第二十三話 皇帝はモテモテ
スリュムヘイムの宮殿内。
良く晴れた爽やかな朝。
顔を出したばかりの太陽が大きな窓から室内へと差し込んでいた。
広く長い廊下を三人で並んで歩く。
赤い絨毯が敷かれた床は埃一つなく、掃除が行き届いていた。
「陛下、お体の方は大丈夫でしょうか?」
「ユージ様、昨夜も激しかったですもんね」
俺の両側にいたブリュンヒルデとヘルヴォルがそれぞれ俺の顔を覗き込む。
二人とも俺の体調を心配してくれているのはありがたいが、こうしていると護衛というより二人ともメイドみたいだ。
「問題ない。あとヘルヴォル、誤解を招くようなことを言うな」
ヘルヴォルは言外に含みを持たせた言い方をしているが、ただキースたちと戦闘訓練をしていただけだ。
「ふふ、すみません。でもユージ様、お疲れなら私に遠慮なく言ってくださいね?」
そう言ってヘルヴォルが俺の腕に両手を絡ませた。
「こほん……ヘルヴォル殿、陛下に密着し過ぎではありませんか?」
ブリュンヒルデがジト目でヘルヴォルを睨む。
「あら、ブリュンヒルデさん。もしかして焼いているんですか?」
ヘルヴォルは小悪魔的な微笑を浮かべ、挑発するようにさらに俺に密着した。
「私は公私混同するのはやめてほしいと言っているのです」
ブリュンヒルデは僅かに顔を赤くして顔を逸らす。
真面目な彼女らしい。
「……ヘルヴォル、歩きづらいからもう少し離れて歩いてくれないか?」
「はい、ユージ様が仰るなら」
仕方ないので俺が窘めると、ヘルヴォルは素直に両手を離した。
「まったく、陛下がお優しいのを良いことに……」
ブリュンヒルデは呆れたような大きなため息を付いた。
この二人はあまり相性が良くないらしい。
その後も二人は時折互いを牽制するようにちらちら視線を交わしていた。
――
午前中、俺は自分の部屋で書物を読んでいた。
この世界の歴史を学ぶことも訓練と同じく大切である。
この世界にはまだ謎が多い。
それを解明することも俺の野望の一つだった。
しばらく熱中して歴史書を読み耽っていたが、集中し過ぎたのかなんだか肩が凝ってきた。
目も疲れてきたので、息抜きついでに散歩をすることにした。
部屋を出て廊下を歩く。
途中、廊下で掃き掃除をしているリリアと出会った。
「あ、ユージ……」
「お疲れ様、リリア。仕事は順調みたいだな」
リリアは真面目でここまで自分の仕事をきっちりこなしていた。
他のメイド仲間からの評判も悪くない。
俺としてもリリアが今の環境に溶け込めているのは嬉しいかぎりだ。
「ミストの相手はしなくて大丈夫なのか?」
ミストの面倒を見るのは殆どリリアの役目になっていた。
リリアは無表情で頷く。
「うん。今はカイと一緒に街に出てる」
「ミストはカイに懐いてるからなぁ」
ミストはなぜかカイに一番懐いていた。
どうもカイを本当の勇者だと思っている節がある。
しかしそれをわざわざ否定してミストを幻滅させる理由もないので自称勇者であることは口にしない。
そのうち本当に勇者になるかもしれないしな。
「ミストとカイ、凄く仲が良い」
「ああ、兄妹みたいだな」
「……」
そこでリリアは無言で俺に接近すると、肩と肩がぶつかりそうな距離まで近づく。
そのままじっと俺の隣に立ったまま動かない。
「ど、どうしたんだリリア?」
「……ユージと私、どういう関係に見える?」
見た目は服装からしてそのまま主人とメイドだが、リリアはそういうありきたりな回答を望んではいないだろう。
