第五話 山賊と馬車
結果から言えば、俺たちはトロールを一体だけ倒すことに成功した。
カイとシーナのフォローもあり、トロール一体に集中的に攻撃して俺が剣でとどめを刺した。
だが、そこで三人とも疲労は限界にきており、魔力も付きかけていた。
まだ三体のモンスターを残しこれ以上の戦闘は危険と判断した俺たちは戦闘から離脱。
部屋から出ると、そこで『ノルンの羽根』を使い、ダンジョンから脱出した。
『ノルンの羽根』は便利だが発動まで時間がかかるのが難点だ。
戦闘からの離脱には向かない。
ダンジョンから出た俺たちは、その場で一斉に力が抜けたようにへたり込み、しばらく動けなかった。
それだけ緊張感のある戦闘だったということだ。
俺たちは当分の間はあの部屋には入らないつもりだ。
もっとレベルを上げて、十分に強くなってからもう一度挑戦しようと思う。
しばらくは気長に経験値稼ぎだ。
しかし、その経験値稼ぎも少し休憩となった。
ここ最近はひたすらダンジョンに潜る生活を続けていたせいで、俺たちは俗世から完全に切り離されてしまっていた。
良く言えば修行僧、悪く言えば引き籠りみたいなものだ。
相談の結果、たまには情報収集も兼ねた息抜きも必要ということになり、俺たち三人が再びダンジョンに集まるのは一週間後になった。
そして今日の俺は、フィーアと街に出かける予定だった。
ダンジョンでのサバイバル生活は経験値の他に金も大量に稼ぐことができた。
以前から良い装備品を買うためにずっと貯めていたのだが、今こそその貯蓄を切り崩すときがきたのだ。
それに、最近ずっとかまってもらえなかったフィーアが不機嫌なので、フィーアの機嫌を直してもらうための買い物でもあった。
ずっと心配させていたのだしそのお詫びというのもある。
「ふふ、こうして二人で出かけるのも久しぶりだね」
馬上のフィーアが、別の馬に乗っていた俺に微笑みかける。
「そうだな」
何はともあれ、フィーアが楽しそうなので良かった。
天気は快晴。
広い草原をゆっくりと馬を走らせながら、俺たちは横に並んで他愛のない会話を続ける。
たまに前方から吹き抜ける風が心地よい。
村を出た俺たちは、近くの街『ビフレスト』へ馬で向かっている最中だった。
移動時間は大体三十分弱というところだ。
時間はかからないが、途中にモンスターや山賊の脅威があるので移動にはそれなりの準備と注意が必要である。
俺たちの住む村『ギムレー』と違って、『ビフレスト』は繁栄していた。
『ギムレー』も治安が良く自然も豊かで住みやすいところなのだが、経済面では『ビフレスト』とは大きな差があった。
しかしそれも仕方ない。
『ビフレスト』は隣の国『アースガルズ』のすぐ側であり、『ミズガルズ』から『アースガルズ』へ行く際の中継地点として常に賑わっており、科学技術も発展している。
そのため周辺の交通網も整備されているのだが、旅人を狙った山賊の存在にはずっと悩まされていた。
俺たちもモンスターより山賊の心配をしながら、しかしのんびりと馬を走らせる。
「ユージくんっ」
「なんだ?」
「ふふ、呼んでみただけだよっ」
「そ、そうか」
満面の笑みでそんなこと言うのはやめてくれ!
可愛すぎるだろ!
フィーアが上機嫌過ぎて俺は困惑していた。
今日はずっとこんな調子だ。
そんなに買い物が楽しみだったのだろうか。
ま、可愛いからなんでも良いけど。
それに、俺もちょっと良いことあったしな。
俺はフィーアに気付かれないようにちらりと隣を見る。
目的は馬が前進する度に揺れるフィーアのおっぱいだ。
形の良いおっぱいが振動の度にたゆんと揺れる。
うん、眼福眼福。
「……どうしたの?」
「え?」
「なんだかにやけてたみたいだけど、私の顔に何か付いてるのかな?」
「そ、そんなことないぞ? ちょっと思い出し笑いをしてたんだ!」
「ほんとに?」
「ああ、本当だって。ほら、なんでもないから気にしなくていいって」
多少の罪悪感を覚えたが、おっぱいの魅力には勝てない。
俺は涙を呑んで誤魔化した。
すまん、フィーア。
「そ、それより、フィーアは何を買うのか決めてあるのか?」
「んー、実は見てから決めようと思ってるんだ。色々考えてたんだけど、街に出るのが楽しみであれもほしい、これもほしいって思うと結局迷っちゃって」
恥ずかしそうに笑うフィーア。
「そうなのか? そんなに今日の買い物が楽しみだったんだな」
「うん。ユージくんと一緒に出掛けるんだから当たり前だよ」
フィーアは当然と言わんばかりの表情で頷く。
またもや俺は不意打ちに言葉を失う。
