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第二十八話 デジャヴ

 圧倒的なロキの力に俺は膝を付く。

 ロキは先程から殆ど動いていない。

 当然体も無傷だ。


 対する俺は全身ボロボロだった。

 何度も吹き飛ばされ、時には槍の刃が俺の肩や足を掠めて傷口から血が流れる。

 痛みで体が悲鳴を上げていた。

 それでも、俺はまだ戦える。

 ここで諦めるわけにはいかない。

 俺は剣を支えに立ち上がると、再び剣を構える。


「……ユージ、お前は戦争が好きか?」


 不意に、ロキは言った。


「互いの兵士たちが次第に減っていき、最後に戦場に残るのは勝者のみ。死んだ者は粒子となって呆気なく消えてしまう。最初から存在さえしていなかったかのように……敗者に相応しい末路だとお前は思わないか?」


 その言葉で俺は周囲を見渡す。

 この周囲ではまだ互いの軍が戦闘を繰り広げていた。

 キースやブリュンヒルデたち親衛隊もそれは同様だった。

 俺たち大将同士の戦況を気にしつつも、近くの兵士たちと武器をぶつけ合う。

 弓矢が飛び交い、時折大砲から放たれた砲弾が近くで爆発する音も聞こえる。

 多くの人々が命を懸けて戦っていた。


「戦争なんて誰が好き好んでやるか」


 俺も決して戦闘行為自体が嫌いなわけではないが、そんな感想を持ったことはない。

 強い相手と戦いたい。

 より強くなりたい。

 そう思うことと戦争という行為が楽しいと思うことは全く別のものだ。

 実際は戦闘と戦争に違いなんてなくて、ただの感情論なのかもしれない。

 だけど、一緒にしてはいけないと俺は思う。

 少なくとも戦闘を望まない人々を巻き込んだ時点でそれは許されるべきではない。

 俺が眉を寄せると、ロキは小さく首を振った。


「そうか、お前なら理解できると思ったんだけどな。強いお前なら」

「それは皮肉か? 大体、勝手に親近感を覚えられても困るぞ。俺をお前みたいな平気で他人を巻き込む冷血漢と一緒にするな」

「いや、やはりお前は俺と同類だ――生憎、俺も戦争が好きだと思ったことは一度もない」


 意外にもロキはそう言った。


「戦争はただの手段だ。俺の目的のために利用しているに過ぎない。好き嫌いで分類できるものではないし、俺にとっては戦闘行為さえ手段でしかないんだ。だからユージ、お前は俺の野望のために死んでくれ」


