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第二十四話 シーナの過去

「ユージ、最近多数の女性とイチャイチャし過ぎではないですか?」


 その夜、俺の部屋にいたシーナが不意に言った。


「皇帝になってからユージを慕う女性が以前より増えたような気がします」

「別にそんなことないと思うけど……否定はできないかも」


 思い返せば今日も宮殿の外から女の子の歓声が聞こえてきたしな。


「……ユージは優しすぎます」


 シーナは無表情のまま淡々とした口調で俺に言った。


「自分で言うのも変だけど別に優しいのは悪いことじゃないと思うけどな」


 俺は隣でベッドに腰掛けるシーナの腰へ右手を回し、その唇にそっと口づけを交わす。


「んっ……ユージ……」


 そのまま舌を絡ませ、しばらく二人で愛を確かめ合った。


「……ユージはどうしてそんなに優しいのですか?」


 行為を終えた後、ベッドに腰かける俺に唐突にシーナは言った。

 先ほどのやり取りの続きだろうか。


「別に深い理由なんてないけど……ただ俺は自分のしたいことをしてきただけだし」


 見ていられないから手を差し伸べる。

 ただそれだけのことだ。

 それに俺は決してお人好しではない。

 リリアの意思を肯定し、あれこれ理由を付け、そして一度は彼女を助けられなかった。

 奴隷制度の存在を不快に感じつつも、力の持たない俺はその制度を仕方ないものだと受け入れていた。

 俺はそれをずっと後悔していた。

 そのとき不意に、背中に温かさを感じた。


「出会ったときから、ユージはずっとそうでしたね」


 シーナは後ろから俺を抱き締めていた。

 その言葉に俺は当時のことを思い出す。

 シーナと出会ったのは森の中だった――


――


 深い森の中を俺は一人で歩いていく。

 最近の俺は見つけたばかりのダンジョンを探索することが日課だった。

 まだレベルも低いため奥深くまで潜らずに、モンスターを倒しつつ徐々に探索の距離を伸ばしていくつもりだ。


 このダンジョンには何かある。

 俺の直感がそう告げていた。

 その事実だけで俺の冒険者魂に火を付けるには十分だった。

 いつかその全容を解明してみせる。


 しかし、一人で探索するのも限界があると最近は分かってきた。

 できれば一緒にダンジョンに潜る仲間が必要だ。

 だけどこの村はただでさえ若者が少ない。

 一緒にダンジョンに潜ってモンスターと戦えるほど腕の立つ人物は見当たらないし、当分は俺一人で潜るしかないだろう。

 だから今日も俺は一人でダンジョンに向かって歩いていた。


 そんなとき、俺は目の前の異変に気付く。

 ダンジョンへと続く森の中にある荒れた林道の真ん中で少女が倒れていたのだ。


「おい、大丈夫か?」


 俺は慌てて少女に駆け寄ると、その体を抱き起こす。

 どうやら息はあるらしい。

 しかし、体は傷だらけのうえ体力も魔力も付きかけていた。


「……んっ」


 少女は苦しげに顔を歪める。

 その近くには大きな鎌が落ちていた。

 これも彼女の物なのだろうか。


「とりあえずこれを飲むんだ」


 俺は薬草を煎じたものを少女に飲ませる。

 応急処置ではあるがこれで多少体力は回復する。

 すると少女はゆっくりと目を開けた。

 俺の顔を見て、何度か瞬きを繰り返す。


「……あなたは誰ですか?」


 弱弱しい声で少女は呟いた。


「偶然通りかかったんだ。悪いけどすぐ近くにある俺の村まで運ばせてもらうぞ」


 少女は何の反応も見せずに俺をぼんやりと見つめる。

 俺はそんな少女を半ば強引に背負うと、村へと戻った。




 少女の名前はシーナというらしい。

 俺の家へ運ぶと、フィーアにも看病を手伝ってもらい、シーナを介抱する。

 一晩過ぎると大分体力も回復したらしく、昼過ぎにはシーナに色々話を聞くことができた。

 今シーナは俺のベッドで横になっている。


「もうこんな無茶はするなよ」


 俺はベッドの傍で椅子に腰かけて、そんなシーナの様子を見ていた。