フィーアはそんな俺の動揺に気付いた様子はなく、嬉しそうに続けた。
「だから今日はたくさん楽しもうね!」
「あ、ああ、そうだな。楽しまないと損だもんな」
俺の歯切れの悪い返答に満足しなかったのか、フィーアは僅かに頬を膨らませて眉をひそめる。
「ほんとだよ? こんなときまでダンジョンのこと、考えてたら駄目なんだからね?」
「もちろんそんなことしないぞ? 俺もフィーアとの買い物のことしか考えてないからな」
「そんなこと言うけど、前に『あまり深く潜らない』って言って地下まで潜ったのは誰だったっけ?」
「うっ、それは……悪かった」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
フィーアとの約束を破って地下まで潜った一件は完全に俺が悪かった。
あの日は帰って地下のことを報告するなり、フィーアに怒られてしまった。
過保護だと思わなくもないが、よっぽど安心したのか涙目になっていたフィーアを見ると、何も反論することができなかった。
「……でも、こうして最後はちゃんと無事に戻ってきてくれるから、ユージくんのこと信用してるんだよ?」
そう言って、フィーアはにこりと微笑む。
さっきからこの可愛い生き物は何なんだ。
俺はどきりとさせられっぱなしだった。
やっぱり今日のフィーアはご機嫌だ。
元からフィーアは優しいのだけれど、今日は特に優しい。
「でもその割には心配し過ぎじゃないか?」
「ユージくん、乙女心は複雑なんだよ? 信頼はしてるけど心配くらいはさせてほしいな」
そういうものなのか?
俺はよく分からないので曖昧に頷く。
なんにせよ、あまりフィーアに心配はかけさせたくないのも俺の本心だ。
ダンジョン探索はやめるつもりはないが、できる限りはフィーアの側にいよう。
――
その後も他愛ない会話を続けながらゆっくりと馬を走らせ、『ビフレスト』まであと十キロもないというところまで来た。
だが、問題はここからの数千メートルだ。
俺たちの今いる場所は、周辺を樹木に囲まれ、人の通り道だけ綺麗に地面が舗装されている。
『ビフレスト』へ行くにはここを通る必要があるのだが、その地形から山賊発生の注意地帯となっていた。
この森を避けて移動すると倍以上の時間をかけて大きく迂回する必要があるので、危険を承知でこっちの道を選ぶ者も多い。
俺たちもこのルートを選択して馬を走らせていた。
その途中、フィーアが小さく声を上げた。
「あっ、あれ見て、ユージくん!」
「あれは……」
そこで俺たちは異常に気付いて馬を停止させる。
前方で馬車が山賊に襲われていたのだ。
中から馬車の持ち主と思われる身なりの良い男が外へと引っ張り出される。
ナイフで脅された男はそのまま馬車の御者と一緒に、手を頭の後ろに回して地面に正座させられた。
護衛の兵士もいたようだが、山賊たちに襲われたらしく地面に倒れていた。
「大変だよ! どうしようユージくん?」
こういうのは本来、『ミズガルズ』政府の護衛兵や『ビフレスト』の軍隊の仕事であり、別に俺たちが危険を冒して助ける義務はないのだが、見て見ぬふりなんてできるはずがなく、俺はすぐに決断した。
「フィーアはここで待っててくれ。すぐに終わらせる」
「大丈夫?」
「ああ、三分で戻るよ」
俺は馬から降りると、一人で馬車へと近づく。
「おい、お前ら! その人たちを解放しろ!」
俺は自分に注意を向けさせるために必要以上に大声を出す。
その声で山賊たちはこちらに気付いて振り返った。
全員で五人か。
みんな頭にバンダナを巻きつけたガタイの良い男たちだった。
俺は奴らのステータスを確認する。
【ロス】レベル23 短刀スキルD
体力:240 魔力:178 筋力:280 耐久:163 敏捷:190
装備:銅のナイフ『筋力が10上昇』、盗賊の服『耐久が5上昇』、盗賊の草鞋『敏捷が5上昇』、盗賊のバンダナ『獲得金額微増』
【マイク】レベル17 槌スキルE
体力:198 魔力:124 筋力:240 耐久:136 敏捷:147
装備:樫の棍棒『筋力が10上昇』、盗賊の服『耐久が5上昇』、盗賊の草鞋『敏捷が5上昇』、盗賊のバンダナ『獲得金額微増』
【ケニー】レベル16 槌スキルE
体力:190 魔力:105 筋力:238 耐久:141 敏捷:125
装備:樫の棍棒『筋力が10上昇』、盗賊の服『耐久が5上昇』、盗賊の草鞋『敏捷が5上昇』、盗賊のバンダナ『獲得金額微増』
【ブラト】レベル13 短刀スキルE
体力:135 魔力:70 筋力:190 耐久:98 敏捷:110
