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第十五話 才能

 その日の夕方、軍の本部にある室内訓練場で俺は基礎トレーニングに精を出す。

 全体での訓練が終わった後に、この部屋で個別にトレーニングをするのがここ最近の日課だった。


「998……999……1000! よし、俺が一番だな」

「くそっ、またユージが一位かよ」

「ちっ、もう少しだったんだがな」


 息を切らせながら俺は仰向けに倒れると、アキラとカイが悔しげに顔をしかめる。

 腕立て伏せ1000回を三人の中で誰が最初に終えるか勝負をしていたのだ。


「だから言っただろう? 約束どおり、夕食のおかずを一品もらうぞ」


 俺は起き上がると、二人に向けて勝ち誇った笑みを浮かべた。

 両腕の筋肉が疲労でぷるぷるしているが見栄を張って余裕があるふりをする。

 筋力と敏捷のパラメーターの合計が一番高い俺が最初に腕立てを終えるのは順当な結果であるのだが、負けず嫌いの二人はそれに納得いっていないようだった。


「ふん、分かっていないな。何でも数字通りいったら面白くないだろう?」


 俺の言葉をカイが鼻で笑う。

 それにアキラも頷く。


「それは同感だな。俺たちだってこれまでレベルが上の相手を倒してきたんだ。やる前から諦める道理はない」

「その点は俺だって二人の意見に賛成だ。数値だけで相手を判断したら足元を掬われる」


 特殊能力、戦術、相手の調子、戦場の気候、その他の様々な条件によって戦局はいくらでも変わる。

 そして大切なのは相手に負けないという強い気持ちだ。

 現実は単純な計算だけで成り立っているわけではない。

 今の腕立ても結構ギリギリの勝負だったので内心では焦ったものだ。


「三人ともお疲れ様」


 その様子を眺めていたフィーアが、飲み物を乗せたお盆を持ってこちらにやってくる。

 これもいつもの光景であるが、その気遣いが大変ありがたい。

 フィーアが俺たちに冷たい水の入ったコップを手渡すと、続いてタオルを持ったユキが俺たちにそれを順番に渡していく。


「いつも悪いな。二人には本当に感謝してる」

「いえ、好きでやっていることですから」

「そうそう、これくらいお礼を言われるようなことじゃないよ」


 二人とも謙虚に微笑を浮かべる。


「いや、その気遣いが嬉しいんだよ。それに、俺が訓練に集中することができるのも二人のその気遣いがあるからだ。だからお礼を言わせてほしい」

「はは、ユージくんは大袈裟だね」

「そんなことないぞ。フィーアには村にいたときからずっと感謝してもしきれない恩がある。フィーアのいない生活なんて俺には考えられないくらいにな。だからフィーアにはずっと俺の側にいてほしいし、感謝だって何度でもするさ」