 ロキは淡々と告げると、槍を構える。

 俺も剣を構えた。

 ロキにも信念があって他国へ侵略を続けていることは分かった。

 だがその理由が何なのか俺には分からないし、その理由を聞いてもきっと分かり合うことはできないだろう。

 そして、もはや今の俺にとって、その理由を考えるだけ無駄だった。


「ロキ、お前にどんな目的があったとしても、俺はお前を倒す必要がある」


 故郷の村の復讐だけじゃない。

 俺は皇帝として、ヨトゥンヘイムを守るために、ロキを倒す。

 俺は能力で加速すると、再びロキに接近する。


「何度やっても同じだ」


 ロキは俺の動きを見切ったように槍を出した。

 俺はそこで隠し持っていたものをロキへと投げる。

 その瞬間、ロキの目の前で激しい光が走った。

 それは『黄色の宝石』だった。


「なにっ」


 ロキは腕で顔を庇いつつ、槍を回転させて放電を四方へ逸らす。

 だがその隙に背後に回った俺は、ロキに剣を振り抜いた。

 すぐさまロキも反応するが、先に俺の剣がその右腕を切り裂いた。


「ちっ」


 ロキは僅かに顔をしかめつつも、構わずに槍を横に薙ぐ。

 俺はそれを後ろに跳んで避けるとそのまま一度離脱した。

 ロキは斬られた右腕を抑える。

 流れた血が腕を伝って地面に落ちる。

 表情は至って冷静で痛がる様子も見えないが、確実にダメージは与えたはずだ。


「どうだ、小細工も少しは役に立つだろ?」

「……ほんの少しだけな」


 ロキは苦笑いを浮かべると、そこで槍を俺に向けていきなり投げ付けた。

 その自然な動作に反応が遅れた俺は慌ててその槍を避ける。

 だが視線が逸れたその一瞬でロキは俺の懐に潜り込むと、左手で俺の手首に手刀を放つ。

 俺の手から剣が弾き飛ばされた。

 そのままロキは右手を俺の首元に伸ばす。

 俺はそれを手で払うと、逆にロキに拳を放つが、ロキはそれを片手でいなした。


 今度は至近距離でお互いに拳や蹴りを繰り出す肉弾戦となった。

 当然予想はしていたがロキは素手での格闘も強かった。

 俺はどちらかというとロキの攻撃を捌くので精一杯である。

 しばらく攻防を続けた後、どちらともなく離れると、お互いに自分の武器を拾う。

 そこでロキは口元に僅かな笑みを浮かべた。


「やはりお前は強い。これまで何度も俺の邪魔をしてきただけのことはあるよ」

「お前が俺の平和な生活を邪魔するからだろ」


 俺はただ平和に好きなことをして暮らしたいだけだ。

 それなのにいつもアースガルズが俺の居場所を奪おうとする。


「いい加減、俺も迷惑してるんだよ」


 再び俺は地面を蹴ると、ロキに向かって剣を振り下ろした。


「それはお互い様だ」


 そこでロキが槍を振り抜く。

 激しい風が俺に襲い掛かってきた。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 俺は剣で強引に風を切り裂いて進む。

 そしてロキの目の前まで接近した。

 そのまま剣を振り下ろす。

 だが、ロキはそれを槍で軽く受け止めると、俺の腹に蹴りを放った。


「がぁっ!」


 一瞬呼吸ができなくなる。

 勢いよく俺は後ろに飛ばされた。

 さらに、ロキは倒れた俺まで近付くと、俺の首元を片手で掴む。

 そのまま力任せに持ち上げられた。


「どうやらここまでのようだな」


 ロキの無感動な瞳が俺を見上げる。

 やはりロキは気合いだけでどうにかなる相手ではない。

 遠くでヘルヴォルたちが俺の名前を叫ぶ声が聞こえるが意識がはっきりしない。

 ロキは反対の手に持った槍を俺の胸に突き付ける。


「何か言いたいことはあるか? 一応聞くだけ聞いてやるよ」


 不思議と恐怖心はなかった。

 それは感覚がマヒしているからとか、生きることを諦めているからとか、そういった理由ではなかった。

 今の俺は自分が死ぬという気が全くしなかったからだ。


「……これで何度目だろうな」

「何がだ?」

「……自分が死ぬと実感した回数だよ」


 俺は再びデジャヴを覚えていた。

 目の前でロキが俺に槍を突き刺す光景。

 それはあまりにリアルで、実際に自分が体験したような感覚もある。

 だが、俺はまだ生きている。


「この世界から俺の存在が消えるまで、俺は勝ちを諦めるつもりはない」

「しかしここからどう打開する? 現実のお前はもう死の手前まで来ている」


 ロキは僅かに眉をひそめると、俺を掴む手に力を入れる。

 呼吸ができなくなる。


「っ、そうだな……それは、俺の、仲間に、任せるよ……」

「――っ!」


 そこで、一本の矢がロキに向かって飛んでくる。

 ロキはそれに気付いて俺から手を離すと、槍でその矢を弾き落とす。

 さらに二度、三度と飛んでくる矢を弾くと、ロキは俺から距離を取った。


「ごほっ、ごほっ、本当に死ぬかと思った」


 俺は首を擦ると、大きく深呼吸をする。

 これほど呼吸ができることに感謝したことはない。


「ユージくん、大丈夫っ?」


 矢を放ったフィーアが俺に駆け寄る。


「何とか間に合いましたね」

「良かったです。もう駄目かと思いましたよ」

「ユージのしぶとさは世界一だからな」


 ユキ、アイ、それにカイもそこにいた。


「周囲のアースガルズ軍も大体片付けておきました」

「これで形勢逆転ってところか。ユージ、感謝しろよ」


 シーナとアキラも遅れてやってくる。

 気付けば俺の周囲に続々と各部隊が集まってきていた。

 キースたち親衛隊の面々も全員無事のようだ。

 ヨトゥンヘイム軍がロキを完全に包囲する。


「そうか、ナルヴィたちがやられたのか……」


 その状況でさえロキは意外そうな顔を僅かにしただけで、相変わらず冷静であった。

 何を考えているのか分からないが、状況が俺たちに有利なのは確実だ。

 そこで、俺はまだ来ていない人物に気付く。


「そういえば、レンがまだ来ていないみたいだけど?」


 そこでフィーアとユキの表情が曇る。


「……あのね、ユージくん、落ち着いて聞いて」


 顔を伏せたフィーアが躊躇いがちに告げる。

 それを聞いてはいけないような気がした。

 嫌な予感がする。

 動悸が激しくなり、思わず胸を押さえる。

 だが、俺にはそれを聞く義務がある。

 そして、フィーアはそれを口にした。


「レンさんは――」



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