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第二十二話 邂逅

 綺麗に整備されたスリュムヘイムの中心街。

 その大通りは屋台が立ち並び、店主が観光客とやり取りする声が引っ切り無しに聞こえてくる。

街全体が活気に溢れ、国王スリュムと軍が治めていた時代よりも人の往来は増えていた。


 一時は国の混乱により減少していた観光客の数も回復し、観光都市としての機能を完全に取り戻している。

 裏道もゴミは殆ど落ちておらず、浮浪者も目に付かない。

 左右に並ぶ組積造の大きな建物が通りを行き来する彼らを見下ろす。

 視線を移すと、道路の端に集まっていた鳩の大群が空へと一斉に羽ばたいた。


 その一団の行方を彼は無感動な表情で見送った。

 見た目の年齢は二十代後半くらいか。

 両手をズボンのポケットに手を突っ込み、一定の歩調を崩さずに歩き続ける。

 荷物も持っておらず、観光客とは明らかに雰囲気が違っていた。

 その整った容姿に、すれ違う女性の多くが彼に視線を奪われる。

 しかし彼はそれを一切気にする様子はなく、人の波を避けながらただ歩き続けた。


 しばらくして広場に出ると、多少人混みが少なくなっていた。

 中央に噴水があり、その周囲には木製のベンチが置いてある。

 楽しげに雑談をする学生たちやベンチに腰掛けるカップルの姿が見える。

 平和な光景だ。

 しかし彼にとってこの場所は終着点ではない。

 興味なさげに周辺に視線を向けると、そのまま通り過ぎようとした。


 その時、彼は足元で何かがぶつかってきたような衝撃を覚えた。

 視線を下げると、まだ十歳にも満たない少女が倒れていた。

 目に涙を浮かべており、今にも泣き出しそうな勢いだ。


「おっと、ごめんね。大丈夫?」


 彼は困った表情を浮かべつつ、爽やかかつ優しげな声で少女に問いかける。

 少女は無言でこくりと頷く。

 彼は少女を立たせると、両膝を地面に付き、服の汚れを手で叩いて落としてやる。


「痛いところはない?」


 また少女は無言でこくりと頷く。


「そっか。良かった」


 彼は再び歩き出そうと腰を上げる。

 しかし、対する少女はどこにも行く様子を見せず、じっと彼を見つめていた。

 何かに縋るような表情。

 そこで彼はあることが気になった。


「君、一人かい? 大人の人は?」

「……お母さん、どこか行っちゃった」


 どうやら少女は迷子になってしまったらしい。

 この人混みでは珍しいことでもないだろう。


「そうか。さて、どうするかな?」


 向こうも探しているだろうが、この広い街の中では闇雲に探しても見つけるのは困難だろう。

 街の兵士に預けるのも方法の一つではあるが、このまま放っておくのもきまりが悪い。


「お母さんとどこではぐれたか分かるかい?」

「……うん」


 今度は声に出して少女は頷く。

彼は優しげな微笑を浮かべて少女に言った。


「それじゃあそこまで案内してもらえるかな? 俺と一緒にお母さんを探そう」


 それを聞いた少女は初めて彼に笑顔を見せると、小さな手を伸ばして彼の手を握った。


――


 二人で少女がはぐれた場所へと向かうと、すぐに母親は見つかった。

 少女の話を総合すると、どうやら母親が屋台で買い物をしている最中に少女が一人で勝手に移動してしまったらしい。

 二人がはぐれた屋台からそう遠くない場所で彼女は不安になるほど必死の表情で周囲をオロオロと見渡していた。

 少女を連れた彼の姿を見つけると、母親はそこで一目散に少女に駆け寄り少女を抱きしめる。

 それから彼に何度もお礼を告げると、二人で手を繋いで去っていった。

 その光景を眺め、彼は僅かにだが顔をしかめた。


 そして彼女たちに背を向けると、再び人混みの中を進み始める。

 ああいう家族愛というものを見ると嫌な記憶を思い出してしまう。

 彼はふんっと小さく鼻を鳴らした。

 再び通りを歩く。

 それにしても人が多い。

 彼はその雑踏の波を流れるようにすり抜けていく。

 途中、目の前から大木のようなそれが、真っ直ぐ彼に向かってきた。


「ちっ」

「ん? おっと」


 彼はあくまで常識的な反応と動作で体を横にずらすが、人混みのせいで完全には避けきれずに肩がぶつかる。

 今度はぶつかられた彼も僅かによろける。

 今日はよく人とぶつかる日だと彼は心の中でため息を付いた。

 ちょうどそこで、目の前にいた体格の良い男が言った。


「悪い。ちょっと前が見えなくてな。大丈夫か?」


 男は視界が塞がるほど林檎が入った大きな紙袋を両手で抱え込んでいた。

 前が見えないのも当然だ。

 この人混みで迷惑な奴だと彼は小さく舌打ちをする。

 地面にはぶつかった衝撃で落ちた林檎が散らばっていた。


「ああ、それより林檎が……」

「安売りしてたんでつい買い過ぎたんだ」


 そう言って男は笑う。

 やけに馴れ馴れしい態度だが嫌味は感じない。

 それにしてもこれだけの量を一人で食べるのだろうかと彼は疑問に思う。

 男の代わりに地面に落ちた林檎を拾う。


「これ、どうする?」

「落ちただけだ。そのまま持って帰って食う……それともいるか?」

「いや、遠慮しておく」


