第十三話 隊長就任
その日の夜、俺たちはミズガルズで一番高級な宿に泊まった。
広い個室で俺は柔らかなベッドに腰掛け、目を閉じる。
考えているのはこれからのことだ。
ヨトゥンヘイムを攻略するためにどれほどの人がいるだろう。
俺たちだけでどれだけ戦うことができるだろうか。
傭兵たちを俺が指示しなければならないというプレッシャーもあった。
相手の兵士の中にはスルトやヴァーリもいるのだろうか。
そうだとすればかなりきつい戦いになるだろう。
頭が痛い。
プレッシャーに押しつぶされそうだ。
そこで、小さなノックとともに、部屋の扉が僅かに開いた。
俺は意識を現実へと戻す。
「……ユージさん」
開いた扉の隙間から、浮かない顔をしたアイが顔を覗かせる。
「アイ? どうしたんだ?」
「少し時間をもらって良いですか?」
そういうと、アイは部屋の中に入り、俺の隣に座る。
アイはじっと座ったまま何も言わなかった。
俺も黙ってアイの言葉を待つ。
しばらくそうしていると、アイはぽつりと呟いた。
「……少し、怖くなったんです」
俺は黙ってアイの言葉に耳を傾ける。
「私たちはこれまでも強い人や魔物たちと戦ってきましたし、私も皆さんを守りたいと思って頑張ってきました。それでもやっぱり争いに慣れることはなさそうですね」
そう言ってアイは自嘲的な微笑を浮かべた。
「アイは、今回のフォルセティさんの依頼に反対なのか?」
それならばここでアイは降りるべきだ。
戦闘を強制する気はないし、誰もアイを責めないだろう。
アイにはアイの人生がある。
無理に俺たちに付き合うことはない。
しかしアイは首を振った。
「いえ、私もアースガルズを止めたいです。それにフォルセティさんたちが協力してくださるのならそれはきっと良いことだと思います。でも……そう思っているのに怖くて堪らないんです。だからユージさん、私に勇気をください」
そこで俺は気付いた。
アイは震えていた。
ヨトゥンヘイムであの二人のレベルを見ればアイでなくとも恐怖心を抱くのもおかしくはない。
むしろ俺の感覚がマヒしているのだろう。
俺はアイに何をしてあげられるだろう。
色々考えたが、出来ることはこの場でアイを励ますことだけだった。
「大丈夫だ。何も怖がることはない。これまでだって俺たちは何とかしてきたろ?」
俺はその小さな手を両手で包むようにして握る。
アイの手は冷たかった。
「私は臆病者です。どうしようもなく死ぬのが怖いんです……」
「誰だって死ぬのは怖いさ。だけど、アイは俺が守る」
これから始まるのは戦争だ。
誰も傷付かずに終わるなんてことはありえない。
だが少なくとも、ギルドメンバーである俺たち八人のうち、誰一人として失うことを俺は許さない。
そこでアイの表情が僅かに綻んだ。
「……私も同じです。ユージさんを守りたい。ユージさんが死んじゃったら、私、凄く泣きます」
「それは絶対に生きて帰らないといけないな。女を泣かせる男は最低だ」
「はい、だから約束です。絶対に生きて帰りましょう」
「ああ、約束だ」
俺はアイへ右手を差し出す。
そして俺たちは指切りをした。
もうアイの震えは止まっていた。
そこで俺は気付いた。
色々と悩んでいたがすべては単純なことなのだ。
「ありがとう、アイ」
「どうしてユージさんがお礼を言うんですか?」
「俺もアイのおかげで色々と吹っ切れたよ」
悩んでいても仕方ない。
俺はみんなを守り、そしてアースガルズを倒す。
そのためにやれることをやるだけだ。
今までだってそうしてきた。
これからもそれは何も変わらない。
それに気付けたのはアイのおかげだ。
そんな俺の思いを知らないアイは、不思議そうに首を傾げていた。
――
フォルセティさんの屋敷はビフレストの中心地から少し離れた場所にあった。
