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第二十六話 開戦

 俺たちが進軍を開始してから三日後、ヨトゥンヘイム軍とアースガルズ軍の最初の衝突が起こった。

 ウートガルズからそれほど離れていない場所にある見晴らしのいい草原地帯。

 そこに軍を展開していたロキ軍と正面から対峙する。

 消耗戦になることが予想されるがロキを倒すにはできれば俺たちに地の利があるヨトゥンヘイム内で決着を付けたい。

 ここに全戦力を投入したのはそういう理由があったからだ。


 周囲で兵士たちの声と剣をぶつけ合う金属音が聞こえる。

 現在、大規模な白兵戦が行われていた。

 ヨトゥンヘイム軍の総兵力は全部で約五千人。

 対するアースガルズ軍は二千人程度と予想される。

 数では俺たちの方が勝っているが、戦況は有利とは言い難い。


「陛下、偵察部隊より報告です。アースガルズ軍は左右に広く陣を展開。ロキは敵陣後方から動く様子はないようです」


 落ち着いた声でキースが俺に告げる。

 俺たちは部隊ごとにそれぞれ分かれて行動していた。


「報告します。各部隊が敵の部隊長クラスと接触、戦闘を開始したようです」


 続けてブリュンヒルデが言った。

 敵がスカジ並の実力だとすれば苦戦は必至だが、各部隊すべてに増援を送る余裕はない。

 全員の無事を信じて行動するしかない。


「そろそろ私たちも出撃しましょうか?」


 俺の傍に控えるヘルヴォルが俺に尋ねる。

 その手に持つのは彼女の伸長より大きくて長い斧だ。

 アンバランスで奇妙な組み合わせであるが、それがヘルヴォルの武器であった。

 彼女はその細腕で、軽々とそれを自分の体の一部のように振り回すのだ。


「ああ……全員準備はいいな?」


 その場にいる親衛隊全員が頷く。

 作戦は単純明快。

 中央からの正面突破だ。


 戦を有利に運ぶための条件として大きなウエイトを占めるのは兵士の数とレベルである。

 兵士の数が多い方が有利なのは当然だが、それ以上に兵士のレベルによって数の優劣を覆すことも少なくない。

 レベルの差はそのまま戦力の差となるため、高レベルの兵士が一人いるだけで戦況は大きく変化する。

 そのため必然的にレベルの高い部隊長クラスが戦場の最前線に出ることになる。

 俺たちも後方で指揮をするだけでなく自ら戦うことでより戦局を有利に進めることができるのだ。


「親衛隊三十名。俺に続け。目標は敵の大将だ」


 俺たちはロキのいる敵陣後方を目指して一斉に駆けだした。


――


 カイは戦場を駆けていた。

 先陣を切り、敵陣の中央を突破していく。

 ロキ軍の攻撃を軽い身のこなしで避けつつ、逆に兵士を斬っていく。

 その動きはまるで神業であった。

 倒れた兵士は粒子となって消えていく。

 それに続いてカイの部隊の兵士たちが駆けていく。

 カイの圧倒的な武力を目の前で見せられたことで部隊の士気も上がっていた。


 それはすべてユージも想定していたことだ。

 カイの部隊を単独で突撃させたのも、ユージがカイを信頼しているからであった。

 並の兵士百人が集まってもカイ一人の代わりにはならない。

 敵陣のほぼ中央まで来た途中、そこで突然カイは足を止めた。


「む、止まれ!」


 そこでカイは部隊に下がるよう指示を出す。

 目の前に見知った男がいたからだ。

 男は戦場の真ん中だというのに一人でどっしりと立ち、カイたちを待ち構えていた。


「……久しぶりだな」

「あの時の刀使いか」


 カイが僅かに目を細めると、目の前の大男、ヴァーリが呟く。

 以前に宮殿で戦ったときに撤退したことはカイも多少気にしていた。

 あのときの借りを返せることにカイは小さく口元を吊り上げる。


「お前たちは先に行け。後で追い付く」


 カイは自分の部隊を先に行かせる。

 ヴァーリの方は最初から単独行動をしているらしい。

 そして、二人は静かに対峙する。

 肌を切り付けるようなピリピリとした空気を周囲に纏う二人。

 それは他の者を近づけさせない雰囲気があった。


「貴様はなぜ俺の邪魔をする?」

「俺が勇者だからだ」


 カイは至極真面目な表情で言うと、日本刀を構える。


「ふん、おかしな奴だ」


 対するヴァーリは素手であった。

 しかしそれでもその腕が並の剣に勝ることをカイは知っている。

 そしてヴァーリも、カイの実力をあの僅かな出会いの間で認めていた。

 一瞬の静寂。

 そして二人は衝突する。


――


「初めましてお嬢様方。私はナルヴィと申します」


 彼女たちに向けてナルヴィは道化師のような怪しい笑顔を浮かべた。

 フィーア、ユキ、レンの部隊は敵陣右側を突破している最中だった。

