが最大の特徴だ。
また、プレイがマンネリにならないよう、同時にプレイできる最大人数である9人に合わせた設定を用意しており、開始場所や一人一つ持つことができる特殊能力はランダムで決定される。
仮想現実内での体感時間は現実の十分の一程度であり、長時間のやりこみプレイも可能である。
現状ではREV004のサポートがなければ仮想現実に意識を飛ばすことができないため、一般家庭に流通するのはまだ先の話になるが、これはVRMMOが世界に普及するための大きな一歩となるはずだ。
私は悠二たちプレイヤーの脳波の状態を観察してデータを取る。
途中までは順調にゲームは進行していた。
仮想現実で彼らが今何をしているのか外部から詳細までは確認できないが、脳波の動きと画面に映るステータス、そしてアシストメッセージにより、ゲーム内での現在地や戦闘中・移動中といった簡単な行動までなら確認ができた。
ここまで全員の脳波は安定している。
異常な箇所は見られなかった。
しかし、開始から五分が経過したところで突然、警告音が管理室内に鳴り響く。
「どうしたっ?」
「プレイ中の7人全員の脳波に異常あり! これは……REV004からプレイヤーの脳内にこちらで設定していない謎の電気信号が送られています!」
私の報告に他のスタッフたちも騒ぎ出す。
「今すぐプレイを中止させろ!」
「駄目です! 緊急停止装置が作動しません! 強制ログアウト不可能です!」
若い男性スタッフが悲鳴のような声で報告する。
「それじゃあ主電源を落とせ!」
確かに電源を落とせば脳内への信号も止まるため、プレイヤーの意識も戻るはずだ。
二人のスタッフがメインコンピュータの置かれた第一機械室に走る。
「一体何が起きているんだ……」
残されたスタッフたちは困惑の表情を浮かべてガラスの向こうの機械室を見下ろす。
そしてさらに追い打ちをかける情報が、機械室から息を切らせて戻ってきたスタッフによって告げられた。
「大変です! 第一機械室の扉が開きません! どうやら内側から電子ロックが掛かっているようです!」
「馬鹿なっ? 一体どうして……」
私を含め、この場にいた全員が完全にパニックに陥っていた。
どういうことだ。
これまでのテストでは完璧に作動していたプログラムに不具合が出ただけでも疑問であるのに、機械が命令を受け付けない今の状況はまさに非常事態である。
そこで、最初に気付いたスタッフの一人が叫ぶ。
小型の画面にREV004のメッセージが届いていた。
その内容は私たちをさらに驚愕させた。
『ゲームノ中断ハ不可能デス。ナオ中断ノ意思ヲ察知シタ場合プレイヤーノ脳ヲ破壊シマス』
それを目にした私たちの中でおそらく一番驚いていたのは、RVE004開発の第一人者である稲葉博士であった。
稲葉博士は目を見開いて絶句した後、厳しい表情で呟いた。
「人工知能が自我を持ったというのか……」
稲葉博士だけでなく他のスタッフにも動揺が広がる。
機械の反乱。
そんな馬鹿なことが実際に起こり得るのか。
「で、ですがREV004は一体なぜこんなことを?」
「まさか電子ロックを掛けたのもこいつだっていうのかっ?」
「それよりどうやって奴の機能を停止させますか?」
「いっそ研究所のブレーカーを下ろせばどうだ?」
「いや、すぐにREV004の内部電源が作動するはずだ。完全に止めるには機械室に入れなければ意味がない」
この場にいるスタッフだけではどうしようもなく、完全に手詰まりになる。
『命令ハ受ケ付ケマセン。命令ハ受ケ付ケマセン。命令ハ受ケ付ケマセン――』
画面にはREV004の無機質なメッセージが映し出されていた。
「っ、悠二!」
私はガラスの向こうにいる彼の名を呼ぶ。
しかし彼らはまるで眠っているかのように、その場から動くことはなかった。
――
プレイ中の事故か? 最新技術に不安の声
昨日、コンピュータ科学総合研究所にて高校生7人がVRMMOのデモプレイ中に意識不明となった。
原因はメインコンピュータの暴走と思われるが、詳細は現在も調査中。
当時、駆け付けた警備員がガラスを破壊し、メインコンピュータのある機械室内に侵入するも、コンピュータが外部操作を一切受け付けなかったため、動作を止めることはできなかった。
7人全員身体に異常は見当たらないが、いまだ意識は戻っていない。
開発の責任者は「前代未聞。プログラムにミスは確認されていない。被害者の救助と原因の追究に全力を尽くす」とのこと。
当機関は機械の破壊も検討しているが、被害者への影響が懸念されることから当面は見送られる模様。
現在は機械室内部に医療機材を搬入し、被害者の容態に気を配りつつ状況を見守っている。
巻き込まれた生徒の名前は次のとおり。
稲葉悠二、椎名梨音、月島戒、東条恋華、平野亮、藤高アイ、結城和奏――