大きな門を潜り、広い敷地の中を進むと、まもなく入口の扉の前まで辿り着いた。
大きな両開きの扉をノックすると、中から執事と思われる老人が出てきて俺たちを出迎えた。
そのまま屋敷の奥にある部屋と案内されると、そこにフォルセティさんがいた。
「よく来たの。さっそく会議を始めようぞ」
広い室内の中央に、大きな長方形のテーブルが置かれている。
その一番奥の席にフォルセティさんは座っていた。
人数分の椅子が用意されており、俺たちはそれぞれ席に着く。
この場には俺たちとフォルセティさんしかいない。
俺たちをここまで案内した執事はすでに部屋を後にしていた。
「さて、会議といっても大体のことはこの前すべて話したのでな。今回は確認作業に近いと思ってくれ。問題なければ契約を取り交わし、正式に軍に配属してもらうからの」
それからミズガルズ軍が収集した資料を確認し、ヨトゥンヘイムへの侵攻に必要な戦力や資源の量に不足がないか打ち合わせる。
同時に、俺たちが加入していることになっている軍の特殊部隊の概要についても頭に叩き込んだ。
政府直属の非公開組織。
戦闘のスペシャリスト。
その部隊の出身が俺たちであるということになっている。
具体的な打ち合わせが終わると、その後は俺たちとミズガルズ政府との間で契約書を取り交わした。
内容としては、俺たちがミズガルズ軍の一員となること。
与えられた任務を完遂すること。
しかしお互いの立場は対等であること。
ミズガルズ軍は俺たちから要請があれば援助を行うこと。
俺たちがヨトゥンヘイムを奪った場合にその領土を自由に使用する権利を得ること。
その他にこの契約を守らなかった場合の処罰などが書かれていた。
形だけだとはいえ一時的に軍隊に加入するのだから契約内容の確認はお互いに入念に行った。
ミズガルズ政府としても俺たちを無条件で信用するのは躊躇われるだろうし、俺たちも責任を感じてしまう。
これくらいビジネスライクな関係の方がお互いにやりやすいだろう。
会議が終わると、フォルセティさんが俺に言った。
「ユージよ、さっそくじゃがお主の部隊の兵士たちに顔を見せにいくぞ。他の者も一緒に来るのじゃ」
「分かりました」
実際にヨトゥンヘイムへ侵攻する俺たちの部隊は傭兵が中心となる。
いきなり見知らぬ人間が上に立って軍の兵士に指示を出しても、兵士たちの中には困惑する者や不満のある者が出てくるだろう。
その点、傭兵なら俺たちが元から軍にいた人間かどうか知らないし、金さえ出せば従ってくれる。
それになるべくミズガルズの守りに兵士を割きたいという思惑も見え隠れしていた。
俺たちはミズガルズ政府にとっては使いやすい駒でしかない。
自由に動ける代わりに切られるときも一瞬だ。
そんなところに軍の人間を配置したくないのは当然だろう。
俺も文句はなかった。
金も兵士も与えられるのなら至れり尽くせりだ。
これ以上は望まない。
「今から行く訓練場にいるのが俺の部隊に入る兵士全員なんですよね?」
「うむ。すでに訓練も行っておる。いつでも戦場に連れていけるぞ」
兵士は軍の敷地内にある訓練場で訓練を行っているらしい。
フォルセティさんは部屋から出るとそのまま玄関へと向かって歩き出す。
その足で直接、訓練場まで行くらしい。
執事も慣れているのか止めるつもりはないらしく、玄関で俺たちを見送った。
「訓練場に着いたらユージにはさっそく隊長就任の挨拶をしてもらおうかの」
「挨拶か、気が重いなぁ……」
「頑張って、ユージくん。威厳を見せないとね」
フィーアが俺を茶化す。
「安心せい。雇った兵士は皆プロフェッショナルばかりじゃ。お主の指示にも大人しく従うじゃろう」
「そうなんですか? 傭兵の人って皆さんお金にうるさくて好き勝手に行動するイメージでした」
身も蓋もないことをアイが言ったが、そういうイメージがあるのは俺も同じだった。
