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第二十話 皇帝

 ヨトゥンヘイムを手に入れてから一か月が経過した。

 ――俺はヨトゥンヘイムの皇帝になっていた。


――


 スカジをミズガルズの本部に引き渡してから、俺はフォルセティさんと二人きりで話す機会を得た。

 ミズガルズ軍本部の城壁の上。

 そこからビフレストの街並みが一望できた。


「のどかじゃのう」

「ええ、とても最近まで戦闘があった場所とは思えませんね」


 アースガルズはビフレストの目と鼻の先まで進軍してきた。

 もう少しで町まで到達するところを、ミズガルズ軍がギリギリで食い止めていたのだ。


「ミズガルズに進軍していたロキ軍はヨトゥンヘイム陥落の知らせを聞いて全軍撤退したようじゃ。ユージ、よくやったの」

「部隊全員の力があったからこそですよ」

「謙遜せんでもよい。どうやらワシの眼力も鈍っていなかったようじゃな」


 そう言ってフォルセティさんはにやりと笑う。


「約束どおりヨトゥンヘイムはお主たちの好きにしてよいぞ」

「その話、やっぱり本気だったんですか?」

「当然じゃ。すでに契約書も取り交わしたんじゃからな。なに、心配することはない。あの土地はアースガルズにとっては重要な場所じゃがミズガルズにとっては所有していてもそれほど旨みはないのでな。下手に領土を拡大しても管理するのが大変じゃからな。それなら友好的な第三者に預けた方がこちらもメリットがあるというわけじゃ」


 だからって出会ったばかりの俺たちに預けようと考えるなんて前代未聞だ。

 しかし、フォルセティさんの都合も一応納得はした。

 ヨトゥンヘイムはアースガルズにとって他国へ攻める拠点として非常に便利な位置にあり、その事実はミズガルズにとっても脅威となる。

 だが、逆にアースガルズのような敵国でなければミズガルズにとってヨトゥンヘイムの領土はたいして魅力的というわけではない。


「ユージ、お主なら信頼してヨトゥンヘイムを託すことができる。どうじゃ?」


 フォルセティさんの言葉に俺は心揺さぶられる。

 当然、ヨトゥンヘイムにもそこで暮らしている国民がいる。

 国を統治することになれば政治も変わる。変化には大きな責任が伴う。

 だが、不思議と恐怖心はなかった。

 むしろやる気が湧いていた。


 俺はここまで多くの国や人々を見てきた。

 かつて出会った奴隷の少女、リリアの顔が浮かぶ。

 宮殿で奴隷制度を世界からなくすと俺はあのときに誓った。

 世界から奴隷制を廃止する。

 新たな国の建国はそのきっかけにもなるはずだ。


 だから俺は前に進むと決めた。

 ここまで来たらもうなるようになれだ。


「……分かりました。ヨトゥンヘイムの統治は任せてください」

「うむ、よく言ってくれた」


 フォルセティさんは満足そうに頷く。


「だが間違ってもミズガルズに攻め入ろうなんて考えるのはやめておくのじゃぞ?」

「そんなことしませんよ」


 俺が苦笑すると、フォルセティさんもにやりと笑った。

 それから、俺とフォルセティさんは向かい合うと、がっちりと握手を交わした。


――


 そして俺はヨトゥンヘイムを治めることになり今に至る。

 最初は多少の混乱もあったが、思ったよりも国民の抵抗もなく、今では安定した政治を行うことができた。

 それに仲間たちも尽力してくれた。

 遠方の街でトラブルがあった場合も主にカイたちが動いた。

 おかげで俺は宮殿からほとんど動くことはなかった。


 俺が玉座の間で椅子に腰かけていると、そこで扉が開き、ブリュンヒルデが入ってきた。

 俺に一礼したブリュンヒルデが凛とした声で言った。


「陛下、アルフヘイムの使者が宮殿に到着したとのことです」


 そこで俺は頷く。


「ブリュンヒルデ、使者をここまで案内してくれ」

「はっ、分かりました」


 ブリュンヒルデはもう一度お辞儀をすると、玉座の間から出て行った。

 それを見送ると、俺はほっと肩の力を抜いた。

 今の俺の地位といい、陛下という仰々しい呼び方といい、こればかりはなかなか慣れない。

 こうして偉そうに座っているだけという状況にしてもどうも落ち着かないが皇帝が自由に外を出歩くわけにもいかないので仕方ない。

 外出するときももっぱら護衛と一緒である。


 皇帝の役目は他の奴に任せようとも思ったが、カイは興味ないと辞退し、アキラもめんどくさいと断った。

 二人とも宮殿に籠るよりも体を動かす方が性に合っていると言っていたが、それは俺だって同じだ。

 しかしそうかといって議会制民主主義などに政治体系を移行させるかどうか検討するのもまだ早計である。

 アースガルズと戦うためにはこの国はもっと力が必要だ。

 短期間で国を整備するには絶対的なリーダーが必要だということは俺も認識している。

 特にまだ国民が混乱している今の状況ではなおさらだ。


 そういうわけで大変不満ではあるのだが、結局誰も立候補しないため多数決をしたところ、満場一致で俺が皇帝として即位することとなったのだった。

 国王ではなく皇帝を名乗るのは、軍の力で国民を支配していた以前のヨトゥンヘイムのイメージの一新と同時に、俺の存在をより国民に印象付けるようインパクトを持たせるためだ。