俺は冗談めかしてリリアに言った。
「んー、兄妹とはちょっと違う気がするし……カップル、かな」
「……ユージ、ロリコン?」
リリアは真顔で小首を傾げる。
俺はがくりと前方へずっこけそうになった。
これじゃあ俺が恥ずかしい人みたいじゃないか。
「冗談」
リリアは普段どおりの無表情で淡々と言った。
「心臓に悪い冗談だ」
「先にからかおうとしたのはそっち。その仕返し」
「ばれてたか」
「こういうときに余裕のあるユージは似合わない」
何とも不本意な評価だが、どうやらリリアの方が上手だったようだ。
俺の性格をリリアも理解してきたということだろうか。
それにしても少しくらいは動揺してくれてもいいんじゃないだろうか。
リリアはどんなときも冷静で感情の起伏を見せない。
だからその頬が僅かに赤いのも、きっと俺の気のせいだろう。
――
昼、野外での戦闘訓練を終えると、食堂に向かう。
この食堂は宮殿の奥にあり、限られた身分の者のみがそこで食事を取ることができる。
俺はワイワイとした雰囲気の方が好きなのだが立場上、一般の兵士たちと同じ待遇にはできないというキースたちの主張も理解できるので仕方ない。
入口で控えていた執事が食堂の扉を開ける。
中にはすでに先客がいた。
「あれ? ユキもこれから食事?」
「はい、ちょうど午前の予定が片付いたので」
ユキは俺と視線が合うと、ぱあっと嬉しそうな表情を浮かべた。
俺が真っ直ぐ席に向かうと、壁際に立っていた給仕が椅子を引く。
俺はユキの対面に座った。
給仕は俺たちにお辞儀をすると、部屋の中央右手にある扉へと消える。
その先は調理場へと通じており、そこから料理人が食事を運んでくるのだ。
広くて長いテーブル。
その上に白い食器とナイフとフォークが置かれている。
料理はまだ来ていないのでユキも食事はこれかららしい。
広い食堂に二人きり。
「……」
「……」
しばらく俺たちは無言で料理が来るのを待っていた。
ユキと二人でいるときはこういう雰囲気になることが多かった。
それは決して嫌な沈黙ではない。
むしろ心地よい時間だ。
会話が弾まないのではなく、例えるなら会話する必要がないとでも言うのか。
お互いに気持ちが通じ合っているからこそ、言葉はいらない。
ただ一緒にいるだけでいい。
……なんていうのは俺の思い上がりなのだろうか。
それから間もなく料理が運ばれてきた。
給仕の手によって順番にテーブルの上に並べられる。
「それではいただきましょうか」
「そうだな」
そして俺たちは昼食を食べ始める。
ふと視線を上げると、ユキは慣れた手付きでフォークとナイフを操っていた。
その姿は品があり、それこそどこかの国のお姫様のように見える。
俺がじっと見ていることに気付いたのか、そこで顔を上げたユキと目が合った。
「? どうしました?」
「いや、相変わらず綺麗だと思って」
「へ?」
ユキは目を丸くしてぽかんと俺を見つめる。
「~~っ!」
瞬間、ユキの顔が真っ赤になった。
どうしたのだろうと俺は不思議に思ったが、そこですぐに俺は自分が言った言葉の意味に気付いた。
仕草が綺麗だと言ったつもりが、今の言い方だと勘違いされてもおかしくない。
もちろんユキが綺麗なのも事実だし間違ってはいないのだが。
「そ、そういえばこの林檎のピューレだけど、アキラが持ってきたやつの余りらしいな」
俺は気恥ずかしさを誤魔化すように話題を逸らす。