「ユージくん……」

「もちろんそれはユキだって同じだ。ユキの優しさに俺はいつも助けられているんだからな」

「あ、ありがとうございます」


 二人は僅かに目を伏せると、躊躇いがちに顔を上げた。

 二人の視線が俺と交わる。

 透き通った綺麗な瞳。

 少し赤くなった頬。

 何だか照れくさくなった俺たちは小さく笑い合った。


「……なるほど、そうやって数々の女たちを落としてきたのか」


 その声で、俺は二人をじっと見つめていたことに気付く。

 慌てて二人から顔を逸らした。

 恥ずかしさを誤魔化すために、つい苛立った声でその声の主に文句を言った。


「なんだよ、カイ。人聞きの悪いことを言うなよな」


 俺は本心から二人に感謝をしているというのに心外である。

 しかしカイの隣で、コップの水を一気飲みしたアキラが納得するように頷いていた。


「実際、その無自覚な振る舞いのせいで勘違いする奴もいるんじゃないか? 実際、部隊内でもユージのファンは多いらしいからな」

「さすがユージだな。この天然女たらしめ」

「俺が? カイやアキラだって十分モテるだろ?」


 カイはクールで真面目で几帳面なうえに頼りがいがある。

 おまけにイケメンだ。

 アキラにしても男らしくて正義感が強く、性格も明るくて容姿だって整っている。

 二人ともそれぞれ系統は違うが女の子にモテてもおかしくない。

 カイが中性的な美男子タイプだとするとアキラはワイルドな男前タイプの美形だ。


「いや、どう考えても一番人気があるのはお前だって。ユージに比べたら俺たちなんてお情けみたいなもんだ」

「まったくそのとおりだ」


 アキラの言葉にカイが頷く。

 するとフィーアが不思議そうに首を傾げた。


「でも二人だって十分にカッコいいと思うけどどうしてだろうね? カイくんもアキラくんも恋愛に全然興味なさそうだからかな?」

「そういうフィーアだってユージ一筋だろ」

「そ、それはそうだけど……私は一般論を言ってるの!」


 カイに指摘されたフィーアは一瞬で顔を真っ赤にさせる。

 俺も恥ずかしくなってフィーアから顔を逸らした。

 すでに汗は引いているというのに、首に掛けたタオルで俺は何度も顔を拭く。


「逆にどうしてユージがモテるか考えた方が良いんじゃないか? ユキ、ユージのどの辺が好きなんだ?」

「えっ? わ、私ですか?」


 アキラが何気ない口調でユキに尋ねる。

 あまりにさり気なさ過ぎて俺はその質問の意味を頭で理解するまで時間が掛かったが、よく考えるととんでもないことを聞いていた。


 一方、尋ねられたユキは動揺して目をぱちくりさせている。

 それも当然だ。

 本人が目の前にいるのになんて質問をするんだ。

 お前ら揃いも揃ってデリカシーがなさ過ぎるんじゃないか?

 しかし、優しいユキはそこで真面目な表情になると口を開いた。


「そうですね……優しくて頼りになりますし、真面目で努力家でいつも一生懸命なところ……でしょうか。あ、それに明るくてリーダーシップもありますし、いつも皆さんのことを気遣っておられます。そういう気配りができるところも好きですね。それになにより、ユージさんと一緒にいてとても落ち着きます。とても幸せな気持ちになれるんです……そんなところでしょうか?」


 途中で恥ずかしくなったのか、最後の方は殆ど消えそうなくらい小さな声でユキは呟くと、そのまま俯いてしまった。

 顔が真っ赤だ。

 フィーアがにやにやと俺とユキの顔を見比べる。

 対して野郎たちは真面目な表情を崩さなかった。


「ふむ、ユキがユージにベタ惚れなのは分かったけど、結局ユージがモテるのはどうしてだ?」

「さあな、しいて言えば、これもユージの一種の才能だろう」


 腕組みをしたアキラが首を傾げると、カイがお手上げというように首を振った。


「才能って……そんな一言で納得されても微妙だな……」

「ではあえていうなら口の上手さか。本人は完全に善意のつもりで、口説いている自覚は一切ないからな。そのくせ女好きで、相手の好意には敏感だからタチが悪い。しかもおっぱい好きの変態のくせにそれを表には出さないから初対面の人間は余計に騙されやすい」

「……酷い言いぐさだな」


 しかしそこでカイは不思議そうな表情で俺を見た。


「俺は褒めているんだぞ? これほど厄介な性格のユージに惚れる女性が多いというのは、それだけユージは人間的に魅力があるということだ。俺もユージの人間性には好感を持っている」