 シーナは体力も魔力も尽きかけていたうえに、お金も殆ど持っていなかった。

 聞くところによると、モンスターとの戦闘を休憩もせずに何日も続けていたらしい。

 そんな無茶をしていればぶっ倒れるのも当然だった。


「別にあなたが気にすることではありません。私にとってはこれが日常です」

「日常? どうしてそんな無茶をするんだ?」

「……私は弱いからです」


 シーナの無感動な瞳が俺を見つめる。

 別に不機嫌なわけではなく、それが彼女の素であるらしい。


「生きていくためには強くなければいけない。少なくとも、私の周りは常にそうでした」


 シーナは強さを求めて戦い続けているということか。

 俺はなるべくシーナの意見を否定しないよう、軽い調子で言った。


「あんまり生き急いでもいいことないと思うけどな」


 シーナは危うい。

 俺も人のことは言えないが、シーナのそれは度を越しているように思える。

 いくら頑張っても死んでしまったらそれまでだ。

 だが、今のシーナはそれが最善の方法だと信じているようだ。


「泊めていただき、ありがとうございました」


 シーナは上半身を起こすと、そのまま立ち上がろうと両手を付いて体を浮かせる。


「おい、そんな体でどこ行くんだ?」

「……あなたには関係ないことです」

「まだ体調は万全じゃないだろ」

「……いつまでもお世話になるわけにはいきませんから」


 シーナはこんなときでも表情に殆ど変化はない。

 しかしベッドから起き上がるその動きは見るからに苦しそうだ。

 俺は呆れた声でシーナに告げる。


「そんな様子でモンスターに襲われたらどうするんだ? なんならしばらくこの村にいてもいいんだぞ?」

「お気遣い、ありがとうございます」


 しかしシーナは俺の顔を見ることなくそう告げると、部屋の隅に置いてある大鎌を手に取って、そのまま部屋から出て行ってしまった。




 シーナはギムレーを出ると、再び森へと向かった。

 行く当てのない旅。

 ただ生きるために彷徨い続ける。

 誰にも頼らず、気付いたときにはずっと一人で生きてきた。

 食料は自力で確保し、寝るときは野外するのが当たり前だった。

 当然、街や村の外ではモンスターや、時には盗賊だって出る。

 彼には言わなかったが、今お金を殆ど持っていないのは盗賊に襲われたからだった。

 戦闘の連続で疲労が溜まったところを狙われたのだ。

 お金を差し出した隙に逃げたので体の方は何もされなかったが、戦わずに背を向けたのは屈辱だった。

 そのうえ途中で力尽きて彼に助けられてしまったのだから世話がない。


 だから生きるためには強さが必要だった。

 助けてくれた彼の心遣いは嬉しいが居座るつもりはない。

 人の優しさに慣れすぎればそれは弱さに繋がる。

 一人が嫌いなわけではない。

 むしろ誰かに気を許すのが怖いのだ。


 そのとき、周囲で草木が騒めく。

 そして死角から何かが複数飛び出してきた。

 シーナは身構える。

 現れたのはモンスターだった。

 シーナは物陰に新たなモンスターがいないか冷静に周囲を警戒しつつ、目の前の敵のステータスを確認する。


【ゴブリン】レベル15

【ゴブリン2】レベル15

【ゴブリン3】レベル15

【ゴブリン4】レベル10

【ゴブリン5】レベル10


 ゴブリンは小柄だが怪力であり、オークに比べて素早いのが特徴だ。


「……こんなときに面倒ですね」


 シーナは大鎌を構える。

 数は多いが決してレベルは高くない。

 普段のシーナであれば一振りで倒すことのできる相手だ。

 しかし、今のシーナはまだ疲労が残っており、まともに戦闘などできる状態ではなかった。

 鎌を持つ手にもあまり力が入らない。


 すかさずゴブリンの一体がシーナへと飛びかかった。

 シーナはそれを避けると、大鎌を真横に振り抜く。

 ゴブリンは悲鳴を上げて倒れた。


「あと四体……」


 疲れがあるといっても一撃でゴブリンを倒すあたり、さすがはシーナであった。

 だが、今のを続けるのはきついことはシーナも理解していた。

