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第三十話 三つ巴の結末

 場はまさに混沌に包まれていた。

 もはや誰が味方で誰が敵なのか区別が付かない状況だ。


 サクヤはあの時と同じ、黒いドレスに身をまとい、その手には小型のおそらく銃と思われるものを持っていた。

 その後ろにはイクスと呼ばれていたスーツ姿の若い男も控えていた。

 彼女たちの乱入によって混乱する俺は二人の出方を窺う。

 彼女たちは俺たちの敵なのだろうか。


「ユージ、一度ここから離脱しなさい。アサシンはまともにやり合っても勝てる相手ではないわ」


 サクヤの凛とした瞳が俺を見つめる。

 どうして彼女は俺にそんな忠告をするのだ。

 それにアサシンとはあの乱入者のことを言っているのだろうか。

 間違いなく彼女は何かを知っている。


「君は一体……」

「話は後よ。安心しなさい、私はあなたたちの味方だから」


 サクヤは俺にそう言った。

 その言葉をどう判断していいか分からず、俺たちは何も言うことが出来なかった。

 サクヤは残った敵へ視線を移す。


「――いきなり乱入してきて随分と好き勝手に荒らしてくれるね」


 そうロキが言った。

 アサシンを倒してもまだ厄介な相手が残っていた。


「これはアースガルズとヨトゥンヘイムの戦争だ。このナイフ使いといい、お前といい、俺たちの邪魔をするな」

「あら、邪魔なのは私じゃなくてあなたの方よ」


 サクヤはそう言って目を細めると、流れる動作でロキに銃を向けると引き金を引く。


「くっ」


 ロキはその銃弾を間一髪避ける。

 そのままロキはサクヤに向かって駆け出す。

 サクヤはまだその場から動かない。

 しかし、そこでロキの肩に後ろから銃弾が命中した。


「なに?」


 そのあり得ない現象にロキは驚いて目を見開く。

 驚いたのは俺も同様だった。

 俺にはサクヤの放った銃弾が曲がってロキに当たったように見えたのだ。


「これが私の能力よ。私の銃弾は狙った獲物を逃がさない」


 サクヤは銃弾を連続で放つ。

 ロキはそれを左右に動いて全て避ける。

 しかし、避けたはずの銃弾が四方からロキに襲い掛かってきた。

 やはり銃弾が意思を持ってロキを狙っているようにしか見えない。

 おそらくサクヤの能力は銃弾を自在に操ることができるというようなものだろう。


「相手にすると厄介な能力だな」

「ああ、できれば相手にしたくないな」


 カイの言葉に俺は頷く。

 避けられない攻撃なんて反則だ。

 その時、何を考えているのか、ロキは正面からサクヤへと向かって突っ込んだ。

 ロキに銃弾を撃ち込むサクヤ。

 そこでロキの前に大きな影が立ちはだかる。

 ガルムがロキの盾になって銃弾を受け止めたのだ。

 ガルムはそのまま力尽きて倒れる。


「よくやった、ガルム」


 ロキの姿がガルムの体によって隠される。

 サクヤはそこで銃撃を一瞬躊躇う。

 そこに死角から飛び出したロキが槍を突き出した。

 サクヤは槍の側面を手に持った銃で捌くと、至近距離で銃口をロキへと向ける。

 ロキはそれを槍の持っていない左手ではたいて射線を逸らす。

 さらに右手で槍を起用に回して、サクヤの脇腹に槍の先を突き刺そうとするが、サクヤは左手でその柄を握って受け止めた。


 ロキは力任せに槍を押し込む。

 力比べではロキに分があったようで、徐々に刃先がサクヤへと押し込まれていく。

 だがサクヤはそこで空いている右手を伸ばし、ロキに銃口を向けて発砲した。


「っ!」


 ロキは寸前で上半身を動かして銃弾を避ける。

 銃弾はロキの頬を僅かに掠めた。

 ロキは堪らずサクヤから大きく距離を取る。

 そしてロキに向かって戻ってきた銃弾を槍で弾き落とした。

 こちら大概常識外れなことをしている。

 しかし激しい攻防にロキも僅かに肩で息をしていた。


「……ここまでか」


 そこでロキは呟く。


「っ?」


 そこで倒れていたはずのガルムがサクヤに向かって横から襲い掛かってきた。

 サクヤはそれを避けると、銃弾をガルムへと打ち込む。

 何発も銃弾をまともに食らったガルムは今度こそ息絶えた。

 しかし、ロキのいた場所へと視線を戻すと、すでにロキの姿が消えていた。

どうやら撤退したらしい。


「……終わったんですか?」


 側で見ていたアイが自信なさげに俺に視線を向ける。


「っ! いや、まだだ!」


 そこで俺は気付く。

 先程銃で撃たれたはずのアサシンが立ち上がっていた。


「……やっぱりあれくらいじゃ死なないのね」


 そう呟くサクヤの表情は、僅かに焦りがあるように俺には見えた。

 それだけアサシンが強敵だということだ。


「イクス、ユージたちを連れて先に離脱しなさい」

「了解しました、サクヤ」


 サクヤの命令にイクスが頷く。


「待て、一人であいつと戦うつもりか?」

「……あなたに死なれたら私が困るのよ」


 サクヤはぽつりと呟くと、そのまま俺に背を向ける。

 そして再びアサシンと戦闘を開始した。


「ユージさん、サクヤの言うとおりここは撤退しましょう」


 イクスは落ち着いた声で俺にそう提案する。

 だが、俺はそれに頷くことはできない。


「撤退には賛成だ。でもそのときはサクヤも一緒だ」

「しかし撤退するには誰かがアサシンを足止めしないといけません。それに私にはサクヤに代わって皆さんを護衛するという任務があります。ユージさんの意見を肯定することはできません。ここはどうか退いてください」