装備:錆びたナイフ『筋力が5上昇』、盗賊の服『耐久が5上昇』、盗賊の草鞋『敏捷が5上昇』、盗賊のバンダナ『獲得金額微増』
【ジム】レベル13 短刀スキルE
体力:130 魔力:60 筋力:192 耐久:88 敏捷:106
装備:錆びたナイフ『筋力が5上昇』、盗賊の服『耐久が5上昇』、盗賊の草鞋『敏捷が5上昇』、盗賊のバンダナ『獲得金額微増』
やはり恐れるほどの相手ではなさそうだ。
『ヤルンヴィド迷宮』のトロールの方が強かった。
もっとも、こんなところで山賊なんてやっている連中のレベルなんて大抵はこんなもんだ。
俺は背中から剣を抜くと、山賊たちへとゆっくり近づく。
「なんだお前っ?」
山賊たちは警戒しつつも俺を威嚇する。
今にもその手にあるナイフや棍棒で襲い掛かってきそうな様子だ。
そこで気付いたが、地面に倒れている護衛兵たちは殴られて気絶しているだけのようだ。
死人がいないことに俺は安堵する。
「冒険者兼通りすがりの正義の味方だ」
できれば殺さずに撃退したいところだが、そんな甘ちょろい考えでの戦闘が危険だということはこれまでの経験で学んでいる。
場合によっては殺すことも躊躇わない。
そもそも山賊行為は法で禁止された立派な犯罪だ。
人間を襲うのはモンスターを狩るのとは訳が違う。
それを承知で奴らも山賊をしているんだから殺されても文句はいえない。
しかし、俺だって自分の手で積極的に人を斬ることはしたくないし、誰かが死んだら気分が悪い。
とりあえずは生きたまま捕獲して『ビフレスト』の兵士へ突き出すことを第一目的にすることにした。
護衛兵を殺していたら対応を変えていたかもしれないので、奴らは日ごろの行いに感謝するべきだ。
「ふざけやがって!」
「ぶっ殺してやる!」
案の定、騒ぎ出す山賊たち。
奴らには俺のステータスは見えていないんだろうか。
普通ならこのレベル差で戦うのは無謀だと思うものだが、きっとただの馬鹿なのだろう。
俺はあえて挑発を繰り返した。
馬車の持ち主を人質にされても厄介なので、怒らせて自分に注意を向けさせるためだ。
「来いよ。まとめて相手してやる。なんなら俺は素手で良いぜ?」
俺は剣を地面に刺し、両手に何も持っていないことをアピールする。
「舐めやがって、このガキ!」
激昂した山賊の一人が、ナイフを持って真っ直ぐ突っ込んできた。
俺は足を一歩動かして体を捻りそのナイフを紙一重でかわすと、そいつの伸ばした腕を掴む。
そのまま男の片腕を捻りあげた。
「い、痛てててててっ!」
堪らず男がナイフを落とすと、俺はそいつに足払いをする。
男がバランスを崩したところをそのまま投げ飛ばした。
男は背中から地面に落ちて気を失う。
「こいつっ?」
「ビビるな!」
「そうだ、やっちまえ!」
山賊たちは一瞬だけ怯んだが、すぐに俺へと一斉に向かってきた。
先頭を切ってきた男が棍棒を振り回す。
俺は一歩後ろへ下がって避ける。
さらに真横から別の男の棍棒が振り下ろされた。
棍棒が頭に当たる直前、俺は落下する棍棒を真横から平手で払った。
「え?」
男は目を丸くする。
軌道がずれた棍棒はそのまま空気を切り、地面を僅かにへこませる。
俺はそのまま勢い余ってたたらを踏んだ男の脇腹に蹴りを食らわせた。
男は勢いよく吹っ飛び気絶する。
その間、最初に棍棒を振るった男が俺にもう一度棍棒を真横に振り抜いていたが、俺は素手でそれを受け止めた。
「は?」
男は信じられないという表情で口をぱくぱくさせていた。
俺は何も特別な力を使ったわけじゃない。
男の筋力と俺の筋力及び耐久にこれだけ絶対的な差があるということだ。
「うおぉぉぉぉ!」
背後から、ナイフを持った男が俺に切りかかってきた。
俺は棍棒を掴んだまま体を開き、空いていた左手でナイフを持つ男の顔面に裏拳打ちを当てる。
同時に、棍棒を持つ男の鳩尾に蹴りを食らわせた。
これで四人が気絶したことになる。
「この化け物め……」
一番レベルの高いリーダー格らしき男が呻くように言った。
残ったのはこの男だけである。
「お前らが修行不足なんだよ」
ダンジョンの地下階層にいたモンスターの方が速かった。
これなら能力を使うまでもない。
「くそっ!」
男は俺に向かってくると、苦し紛れに何度もナイフを突き出す。
その速さはなかなかのものだが、それを全て俺は片手で防ぐ。
ナイフの側面を叩くことで軌道をずらしているのだ。
そして、ナイフの乱れ付きが止んだタイミングを狙って、この哀れな男の顔面に拳を当てた。
男は後ろに倒れて気を失った。