「金で動くからこそ、金を払える人間には順々なんじゃよ。それでこそプロというものじゃ」
「へー、そういうものなんですかー」
アイが感嘆の声を上げる。
「それに今回は元々アースガルズに対して敵意のある人間が多く参加しておる。それもあって彼らの士気は相当高い。これほど恵まれた条件はなかなかないぞ」
それが本当なら確かにやりやすい。
同じ目的のある人間同士の方が結束も硬くなる。
それにしても、アースガルズに敵意を持つ人間がそれだけ多くいるというのも当然といえば当然だが、国王のロキ自身は何を考えているのだろう。
世界の支配者になってその先に何があるというのだろうか。
俺はヨトゥンヘイムの人々を思い出す。
彼らの多くは国と軍の横暴さに対して不満を持っていた。
アースガルズの国民はロキにどんな感情を持っているのだろうか。
俺はそんなことをふと考えた。
フォルセティさんと一緒に屋敷を出ると、俺たちは訓練場へと向かった。
訓練場はミズガルズの街の中にある。
周囲は城壁に囲まれており、外部から中の様子は分からないようになっている。
城壁の上には大砲が見えた。
アースガルズとの戦闘の際はこの基地が最前線になることもあり、兵士の数も施設の大きさもミズガルズの中でトップクラスを誇る基地である。
俺たちは見張りの兵士に身分証明書を出して施設の中へと入る。
門を潜るとその先に広いスペースがあった。
そこでは集められた傭兵たちがそれぞれ二人一組になり、木製の棒で剣術の訓練をしていた。
彼らは真剣な表情で黙々と訓練をこなす。
その様子からフォルセティさんの言葉が正しいことが分かった。
今回の作戦に対して相当気合が入っているようだ。
しばらく俺たちは遠くから訓練の様子を眺めていると、そこでフォルセティさんが唐突にスタスタと歩き出し、兵士たちの前に立った。
「注目! 皆の者、聞けい! 今日はお主たちの部隊を指揮する隊長と幹部を紹介する!」
その声で兵士たちが俺たちへと視線を向ける。
俺たちもフォルセティさんと同じ場所へと移動し、一列に並んで立つ。
順番に俺たちの紹介をフォルセティさんがしていく。
それから、あらかじめ打ち合わせていたとおり、俺が代表して挨拶することになっていた。
みんなの視線が俺に集中する。
ここで緊張していては隊長なんて勤まらない。
俺は腹を括った。
「こほん……えー、俺がこの部隊の隊長になったユージだ。よろしく頼む」
上下関係をはっきりと示す意味も込めて、俺はあえて偉ぶった口調で話す。
兵士たちは表情一つ変えずに俺の話をじっと聞いている。
とてもやりにくい。
だけど彼らも俺たちと思いは同じだ。
彼らも打倒アースガルズを掲げ、ヨトゥンヘイムへ侵攻する仲間なのだ。
「ミズガルズにとって、アースガルズはもはや放っておけない脅威となった。アースガルズの王、ロキは倒されなければならない。そして、俺はこの国の平和を守りたい。それは今ここにいる人にとって共通の思いだと思っている」
そこで俺はふと、かつてドラゴンの討伐隊に参加した際に聞いたリーダーのギーシュさんの演説を思い出した。
あのときのギーシュさんも俺と同じような気持ちだったのだろうか。
「もちろん厳しい戦いになるだろう。ここにいる全員が協力しなければ作戦は成功しない。逆に言えば、俺たち全員が力を合わせれば必ずロキ軍にも勝てると俺は信じている。だからみんな、俺に力を貸してくれ!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
俺が拳を天に突き上げると、同時に兵士たちが雄叫びを上げる。
その反応に俺はほっと息を吐く。
とりあえずは悪くない感触だ。
だが、いつまでも気を抜いてはいられない。
俺たちの戦いはこれからが本番なのだから。