 その途中、そこで出会ったナルヴィの部隊と戦闘を開始。

 部隊はそこで足止めされる。


 ナルヴィを見た瞬間、ユキの背筋に寒気が走る。

 レベルを確認するまでもなく彼が最も危険な人物だとすぐにわかった。

 それはその場にいるフィーアも同様だったらしい。


「気を付けて、あの人ただ者じゃないよ」


 得体の知れない雰囲気。

 殺気を一切感じないのが余計にユキには不気味であった。

 そこでナルヴィは僅かに目を見開いて意外そうな表情を浮かべる。


「おや、あなたとは以前にお会いしたことがありましたね」

「覚えていてくれたんだ。てっきり僕のことなんか忘れたと思ってたのに」


 その言葉にレンは皮肉げな微笑を浮かべた。


「レンさん、知り合い?」


 フィーアが尋ねると、レンは小さく頷く。


「以前、僕がアースガルズに侵入してロキを殺そうとしたとき、邪魔をしたのがこの男だったんだ」


 ゆえにナルヴィはレンにとって因縁の相手といえる男であった。

 ナルヴィはレンに愉快そうな笑みを浮かべる。


「あのときより随分と力を付けたようですね」

「まあ、それなりにね」

「ですが、まだ私には及びません」


 ナルヴィは手にした杖を横に持つと、ゆっくりと鞘を引き抜く。

 その先端に刃物が付いていた。

 仕込み杖だ。


「やってみないと分からないんじゃないかな? それに、今は仲間もいるしね」


 力を合わせればナルヴィに勝てるかもしれないとレンは思う。

 逆にレンは一人でナルヴィと戦うのは危険であることを知っていた。

 レンは背後のフィーアとユキに向けて小声で囁く。


「……二人とも気を付けて、あの男に能力は通じない」


 その言葉に二人は驚く。

 そこで、銀髪に隠れたナルヴィの片目が、一瞬光ったようにユキには見えた。


――


 アキラ、シーナ、アイの三人は敵陣左側を担当していた。

 左右から囲むような陣形を取り、アースガルズ軍に攻め込むヨトゥンヘイム軍。

 数ではヨトゥンヘイム軍が勝っているが、アースガルズ軍が持ちこたえていた。


「オラオラオラァ!」


 アキラが敵の兵士を吹っ飛ばす。

 周囲の兵士が巻き込まれて一緒に吹き飛ばさされた。


「兄貴に続けぇ!」

「うおおおおっ!」


 他の兵士たちもアキラに続いて勢いよく敵に切り込んでいく。

 アースガルズ軍もその勢いに気圧されて動きが鈍っている様子だった。


「……これでは歯応えがないですね」


 シーナの鎌が兵士を切り裂いていく。

 突撃するアキラの部隊が仕留め損ねた相手をシーナの部隊が倒していく。

 そして、アイの部隊はその二つの部隊をさらにフォローする形で前へ進む。


「皆さん、上空は気にせずに進んでください!」


 飛んでくる弓はアイが結界ですべて防いで直撃を避けていた。

 おかげでここまでは真っ直ぐ敵陣を駆け抜けることができた。

 しかし、それも中盤まで来たところで彼らの足が止まる。

 そこで大きな獣の咆哮が聞こえてきた。


「な、なんだ?」


 最初に異変に気付いたのはアキラの部隊だった。


「ギャオオオオオッ!」


 地鳴りとともに、目の前に大きな狼が姿を現す。

 大きな口を開けたそれは、そのままアキラたちに向かって突っ込んできた。


「ちっ、てめえら避けろ!」


 アキラは慌てて叫ぶと、自分も真横に飛んでそれを回避する。

 だが兵士の数名が獣の突進を避けきれずに巻き込まれてしまった。


「くそっ、なんだあいつは?」


 舌打ちをしたアキラが巨大な狼を睨み付ける。


「あれはもしかして……ガルム、ですか?」


 シーナが狼を見つめてぽつりと呟いた。


「ガルムだと?」

「私も噂で聞いたことがありますっ。人語を理解する伝説の魔獣、ガルム。まさかアースガルズに従っているなんて……」


 その事実にアイが絶句する。

 ガルムは唸り声を上げ、獲物を定めるようにアキラたちの様子を窺っていた。


「ふん、魔獣とはおもしれえ。てめえらは下がってろ。こいつは俺がやる」


 アキラが自分の部隊の兵士に指示を出す。

 兵士たちはそれに従ってガルムから距離を取った。


「一人で相手をするのは危険です。私も参加します」


 シーナもやる気満々で大鎌を構える。

 二人とも強敵と対峙できることが嬉しそうだった。


「あわわ、お二人ともあまり無茶はしないでくださいね」


 唯一この場で常識人といえるアイがバトルマニアの二人を窘める。

 しかしアイもいざという時は二人のフォローをするつもりだった。


「ギャオオオオオッ!」


 そしてガルムがアキラたちに向かって走り出す。

 こうして各地で高レベル同士の戦闘が始まった。



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