「だけど……」


 いくらサクヤが強くても、一人でアサシンと戦って大丈夫だとは俺には思えなかった。

 俺はサクヤとアサシンの攻防の行方を見守る。


「くっ」


 見るとサクヤは苦戦していた。

 アサシンは俺の想像を遥かに超える強さだった。

 やはりこのまま一人残しておくことはできない。

 アサシンはサクヤへと突っ込む。

 サクヤは銃弾を放つが、アサシンはナイフですべて切り落としてしまう。

 そしてついにサクヤの目の前までアサシンは迫っていた。


「っ――」


 アサシンのナイフがサクヤを襲う。

 そして甲高い金属音。

 俺はギリギリでアサシンのナイフを剣で受け止めた。


「君は俺たちの知らない何かを知っている。君こそここで死なれたら困る」


 だからサクヤを残して退くことはできない。

 剣を握っていた両手に力を入れて、思い切り振り抜く。

 ナイフを弾かれたアサシンは俺たちから一度離れた。


「ほら、撤退するぞ」

「でも誰かが足止めしないとすぐに追い付かれるわ」


 それは俺も理解している。

 だから俺が足止めをする。

 そう言いかけたとき、先に別の声に遮られる。


「ちっ、仕方ねえな。ユージ、こういう役目は俺に任せておけ」


 そう名乗り出たのはアキラだった。


「無茶だ、アキラ。それなら俺も一緒に残る」

「ここで大将が体張ってどうするんだ。俺に任せて他の奴らとさっさと逃げろ。一緒にいても足手まといになるだけだ」


 それは嘘だと分かった。

 アキラは犠牲を最小限に減らすために一人で残るつもりなのだ。


「そんな顔するなよ、ユージ。俺は飯の恩を返すだけじゃねえか」

「最初に会ったときのことを言ってるのか? もうとっくに終わったことだと思ってたぞ」

「細かいことは気にするなよ。たまには俺にも格好付けさせろ」


 アキラはこんな時だというのに、にやりと笑みを浮かべる。

 厳しい戦いになることはアキラだって理解しているはずなのに。


「ユージ、行くぞ」

「カイ?」

「奴はそう簡単に死ぬ男じゃない。ここは奴に任せておけ」


 まさかカイの口からそんな言葉を聞かされるとは思ってもみなかった。

 カイもアキラの覚悟に応えようとしているのだ。

 それは根拠のない気休めだと分かっているが、俺はカイの言葉に頷いた。


「アキラ、頼んだぞ」

「おう、任せとけ」


 アキラは片手を上げると、アサシンの前に立ちはだかる。

 同時に俺たちは撤退を開始した。


――


「さてと、それじゃあ付き合ってもらうぞ」


 一人残ったアキラはアサシンと対峙する。

 そこでアサシンは地面を蹴り、ユージたちを追いかけようとアキラの隣を抜けようとした。

 しかしアキラがその前にアサシンの正面に移動し、アサシンの行く手を阻む。


「おいおい、無視するなよ」


 するとアサシンは先にアキラの相手をすることにしたらしく、そのまま真っ直ぐアキラに突っ込んだ。

 顔を狙ってナイフを振り抜く。