 彼はあっさりと首を振る。


「そうか」


 相手の男も言ってみただけのようで、それ以上は勧めずに結局袋の中に林檎を戻した。

 それもつかの間、思い直したように袋の中から林檎を一つ掴んで噛り付いた。

 彼は呆れた表情で小さなため息を付いた。

 先ほどから通行人が彼らの方をちらちらと見ている。

 ただでさえ、大きな男が道の真ん中に立ち止まっているのでとにかく目立つ。

 周囲の視線が一緒にいる彼にも集まっていた。

 目立つのは彼の本意ではない。


「それじゃあ、俺はこれで……」

「待った」


 彼が別れを告げようとしかけた時、男が彼を呼び止めた。


「……何か?」

「ちょっとこれ持っててくれ」


 男は彼に紙袋を問答無用で手渡すと、近くの屋台に向かっていく。

 彼はその場で立ち尽くしたまま待っていると、しばらくして男は屋台で袋いっぱいのジャガイモを買って戻ってきた。

 満足そうな表情の男の様子に対し、彼は呆れた表情をしていた。

 彼は手元にある紙袋に視線を落とす。


「……これはどうするんだ?」

「いやー、つい目に入ってな。悪いけど付き合ってくれ。すぐ近くまでなんだ」


 彼は男に荷物持ちをさせるつもりのようだ。

 自分勝手な男に彼は怒るより先に呆気に取られる。

 しかし、彼は男に従うことにした。

 ついでに男からこの国のことを色々と聞き出してみようと思ったからだ。

 そのまま二人で大通りを歩く。


「悪いな、付き合わせちまって」


 本当に悪いと思っているのかわからない口調で男は言う。

 その唯我独尊な態度はとても男の方が彼よりも年下だとは思えない。

 そんな男に付き合う彼の思惑を、男は知るよしもなかった。


「それにしてもこの街の活気は凄いな。少し前とは見違えるようだ」


 彼は周囲を見渡しながら言った。

 ヨトゥンヘイムの繁栄は他国から見ても驚異的な速度であった。


「それはやはり新しい皇帝が上手くやっているからかな?」

「ああ、あいつは優秀だからな。それこそ神に愛されてるんじゃないかってくらいな。それにあいつの周りには自然と人が集まってくる。それも奴の人望のおかげかもしれないけどな」

「随分皇帝と親しいような口ぶりだけど、君、皇帝の知り合いなのかい?」

「まあ、俺はユージのダチだからな」


 男はにやりと笑みを浮かべて胸を張った。

 男の話が本当かどうか彼には興味はない。

 しかし参考に耳を貸す価値はあるだろう。


「ところで以前の女王はどうなったんだ? 噂では捕えられたと聞いているけど」

「さあな。ミズガルズに連れて行った後のことはしらねえな」

「その口ぶりだと、君もクーデターに?」

「俺は手伝っただけで、スカジを倒したのはユージだけどな」

「へえ、新皇帝は実力も申し分ないみたいだな。一度その彼と話をしてみたいね」

「ああ、ユージは凄く良い奴だ。きっと気に入ると思うぞ」


 男は自分が褒められたかのように嬉しそうに笑う。

 皇帝のことを高く評価していることが彼にも分かった。

 しばらくして宮殿の前まで来ると、男は持っていた袋を見張りの兵士に差し出した。

 男に敬礼をした兵士はそれを受け取る。

 男は本当に皇帝の関係者であることを彼は意外に思った。


「結局付き合わせちまって悪かったな。ついでに中に入ってくか? ユージにも紹介するぜ?」

「……いや、ここで別れよう。そこまでいくと出来過ぎだからな。今はまだ合わない方がいい」

「? そうか。それじゃあここで別れるか」


 男は釈然としない表情を浮かべながらも深く追求せずに頷く。


「それじゃあ俺はこれで」

「ああ、またどこかで会ったらその時はよろしくな」


 彼は男の笑顔に右手を上げて応えると、男に背を向けて歩き出す。

 男ともきっとそう遠くないうちに再び会うだろうと彼は思った。


「そういえば、名前を聞き忘れたぜ……」


 背後で男の呟く声が聞こえてきたが、彼は振り返らなかった。

 男には彼のステータスを見て名前を知る方法もあったが、そうしなかったのは男にその方法が思い浮かばなかっただけの話だった。

 そして彼は再び雑踏の中へと消えていく。


「この短期間で見事なもんだ」


 彼は呟く。

 経済的に豊かで今も日々発展を遂げているヨトゥンヘイム。

 そして国民の支持も高い。

 新皇帝のユージの手腕は目を見張るものがあると彼もその実力を認めていた。


「……さすがはスカジを倒した男だけあるな」


 彼はぽつりと呟く。

 収穫はあった。

 やはり自分で行動してみるものだと彼は喜ぶ。

 目的は新しい国の生活レベルの確認と消息を絶ったスカジの生存確認。

 これで皇帝と直接顔を合わせるのは出来過ぎだ。


 彼は足を止めて振り返る。

 目の前に見える宮殿。

 そこに自分の野望を拒もうとする男がいる。


 彼はその景色を一瞥すると、再び足を動かし始めた。

 あくまで常識的な身体能力を持つ一般人を意識して。

 いずれユージと戦うことを彼は心待ちにしていた。

 障害は多い方が燃える。


 大国アースガルズを支配する王、ロキは不敵な微笑を浮かべて人混みの中へと消えていった。



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