ちょうど目の前にある半液体状のとろみのある林檎が目に入ったのでそれを話題にすることにしたのだ。
この料理に使われている林檎はアキラが街の屋台で衝動買いしたものを使用しているらしい。
大量の林檎の入った紙袋を抱えたアキラを見たときはまたかと呆れたものだ。
アキラのこの病気は今に始まったことじゃない。
目に入った食べ物はとりあえず欲しいだけ確保する。
そして大抵は全部食べ切れずに余らせるのだ。
食い意地が張っているというかなんというか、もっと計画的に購入してほしい。
しかも驚くべきは、あれだけあった林檎の半分以上をアキラ一人ですでに食べきったということだ。
「は、はい、アキラさん、またたくさん買ってきましたもんね」
「あいつの大食いには驚かされる。どんな胃袋してるんだ?」
「その点、ユージさんは平均的ですね。だけどなんでも美味しそうに食べられるので作り甲斐があります」
「村にいた頃からユキには世話になったもんなぁ」
ユキやフィーアたちに料理を作ってもらっていた当時のことを思い出す。
旅をしていたときもそうだが、食事だけじゃなくて家事全般をしてもらっていたユキには頭の下がる思いだ。
「ここだとプロの方々が作られるので私なんかよりずっと美味しいものを食べられますね」
「いや、ユキもかなりの腕前だと思うぞ」
「本当ですか?」
「ああ、できればまたユキの手料理が食べたいな」
「ふふ、それじゃあ今度ご馳走しますね」
ユキはふわりと柔らかい微笑を浮かべる。
俺はその表情に見惚れてしまった。
ふとユキと視線が交わる。
長いまつ毛。
潤んだ瞳。
その蠱惑的な両の目に俺は吸い込まれる。
ユキも俺をじっと見つめていた。
どれくらい見つめ合っていただろう。
そこで突然、食堂の扉が開いた。
俺たちは驚いて入口の方へ視線を向ける。
「あれ? 二人とも来てたんだ」
扉の奥からひょこりとレンが顔を出した。
「あ、ああ……レンもこれから昼食か?」
「うん、僕もご一緒させてもらうね」
レンはユキの隣に腰掛けると、ユキに微笑む。
「ユキさん、せっかくユージ君と二人きりだったのに邪魔してごめんね」
「そ、そんなことないですよ」
ユキは顔を真っ赤にして首を振る。
「ユキさんは可愛いなぁ。ね、ユージ君?」
その仕草にレンは微笑を浮かべるとちらりと俺を見た。
「え? ……ああ、そうだな」
いきなり話を振られた俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。
照れた顔を見られないように視線を伏せてレンに同意する。
レンはくすくすと小さく笑うと、そのまま微笑を浮かべて言った。
「ねえ、ユージ君。僕はユキさんが一番ユージくんと相性が良いように思うんだよ。まるで長年連れ添った老夫婦みたいにお互いのことを理解してる感じがするんだ」
「れ、レンさん、それは買い被り過ぎですよ」
「ううん、そう思ってるのはきっと僕だけじゃないと思うよ。ユキさんが少し羨ましい」
レンはユキに少し悲しげな表情で微笑んだ。
俺はレンの言葉の意味を考える。
確かにユキとは初めて出会ったときから他人のような気がしなかった。
まだ困惑しているユキの様子をちらりと盗み見る。
不意に、まだ幼かった頃の記憶が脳内でフラッシュバックした。
夕暮れ。
帰り道。
幼いユキの笑顔。
その思い出に俺は懐かしい気持ちになった。
……懐かしい?