「とても褒めているようには思えないんだが……」


 どう見ても罵倒である。

 しかし、なぜかフィーアはカイの言葉に納得した表情を浮かべながら唸っていた。


「うーん、そうなのかも……そういえば今日も女の人と食事をしていたみたいだし」

「仲間と食事くらい普通だろ。しかも自分の部下なんだし」


 ブリュンヒルデと一緒に食事をするのに下心なんてない。

 彼女の美しい容姿と大きなおっぱいにちょっと見惚れたことは否定しないが、それは男として普通の反応だと思う。

 するとフィーアは渋い表情を浮かべ、拗ねるような口調で俺に言った。


「別にユージくんが女の人と食事をすることくらい全然構わないし、人気があることも良いことだと思うけど、あんまり必要以上に女の人と親しくなるのは私も賛成しないな」

「ほう、フィーアにしては珍しいな? シーナと違ってあまり独占欲を持つタイプではないと思ったんだが」


 相変わらず直球でカイが言った。

 もう少しオブラートに包んだ言い方をしてくれないだろうか。

 でないと俺が困る。


「そ、そんなのじゃないよ! 節度のある振る舞いをしてほしいだけだからね」

「確かにこのままだと部隊がユージのハーレムになりかねんからな。そうなれば俺も指揮しづらくなる」

「野郎でさえもユージに心酔してる奴は多いらしいからな。そっちの方も気を付けろよ」

「あ、アキラ、怖いこと言うなよな……」


 思わず背中に寒気を覚える。

 つい嫌な想像をしてしまい、自己嫌悪に思い切り顔をしかめた。

 それにしても、アキラのくれた情報は大問題であるが、カイの主張の方も問題だ。

 俺が女たらしだという認識をカイたちは改めるどころか、むしろ悪化しているように思えて仕方がない。

 俺が恨み言の一つでも言おうとしたとき、そこで訓練場の扉が開いた。


「あれ、まだ訓練してたんだ?」

「羨ましいです」

「はー、皆さんどうしてそんなに体力があるんですか?」


 レンとシーナ、それにアイの三人が揃って訓練場の中に入ってくる。


「あ、三人とも今会議が終わったの?」


 そうフィーアが尋ねると、レンが答えた。


「うん、思ったよりも白熱してね。たまたま廊下で二人と会ったところなんだ」


 会議というのは俺たちがそれぞれ受け持つ小隊で行っている会議のことだ。

 俺たち八人はそれぞれ部隊の中で小隊の隊長を任されている。

 部隊全体の隊長が俺で副隊長がカイであるが、作戦時はそれぞれ小隊を指揮して行動することになる。


「人に指示するのは苦手です……」


 疲れた表情のアイが溜息を付いた。

 アイだけではない。

 みんな少なからず人の上に立つことに対する責任を感じていることだろう。

 だが、形式上は正式な軍人であり階級を持つ俺たちが、傭兵たちを指揮することは自然な流れだった。

 アイの呟きに共感したユキが眉を八の字にして頷く。


「アイさんの気持ち、私も分かります。私のような者が隊長をして良いのでしょうか……」


 ユキの不安も分からないことはない。

 俺だって最初は自分の実力に不安を感じていた。

 だけどユキやアイにだって部隊をまとめるだけの力はあると思う。


「大丈夫だ。二人ともちゃんと部隊を指揮するだけの実力と人望があると俺は思うぞ。自分を信じて思い切って行動すれば良い。それだけでみんな付いてきてくれるはずだ」

「ああ、ユージの言うとおりだ。何も心配することはない。そういう不安な顔をしていると部下の士気に関わるぞ」


 俺の言葉にカイが頷く。


「……そうですね、すみません」


 ユキはしょんぼりと肩を落としていた。

 自信を持てと言われてもすぐに気持ちを切り替えることは難しいだろう。

 こればっかりはユキ自身で乗り越えていくしかない。


 それでもユキならきっと大丈夫だろう。

 いざとやると決めたら恐れず行動できる強い心をユキは持っている。

 これまで旅で俺はそれを何度も見てきた。

 そこで、シーナが俺の服の袖をくいくいと引っ張る。


「ユージ、私も指揮官に相応しいと思いますか?」

「ん? ああ、もちろんシーナも相応しいと俺は思うぞ」


 シーナなら冷静に指示を出して作戦を遂行してくれるだろう。

 実力も申し分ないし何も心配はしていない。


「そうですか、ありがとうございます。ユージのお墨付きをもらえるのなら自信が持てました」

「俺のお墨付きなんてそんな大層なもんじゃないけどな」

「いえ、ユージの言葉を私は信じます。ユージの言うことに間違いはありませんから」


 そう断言されると俺としては嬉しいが責任重大でプレッシャーでもある。


「はは、相変わらずシーナさんは凄いね」


 感心と呆れの混じったような微笑を浮かべたレンが言った。


「なぜですか?」


 シーナは無表情のまま不思議そうに首を傾げる。

 レンは苦笑して顔の前で手を振った。


「いや、気にしなくていいよ……それよりそろそろ一度休憩しないかい? ユージ君たちは夜も運動しないといけないしね」


 そこでレンが意味ありげに俺の顔を見る。

 さすがにその言葉の意味を俺も察したがとても反応に困る。

 俺は無言で渋い表情を作った。


「まったく、お前らは……ユージ、避妊はちゃんとしておくんだぞ」

「ぶっ!」


 唐突なカイの言葉に俺は思わず咳き込む。

 無自覚でタチが悪いという意味ではカイも人の事は言えないと思うぞ。



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