 つまり自国民へ向けたイメージ戦略である。


「はぁ……やっぱり慣れないな」

「しかしギルドマスターから大出世だな、ユージ」


 俺の傍に控えていたカイが無表情で言った。

 今、この部屋には俺とカイの二人きりだ。


「それは皮肉か? カイが立候補すれば良かったのに」

「まあ、そう言うな。お前の方が皇帝に相応しいのは誰の目から見ても明らかだ」

「……一応俺だって一国の主として責任を持ってやってるつもりだけどな、こう不自由過ぎると不満も言いたくなるぞ」


 カイみたいに実働部隊として直接戦闘に参加する方がよっぽど性に合っている。

 俺は顔をしかめてカイから視線を逸らした。


「そうか? 結局納まるところに納まったと俺は思うがな」


 カイは他人事のように言う。

 むしろ面白がっているようにも思える。

 俺はカイを睨むが、カイはまるで気にする様子はなかった。


「そういえばシーナが不満を漏らしてたぞ? ユージが忙しくて話す機会が減ったとな」

「……最近忙しくてそこまで気が回ってなかったかもしれないな。今度穴埋めをしておくつもりだ」

「モテる奴は大変だな。俺には真似できん」


 カイだってモテるだろうに。

 異性にまったく興味なさすぎるのもそれはそれで心配だ。


「まあ、シーナたちに会ったらちゃんと労っておくんだな。奴らも多少疲れが見えている」

「ああ、分かっている」


 俺だってシーナたちを悲しませるようなことはしたくない。

 なるべく時間を作るようにはしているのだが、シーナも部隊を率いて国中を飛び回っているのでお互いにタイミングが合わないことも多くあるのだ。


 俺を含めたギルド初期メンバーの7人はこの国で特に高い地位にある。

 それは俺が最終的な決定を行ったが、今回のヨトゥンヘイム攻略で与えられた序列をそのまま引き継いでいる。

 全員、今回の戦闘の際に隊長を務めているし、実力も申し分ない。相応の評価をするのは当然であるし異論を口にする者もいなかった。

 そしてそれぞれが与えられた役割を全うしていた。


 そしてブリュンヒルデやキースたち、多くの傭兵もそのまま残ってくれた。

 今のヨトゥンヘイムはアースガルズの軍隊に対抗するためにそれなりの軍事力を必要としている。

 せっかくここを手に入れたのにすぐに奪い返されたのでは笑えないし、フォルセティさんにも顔向けできない。

 俺たちもこの国の平和のために労力を惜しまないつもりだ。

 俺とカイがそんな話をしていると、そこで合図とともに扉が開かれた。


「陛下、アルフヘイムの使者をお連れしました」


 再びブリュンヒルデが俺の前で一礼してからそう言った。

 そして今度はその後ろにアルフヘイムの使者と思われる人物も一緒だ。

 アルフヘイムとは俺が皇帝になってすぐに同盟を結んだ。

 ミズガルズとアルフヘイムがすでに同盟関係であるため当然の成り行きともいえる。

 すんなりと同盟を結ぶことができた。


「ユージ、見惚れて間抜けな顔になるなよ」


 カイが俺にだけ聞こえるような小声で呟く。


「余計なお世話だ」


 小声でカイにツッコミを入れるが、多少彼女に視線を奪われたのは認めなければならない。

 ブリュンヒルデの後ろから案内された話題の使者が前へ進み出る。

 凄い美少女がそこにいた。


「ヘルヴォルと申します。ユージ様、お会いできて光栄です」


 ヘルヴォルは柔和な微笑を浮かべて俺に一礼をした。

 肩まで伸びた髪がふわりと揺れる。

 一言で彼女を形容するとすれば可憐という言葉が相応しいだろう。

 どこか幼さと大人びた印象が混じった、保護欲を掻き立てられる雰囲気を彼女から感じる。


「俺の方こそ会えて光栄だ」

「ユージ様の噂はアルフヘイムで何度も耳にしております。ずっとお会いしたいと思っていました。ヨトゥンヘイムの新しい皇帝。そして、私の街をドラゴンから救ってくださった英雄ですから」


 彼女はかつて俺たちがドラゴン退治に参加したあの街の出身であるらしい。

 あれから色々なことがあった。

 そんなに前の出来事でもないのにまるではるか昔のことのように感じる。

 懐かしい気分に浸りつつ、俺はヘルヴォルに問いかける。


「……そうか、街の復興は順調なのか?」

「はい、今はドラゴンの脅威も去り、むしろ以前よりも街は活気に満ちています」

「それは良かった」


 俺は自分の顔が綻ぶのが分かった。

 自然に囲まれ、人間とエルフがともに支え合って生活しているあの街が俺も好きだった。

 そうか、あれから無事に復興できたのか……


「ユージ様、これからはユージ様の護衛としてあの時の御恩を少しでもお返しできればと思います。どうかよろしくお願いします」


 微笑みを崩さずにヘルヴォルはそう言った。

 今のやり取りにも落ち着きがあり、ナイフ以上の重いものは持ったこともない令嬢のような印象さえ彼女には受ける。

 年齢も俺とそうは変わらないはずだ。


 だが、彼女を侮ってはいけない。

 そもそも俺は事前にアルフヘイムから、俺の護衛として優秀な人材を一人派遣すると聞いていた。

 新たな皇帝への挨拶の意味もあると思うが、ヘルヴォルの元々の役目はそちらにある。

 アルフヘイムからヨトゥンヘイムに軍事的な支援として派遣されるという重要な役目を最初に任されるほどの人物。

 その実力を俺は信用していた。


「ヘルヴォル、これから俺たちと一緒にヨトゥンヘイムの平和ために力を貸してくれ」

「はい、少しでもユージ様のお役に立てるように精一杯頑張ります」


 ヘルヴォルは柔らかな微笑を浮かべて言った。



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