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第二十五話 騒動

 それは唐突に起こった。

 ヨトゥンヘイムの端にある街、ウートガルズ。

 城壁に囲まれたこの街もユージたちの尽力によって以前よりも豊かになっていた。

 人々が賑わう昼間の中心部。

 至る所から笑い声が聞こえてくる。


 だがそのとき、空気が激しく振動した。

 多くの人々が大きな爆発の音と強い揺れを感じた。

 それは城壁の外で起こったものではあったが、大衆の注意を向けさせるには十分過ぎた。


 呆気に取られる人々。

 想定外の出来事に思考が追い付いていないのだ。

 しかし立て続けに爆発音が聞こえてきたことで人々は現実に引き戻される。


「な、なんだっ?」

「きゃああああ!」


 周囲から悲鳴や怒号が飛び交う。

 パニックになる人々。

 だが、それは皮肉にも現れた侵略者たちによって沈静化されることになる。

 そして人々は、全身真っ黒な軍服を着た集団を見た。


「この街はロキ軍の支配下に入った!」


 戦闘に立つ厳つい顔の男が大声を張り上げる。

 人々は水を打ったように静かになり、その声に耳を傾ける。


「我々アースガルズはヨトゥンヘイムに宣戦布告する。今をもって街への出入りを禁じ、我々に従ってもらう。抵抗する者には容赦しない」


 それに反抗しようとする者はいなかった。

 この街にも武装した軍隊がいるのだが、それが機能していないということは街の人々もすぐに理解した。

 この軍勢相手では反撃もままならなかったのだろう。

 恐怖に怯える大衆の様子を見ながら、軍の後方で男が笑った。


「いやー、何度見ても壮観な光景ですねぇ」


 銀髪の男が体格の良い大男に話しかける。

 しかし大男はそこで銀髪の男に背を向けた。


「あれ? ヴァーリ殿はお気に召さなかったみたいですね」


 すると、大男は静かな声で呟くように言った。


「……俺はこういうのは好かん」


 男は無表情だが、その口調は不快であると言わんばかりだ。

 その様子に銀髪の男は肩を竦める。


「戦争に好くも好かないもないでしょう?」

「それが本当に必要なことならな。この街の民衆を巻き込まずともスリュムヘイムまで進行できたはずだ」

「あなたも真面目ですねぇ。それにしても、スカジ殿が敗北するとは彼らもやりますね。今頃ミズガルズで酷い目にあっているかもしれないですよ」


 話題を変えた銀髪の男は、にやにやと含みのある笑みを浮かべる。

 大男は眉一つ動かさずに沈黙を貫いていた。

 銀髪の男は再び大げさに肩を竦める仕草をした。


「なんにしても我々幹部クラス全員が動くということは、ロキ殿も本気ということです。失敗は許されませんねぇ」


 あくまで他人事のように男は告げる。

 あくまでこの状況を楽しんでいるようだ。

 そこに、大きな狼を従えた青年がやってくる。

 銀髪の男はにやりと道化師のような笑みを浮かべて彼らを出迎えた。


「お疲れさまですロキ殿。ここまでは順調なようですね」


 青年は頷くと、二人の男に告げた。


「ナルヴィ、部隊を引き連れてまだ隠れている者がいないか捜索しろ。ヴァーリはガルムとここで捕虜の監視を続けてもらう」


 それを聞いた大男は僅かに顔をしかめる。

 しかし青年はその反応を予想していたようだった。

 銀髪の男が青年に言った。


「了解です。しかしヨトゥンヘイムを奪われたおかげで我々の予定も大きく狂いましたね。スカジ殿にもあれほど気を付けるように忠告したというのに」

「彼らがスカジより一枚上手だったんだろう。奪われたならもう一度取り返すだけのことだ」


 青年は事も無げにそう言ってのけた。

 それは青年の圧倒的な自信と実力に裏打ちされたものだった。


「誰にも俺の邪魔はさせない」


 それから間もなくして、ロキ軍は完全にこの街を掌握する。