 今の斬撃にしてもやや鎌の切れ味が鈍っているように見える。

 普段なら斬った手ごたえさえ感じないほど綺麗に切り裂くことができるシーナなのだが、今は一体倒しただけで体がさらに重くなった。


 あと四体。

 その数はシーナにとっては少なくはない。

 体が怠い。

 頭がぼんやりする。

 もはやここまでか。

 シーナは諦めるように大鎌を握る手を緩める。


 そのとき、残っていたゴブリンが、一斉にその場で倒れた。

 倒れたゴブリンが粒子になって消える。

 一体何が起こったのか。

 一瞬の出来事にシーナは茫然とその光景を見つめる。


「――だから言ったろ。生き急いでもいいことないって」




 あのまま一人で行かせることはできなくて遠くから様子を見ていたが、案の定シーナは苦戦しているようだ。

 あのレベル相手に後れを取るようでは余程体調が悪いらしい。

 俺は見ていられなくなり背中の剣を抜くと、物陰から飛び出す。

 そのまま能力で加速し、一気にゴブリンたちを切り裂いた。

 ゴブリンが消えたのを確認すると、俺の姿をぼんやり見つめるシーナに近付く。


「……ありがとう……ございます」


 シーナは俺の姿を認めるとお礼を言った。


「これで懲りただろ。村に戻るぞ」

「それは否定します。私は誰の力も頼りません」


 やはりシーナは俺の言うことを聞く気はないらしい。

 だが、今の状態では放っておくことはできない。


「どうしてそこまで一人にこだわるんだ?」

「依存は弱さに繋がりますから」


 その瞳には強い決意を感じた。

 シーナの言葉は抽象的だか、言いたいことは俺にもわかる。

 だが、それをすべて肯定することはできない。


「確かに誰かに依存し過ぎるのは良くないかもしれない。だけど、人を頼ることは悪いことだけじゃないと思うぞ。一人で勝てない相手でも、仲間がいれば解決できることだってあるんじゃないか?」

「仲間……ですか?」

「ああ、仲間と助け合う。それは依存じゃなくて信頼って言うんだ」

「……他人なんて信頼しても裏切られるだけです」

「そんなのは実際に仲間を作らないと分からないと思うけどな」


 シーナは他人を恐れているのではないだろうか。

 その認識を変えなければ、シーナはこれから先も一人で生きていこうするだろう。


「こう見えて俺は結構強いぞ? 頼りにしてみたらどうだ?」


 俺は冗談めかして笑うと、真剣にシーナの目を見つめた。

 どうか俺の気持ちが伝わってほしい。

 シーナは長い間黙って考え込んでいたが、ようやく口を開いた。


「あなたは変な人ですね」


 そして出てきたのはそんな言葉だった。

 俺は思わずズッコケそうになる。

 だがそれから間髪入れずにシーナは続けた。


「ユージ……もうしばらくあなたのことを観察させてもらっていいですか?」


 観察とはまた奇妙な表現だが、その言葉が聞ければ今は十分だ。


「ああ、もちろんだ」


 俺は笑顔で即答した。


――


 あれから間もなくカイとも出会って、俺たち三人はダンジョンの探索に取り組むことになる。

 そこまで長い時間は経っていないはずなのにすごく昔のことのように思えた。

 結局シーナとは長い付き合いになりそうだ。

 後ろからシーナは落ち着いた声で言葉を続ける。


「ユージはユージのままでいてください。私はそれをすべて受け入れます」


 シーナの言葉はまるで俺の心を見透かしたようだった。

 過去を後悔していた俺はその言葉に救われるような気持だった。

 これじゃああの時とは反対だな。


「……シーナ、ありがとな」

「? お礼をされるようなことをしましたか?」


 俺はシーナに首を振ってなんでもないことを告げる。


「ユージ、もし悩んでいることがあれば私を頼りにしてください」

「俺を助けてくれるのか?」


 すると、背後でシーナが頷いた、ような気がした。

 そしていつも通りの、淡々とした声でシーナは言った。


「私はユージを愛していますから」



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