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第十六話 進軍開始

 アースガルズの王宮内。

 その広い宮殿の最上階に造られた玉座の間。

 限られた者しか入ることが許されないその場所に、国王ロキに認められた実力者たちが集結していた。


 玉座に座るロキへと視線が集まる。

 ここに集った者たちにも様々な思惑や事情があった。

 だが、全員が共通しているのは、ロキの野望に共感しているということだ。

 そのとき入口の大きな両開きの扉が開く。

 そこに黒いバラの髪飾りを付けたドレス姿の女性がやってきた。


「ロキ様、ただいま戻りました。反抗していたヨトゥンヘイムの残党も軍によって抑え込みましたわ」


 スカジはヨトゥンヘイムの統治を任されていた。

 ヨトゥンヘイムの女王となり、国王スリュムの亡き後の混乱を抑えるために奔走している。

 民衆は比較的好意的だった。

 以前の軍による圧政から解放され、新しい王国の誕生に期待をしているのだろう。


「これでヨトゥンヘイムを軍の新たな拠点にすることができますわ。ロキ様の野望の達成も盤石なものとなるでしょう」


 スカジはロキに心酔していた。

 その異常なまでの忠誠心によって、常にロキの側に付き従い、ロキのために尽力し、いつしか『厄災の魔女』の称号を持つまでになったのだった。


「お疲れ様です、スカジさん。相変わらず見事な手腕ですね」


 そこで、銀色の長い髪をした男がスカジに言った。

 その長い髪に隠された左目からちらりと金色の瞳が一瞬だけ見える。

 彼の瞳は右目が青、左目が金のオッドアイであった。


「あら、あなたが褒めるなんて珍しいこともあるものですわね?」

「いえいえ、ヨトゥンヘイムの支配は重要課題でありましたし、あそこの軍はなかな厄介でしたからねぇ。それにロキ殿の狡猾で容赦のない計画もさすがでした」

「ナルヴィ、ロキ様への侮辱はわたくしが許しませんわよ?」

「おっと、これは失礼しました。あなたに恨まれたら何をされるか分かりませんからね」


 スカジが睨むと、ナルヴィと呼ばれた男は苦笑を浮かべて大げさに肩をすくめる。

 ロキの前であるというのに場違いなほど緊張感のない態度。

 しかし、彼の称号『道化師』のとおり、どこか底知れない不気味な雰囲気をまとっている。

 ロキの友人であり理解者である彼もまた、スカジに劣らない実力を持っていた。


「けれど私はこれでもロキ殿を賞賛しているんですけどねぇ。大きな目標には犠牲は付き物。それが分かっていない人間に世界を支配なんてできはしない。あなたもそう思いませんか?」


 ナルヴィは側で無言を貫いている無愛想な男に笑いかける。


「……さあな。単に力のない者が力のある者に敗北した。それだけの話だ」


 体格の良い大柄の男、『アースガルズの城壁』、ヴァーリがにこりともせずに言った。

 寡黙な彼はロキに対して忠誠を誓っているわけではない。

 だが、それでもロキに協力しているのは、彼が最もロキの野望に共感しているからであった。

 ナルヴィは再び肩をすくめて溜め息を付く。


「あなたも相変わらずですね……そういえば、スリュムヘイムで数名の革命軍を取り逃がしたと聞きましたが? あなた方をまんまと出し抜くなんて、なかなか興味深い者たちですね」

「彼らを取り逃がしたのは不覚でしたわ」


 スカジが悔しげに顔をしかめる。


「気を付けた方が良いですよ? こういう相手には後から手痛いしっぺ返しをもらうと昔から相場は決まっているものですからね。必要ならガルムを護衛に付けたらどうですか?」

「グルルルルル……」


 そして最後の一人、いや一匹が大きな口から低い唸り声を上げた。

 『魔獣』の称号を持つアースガルズの番犬、ガルム。

 黒い毛皮に覆われたその巨体は人一人を丸呑みできるほどである。

 圧倒的な力を持つ一方、人語を理解し、自分の意思でロキに服従する知能を持っていた。


「いえ、結構ですわ。わたくしの力を侮らないでいただけます?」

「冗談ですよ。気を悪くされたのなら謝ります」


 へらへらとナルヴィはスカジの抗議を受け流す。

 どこまでも掴みどころのない男だ。


「しかし、いよいよ頃合いですかね。私の部隊もミズガルズ侵攻の準備は終えましましたし、あとはロキ殿の指示一つです」


 ナルヴィがロキを見る。

 自然と他の者の視線もロキへと集まる。

 その視線の主たちを順番に見渡したロキは、ゆっくりと頷いた。


「……ナルヴィ、それにスカジもご苦労」


 そして、静かに、だが存在感のある声で玉座に座ったロキは告げた。

 随分と若い、まだ青年と呼べる見た目だった。

 性格は残忍で冷酷、目的のためなら手段を選ばない。

 だが知的で常に慎重に行動を行う冷静さも兼ね備えていた。

 その実力は語るまでもない。


 3年前、世界への復讐を胸に、ロキはついにアースガルズの王にまで上り詰めた。

 だが、それはロキにとって始まりに過ぎなかった。

 これから一生語られ続けるであろう歴史的な戦争フィンブルヴェドでオーディン率いる国王軍に勝利し、そして今では世界そのものをその手に収めようとしていた。


「機は熟した……お前たち、俺に命を預けろ。俺がこの世界の支配者になるための手足となれ」


 その言葉に家臣たちは思い思いに頷く。

 ロキが世界を支配するため。

 そしてそれぞれ己の目的のため。


「もちろんですわ。わたくしは一生ロキ様にお仕え致します」

「私も最後まで付き合いますよ。長い付き合いですからね」

「……それが世界の平和につながるのなら」

「ガアァァァァァ!」


 彼らの言葉に無表情で頷くと、ロキは玉座より立ち上がる。


「次の目標は隣国ミズガルズだ。各自持ち場に付き、開戦に備えろ」



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