 アースガルズとの全面戦争が始まろうとしていた。


――


 ロキ軍がヨトゥンヘイム領内に侵攻してきたという知らせはすぐにスリュムヘイムまで伝わった。

 慌てた様子で伝令が駆け込んできたときにはすでに事件から半日が経とうとしていた。

 知らせを聞いた俺たちは宮殿の会議室に集まった。


「ついにこの時がきたか……」


 寝耳に水な話だがいつかアースガルズと正面衝突するかもしれないと覚悟はしていた。

 そのために国力を高め、軍も可能な限り強化したのだ。


「奴らにしては遅いくらいだな」


 椅子に座って腕組みをしたカイが冷静に呟く。

 円卓には俺、カイ、アキラ、フィーア、ユキ、レン、シーナ、アイの八人が集合していた。

 部屋の外ではヘルヴォルが見張りに立っている。

 キースたちは今も情報収集に動いていた。


 この中には部隊を引き連れて遠征をしていた者もいたが、知らせを聞いて全員がすぐに宮殿に戻ってきたのだ。

 そして誰もがアースガルズとの戦争は避けられないと感じている。

 これまでにない深刻な雰囲気が部屋全体に漂っていた。


「ミズガルズの方は大丈夫なのか?」


 俺が尋ねると、ユキが答える。


「向こうにもロキ軍が侵攻してきたそうですが数は少ないので自力で対応可能とのことでした。ただ、その影響でこちらに援軍を送ることは難しいようです」

「アルフヘイムにも応援を頼んだけど、ロキ軍は向こうにも軍を送ったらしいよ。この様子じゃあまり期待はできそうにないね」


 そう言ってレンは肩を竦める。

 軍の規模からして他の国にも軍を送ったのは俺たちを孤立させることが狙いらしい。

 他の国の心配をしている場合ではないだろう。


「こうなったら全力でぶつかるだけだな。相手にとって不足はないぜ」


 アキラがポキポキと関節を鳴らして楽しげに笑う。

 全然緊張感がないがその様子が逆に頼もしい。


「その前に最低限の準備はしておかないとな。無関係な観光客は今のうちにこの街から避難させよう。アイ、指揮を頼む」

「はい、わかりました」


 アイが真剣な表情で頷く。

 こういう作戦はアイの部隊が適任だろう。


「元々の街の住民やここの使用人たちはどうする?」


 カイが尋ねる。


「観光客の避難だけでパニックになるだろう。人が増えると余計に避難の時間も掛かる。下手に避難するよりここに残った方が安全かもしれないな」


 城壁に囲まれたこの街は防衛戦も想定した十分な設備も整っており、ヨトゥンヘイムの中で最も堅強な場所だ。

 逆に言えば、ここは最後の砦であり、スリュムヘイムが陥落すればヨトゥンヘイムは再びアースガルズの手に落ちる。


「最悪を想定して避難させるのはあくまで観光客だけだ。それに、この街には絶対侵入させない。その前にロキ軍を叩く」


 その意見に全員が頷いた。


「それじゃあこっちもできるだけ大勢の人が必要だね」


 フィーアが言った。


「ああ、この街に残すは最低限の兵士だけだ。戦闘には可能な限り部隊を投入する」


 こちらも最大の戦力で当たらなければアースガルズに勝てないのはこれまでの経験でわかっている。

 スカジのような相手が何人もいるのなら比較的レベルの高い俺たちが直接相手をしなければ太刀打ちできないだろう。


「全員、進軍の用意をしてくれ。準備が整い次第、ウートガルズに向かうぞ」


 やることは山積みだ。

 まずは観光客を避難させ、なるべくパニックにならないよう住民にも状況を説明する。

 武器や資源を集める必要もある。

 俺たちが不在の間に街の護る兵士たちにも細かい指示を伝えておかなければならない。

 結局、進軍の準備が整ったのはそれからさらに二日が経過した後だった。

 そして俺たちは馬を走らせ、ウートガルズを目指した。



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