 アキラは上半身を反ってナイフを避けると、アキラの腹部に拳を放った。

 アサシンはまともにそれを受けるが、僅かに後ろによろけるだけに留まる。

 まるで鉄板でも殴ったような手応えだった。

 しかしアキラは構わずに連続でアサシンを殴り付ける。

 アサシンは両腕を前に出して防御態勢でそれを全て受け切る。


「……なんつうデタラメな堅さだよ」


 アキラはアサシンに勝つつもりで挑んでいた。

 しかしアサシンにダメージを受けた様子はない。

 攻撃が止むと、今度はアサシンが素早い動きで、アキラは翻弄する。

 アキラはその動きを目で追うのがやっとだった。


 そしてアサシンは筋力も優れていた。

 アサシンが放った蹴りがガードしたアキラの腕を弾く。

 そこにすかさずナイフを振り下ろした。

 アキラが咄嗟に出した腕をナイフが切り裂く。


「ぐっ」


 さらにアサシンは続けてアキラの腕や脇腹をナイフで切り裂いていく。


「くそっ、ちょこまかと……」


 アキラの肉体強化の能力により、素手でもナイフと互角に渡り合うことが出来た。

 その辺にある並のナイフなら手刀で折ることも可能だ。

 振り下ろしたアサシンのナイフをアキラは手刀で受け止めた。

 その手から僅かに血が流れる。


「痛えな」


 だがアキラは気にせずに蹴りを放つ。

 それを腹部に受けたアサシンは後ろに吹き飛んだ。

 しかしアサシンは空中で回転して受け身を取ると、再び地面を蹴ってアキラの前まで一瞬で移動し、連続でナイフを振り抜く。

 アキラは何とかそれを捌いていくが、そこで腹部に痛みが走る。


「ぐっ……」


 アサシンのナイフがアキラの腹部に刺さる。

 そこでアサシンはナイフを引き抜いた。

 血が飛び散る。

 アキラはそこで膝を付き、地面に倒れた。

 アサシンはそれを一瞥すると、ユージたちが撤退した方向へ駆け出そうとする。


 だが、そこでアサシンは前につんのめりそうになり、動きを止めて足元に視線を移した。

 見ると地面に倒れたアキラがアサシンの足首を掴んでいた。


「行かせねえよ……今お前の相手をしてるのはこの俺だぜ」


 アキラは口から血を流しながらも両手に力を入れる。

 そこでアサシンは躊躇うことなくアキラの腕にナイフを突き立てた。


「ぐぅ……」


 それでもアキラはアサシンを離さない。

 それはアキラの意地だった。

 アキラは気力だけで体を動かす、

 しかし限界が近付いていた。


「ちっ、まだやれるだろうが……」


 アキラの体が粒子となり始める。

 それでもアキラは、何度刺されてもアサシンを離さない。

 体は殆ど消えかかっていた。

 そこでアキラを見下ろすアサシンと目が合う。

 アキラはにやりと笑みを浮かべた。


「ざまあみろ。俺の勝ちだ」


 そして、アサシンはもう一度、ナイフをアキラへと振り下ろした。



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