ふと俺は首を傾げる。
俺はそんな昔にユキと出会ったことはないはずだ。
なぜそんな感情が芽生えたのだろう。
いや、それ以前に俺は当時の記憶を……
「どうしたのユージ君?」
レンの声で俺は我に返る。
「いや、なんでもない」
俺は首を振ると、思考を切り替える。
それよりレンに伝えたいことがあったからだ。
「……レン、俺はレンのことが好きだ」
「え?」
「俺がレンに差を感じさせてしまっているのなら、それは俺の力が足りないせいだろう。だけど俺はレンともそういう関係になりたいと思っているんだ」
レンの悲しむ顔を見たくない。
俺はレンも幸せにすると決めたのだ。
もしレンが現状に不満があるというのなら、それは俺の責任だ。
「もちろんユキのことも好きだし二人に優劣なんて付けられない。俺は二人とも同じだけ、俺の人生をかけて最大限まで幸せにしてみせるって決めたんだ」
それを逃げだと断じる人もいるかもしれない。
だけど、俺はその信念を曲げるつもりはない。
レンはぽかんと俺の顔を見つめた後、苦笑気味に微笑んだ。
「……ふふ、ユージ君のそういうところ、僕は好きだよ」
僅かに赤くなった顔で俺に微笑むレン。
俺は普段あまり見たことないその優しい表情にどきりとさせられた。
――
「ユージさま~」
「お顔を拝見させてください~」
宮殿の外から女の子たちの黄色い声が聞こえてくる。
その目当てはどうやら俺らしい。
たまにこの宮殿を見物しようと近くまでやってくる観光客もいるようだし、物珍しい皇帝見たさにやってくる観光客がいても不思議ではないのかもしれない。 それにしても、大声で名前を呼ばれるのは少々照れくさい。
「凄い人気ですね」
「嫉妬しちゃうくらいにね」
アイが驚いて目を丸くすると、フィーアが苦笑を浮かべる。
宮殿の周りを囲むようにそびえ、内部と外部を隔てる城壁。
それを繋ぐ木製の門のすぐ近く。
俺は二人と一緒に午後の散歩と洒落込んでいた。
宮殿の敷地はかなり広大であり、その庭を一周するだけでも結構な距離があった。
庭には薔薇で造られた生垣があり、近くに行くと薔薇の香りが漂ってくる。
それらはすべて庭師によって綺麗に整備されていた。
「これじゃあゆっくり買い物もできないね」
苦笑を浮かべたフィーアが呟く。
「でもせっかく来てくれたんだから顔を見せるくらいは良いんじゃないか?」
「もうっ、ユージくんってば優しすぎるよ! そんなのだからいつの間にかどんどんユージくんの周りに女の子が増えていくんだからね!」
フィーアは不満げに頬を膨らませて俺を非難する。
そんなこと言われてもこれは俺の性分だから仕方ない。
あと女の子が増えるのは今の話題に関係あるのだろうか。
するとフィーアの隣でアイまでうんうんと何度も頷いていた。
「確かにユージさんは優しいですよね。今日だって本当はお忙しかったんでしょう?」
「別にアイが気にすることじゃない。俺自身が二人と会いたかっただけだ」
まだやらなければならない仕事は残っているが、忙しさにかまけてフィーアたちとの交流を疎かにするわけにはいかない。
だから合間を見つけてちょうど時間が空いていたフィーアとアイを誘ったのだ。
ずっと根を詰めすぎるのも良くないしな。
「そういうところが優しいんだと思いますけど――ひゃっ?」
話している途中で突然、僅かに地面から出ていた石に躓いたアイが前方につんのめる。
俺は咄嗟に腕を出してアイを抱きとめた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……」
抱きとめたアイと視線が合う。
ふわりとアイの体から女の子特有の良い香りが漂ってきて俺は狼狽した。
しかしそれは表情に出さずに俺はアイに苦笑する。
「まったく、アイはおっちょこちょいだな」
アイを自分の足でしっかり立たせようと、俺は抱き留めていた腕に力を入れる。
しかし、なぜかアイはその場から動こうとはせず、その大きな瞳で俺をじっと見つめていた。
幼くも年頃の女の子らしい容姿と、主に胸の方が年齢と比べて十分過ぎると言っていいくらい魅力的に成長した体。
そのアンバランスで妙に色気のあるアイに俺は思わず見惚れた。
今にも抱きしめたい衝動を抑え込む。
お互いにしばらく無言で見つめ合う。
「こほん」
フィーアの咳払いで俺たちは我に返る。
この一連のやり取りに既視感を覚えたのは俺の気のせいだろうか。
「す、すまん」
「い、いえ、こちらこそすみません」
俺とアイは素早く離れると、お互いに気まずくなり顔を逸らす。
フィーアは俺たちを見て何ともいえない渋い表情を浮かべて俯いていた。
「……なんだろうこの気持ち……私、本当に嫉妬してるのかな」
小声で呟く声が聞こえてきたが、それは俺の決意にも関わることで、結局俺は何も言うことができなかった。




